からかうようなシンの言葉を聞いて私は慌ててシンに向かって首を振るが、それでもシンは楽しそうだ。
『すぐ行く』
「あ、ちょ、芹――切れちゃった」
呆然としてスマホを見つめていると、シンが私の肩を叩いた。
何かと思って顔を上げると雪の上を滑るように芹が物凄い早さでこちらに向かってやってくるではないか。
「え、はやっ!」
「そりゃそうだ。だって、神様だもん。おまけに彼は蛇だしね」
そんなシンの言葉に思わず納得しかけたその時、私はやってきた芹に腕を引かれ、その広い胸に抱き込まれる。
「触るな。彩葉は私のだ」
芹の低い声に顔を上げると、芹の頭には角がうっすらと出ているのが見えた。
「だ、大丈夫ですよ芹様。あ、マフラー!」
芹はクリスマスにプレゼントしたマフラーをしてくれていた。何だかそれが嬉しくて思わず声をかけると、芹の角が一瞬で消え去る。
「当然だ。彩葉に貰ったものだからな。あと、温い」
「なるほど」
そんな私達のやりとりを見ていたシンが芹を見上げて口の端を上げた。
「へぇ? 何百年もの間変えなかった衣装を芹が変えるなんて」
「いや、マフラーだけですよ?」
「それだけでも十分だ。誰からの貢物も受け取らない。芹はそんな神なんだよ。それが例え同族からの物であっても、小鳥遊からの物であってもね」
「え」
「土地神」
私が何か問いかけるよりも先に間髪入れずに芹が厳しい声でシンを止めた。
「どうして隠すの? 別に良いじゃないか。それとも彩葉に知られると困るような事があるのかな?」
意地悪なシンに芹は私を抱きしめる腕に力を込める。一体この二人は何の話をしているのだろう? 二人の会話の意図が全く分からなくて首を傾げていると、突然シンが私の顔を覗き込んできた。
「そうだ、彩葉。さっき芹にも言ってたんだけど、お正月の行事が終わったらちょっとうちに手伝いに来てくれないかな?」
「土地神様の所に、ですか?」
「そう。今うちの神社でちょっと困った事になっててさ。村の人たちの願いを解決して回っている君の手腕を見込んで解決して欲しい事があるんだよ」
「そんな事、私に出来ますか?」
シンの所に居るのは分家とは言え、あの時宮の子孫達だ。まぁ、私もらしいが。
「出来る。僕は信じてる。あと少し君について気になる事があるんだ」
真っ直ぐな目でシンに言い切られて、私は曖昧に頷いた。
何故かシンから悩み事の相談を請け負いそうになっているが、私よりも先に芹がその言葉に反応した。
「駄目だ。それは先程断ったはずだ。彩葉にはまだ早い。それにそちらの神社には何人も巫女が居るだろう? その誰かに解決してもらえば良い」
「それは無理な相談だな。だって、うちの子たちは誰も僕が見えないんだから。その点彩葉は僕の声を彼女たちに伝える事だって出来る。僕はね、本当に困ってるんだよ、芹。何もずっとうちに居てくれって言ってる訳じゃない。少し貸してと言ってるだけだ」
「それでもだ。あなたが何をしてきたのか、私はこの数ヶ月で大分思い出した。あなたには感謝もしているが、許せない部分もある。そんな所へ彩葉は例え少しでもやりたくはない」
はっきりとした芹の拒絶に私もシンも驚いていた。
割と何にでも寛容な芹だが、どうやらシンの何かがどうしても許せないらしい。
「へぇ? 小鳥遊の時には快諾したのにね。これは驚いた。ちゃんと学習しているようで安心したよ。でもこれは君が乗り越えるべき事だ。いつかは必ず訪れる事だよ」
シンの言葉に芹はとうとう黙り込んでしまう。本気で何の話をしているのか分からなかったが、私は芹の腕の中で考えていた。
神の願いを叶えれば、もしかしたら芹の力は大幅に戻るのではないだろうか、と。
「ま、そんな訳だから彩葉、考えておいてくれる? 答えはお正月に聞くよ」
「あ、はい! それではお正月、お待ちしております」
さっきから全く放してくれない芹の腕の中から言うと、シンもそんな私達を見て苦笑いをしながら頷いて去っていく。
やがてシンが完全に見えなくなった頃、ようやく芹が私を放してくれた。
「帰るぞ」
「はい。芹様、やっぱり良く似合ってますよ、その色」
何だか芹の雰囲気が怖くて話題を変えると、芹はちらりとこちらを見下ろした。
「行くのか、彩葉」
「へ?」
「どうなんだ? 土地神の所へ行く気かと聞いている」
「えっと、それは……」
言い淀んだ私を見て芹は今度は私の手を引っ張って歩き出す。
「声が聞こえなくてもお前の考えは分かる。頼られると放っておけないのは小鳥遊と同じだ。だが、そのせいで小鳥遊は――」