そこまで言って芹は口を噤んだ。どうやら芹は本当に色んな事を思い出し始めたようだ。
「芹様。小鳥遊がどうなったのか私には分かりません。ですが私は、小鳥遊ではありません」
いつになく怒っている芹に私ははっきりと言った。
私と小鳥遊を比べないと言ったのは芹だったはずだ。私の言葉に芹はようやくハッとして私を見下ろしてくる。
「そう……だったな」
何かを思い出したかのようにぽつりと言った芹の手を、今度は私から強く握りしめた。そんな私の行動に芹は驚いたような顔をしている。
「早く帰りましょう、芹様。天ぷらあげないと! それから、私はどこへ行ってもちゃんと芹様の所に帰ってきます。約束です」
「ああ……約束だ。何があっても必ず戻れ。土地神の誘惑に耳を貸すな。人は、生きている間は神にはなれない。決して」
それを聞いて私は不思議に思いながらも頷いて帰路についた。
あっという間に年末がやってきて、気がつけば既に正月。師走という単語を私は生まれて初めて実感していた。そして1月に入った今もそれを痛感している。
「――それじゃあ皆さん、何かあったらすぐに知らせてくださいね!」
新年餅つき大会の司会を任された私は即席の壇上、もとい農業用コンテナの上から皆に挨拶をした。その言葉を聞いて集まっていた人たちが一斉に歓声を上げる。
いつもはガランとしている境内は、大晦日から大賑わいだ。
『懐かしいな、この光景は』
感慨深そうに芹がテントの中でお祭り開始の準備をする人たちを見てポツリと言う。
今日の芹は白い花のネックレスになって私の首元を飾っていた。いつも通り髪に挿すのでは駄目なのかと問いかけたが、何故か芹はネックレスを選んだのだ。
「楽しいですね、芹様」
『皆が笑っている。これが楽しい、か』
どこか弾んだ声でそんな事を言う芹に私はコクリと頷いた。
「おーい! 巫女ちゃん!」
呼ばれて振り返ると、そこには誠司がハチマキをしてこちらに向かって手を振っている。
「誠司さん! 足、大丈夫ですか?」
「こんな時に足が痛いなんて言ってられるか! ほれ、まずは巫女ちゃんが最初の餅をついてくれ!」
そう言って渡されたのは杵だ。私は初めて持った杵の重さに慄きながら誠司に問いかける。
「私が最初について良いんですか?」
「あったりまえだよ! ここに居る全員が一番に餅をつくのは巫女ちゃんが相応しいって思ってる」
誠司がそう言った途端、それを聞いていた皆が頷いたり口々に応援してくれる。
「……へへ、ありがとうございます!」
そんな皆に照れながら頭を下げると、私の両隣に狐達がやってきて餅をつく時のコツを教えてくれた。
「それでは小鳥遊彩葉! いきます!」
そう言ってヨロヨロしながら杵を持ち上げて臼の中のもち米に向かって振り下ろしたが、杵は見事に餅を外して臼を殴った。
その途端、あちこちから笑い声が上がる。
と、その時だ。突然誰かに後ろから両腕を支えられた。驚いて首だけで振り返ると、そこには芹がいる。
「っ!?」
思わず声を出しかけたが、芹は私の耳元でそっと囁いた。
『誰にも見えはしない。私が支えてやるからもう一度やってみろ』
その言葉に私は頷いて、ゆっくりと杵を持ち上げる。芹が一緒に持ってくれているからだろうか。さっきよりもずっと軽く感じる。
「頑張れー! 彩葉ー!」
「早くしないと餅冷めんぞー!」
聞き覚えのある声がして顔を上げると、そこには椋浦と細田がこちらに向かって手を振ってくれていた。
本当に来てくれたのか……そんな事に感動しつつ、頷いて今度はちゃんと臼の中の餅を見て杵を振り下ろす。
ぺち。
何とも言えない気の抜けた音がして、今度はちゃんと杵が餅を打った。その途端に周りから歓声が上がる。
『見事だった。今度はど真ん中だったぞ』
「芹様のおかげです。ありがとうございました」
嬉しくて呟くと、芹は満足そうに頷いてまたネックレスに戻った。
それから杵を誠司達に返して椋浦と細田と一緒に屋台を見て回る。
「お! あれ伝説のピクルスじゃん!」
細田は咲子の屋台を見つけてすぐさま走っていく。店番をしていたのは咲子だ。