突然現れた細田と椋浦に最初は戸惑っていた咲子だったが、細田と椋浦のコミュ力のおかげで気がつけば三人はすっかり打ち解けて、家庭菜園の話で盛り上がっている。
「私、ちょっと他の店にも顔出してくるね」
「分かった。私ここで咲ちゃんと店番してる~」
「そんじゃあ私は皆の昼飯でも調達してこよっかな~。咲、何食べる?」
「貞爺と常婆のとこの伊達巻がめちゃくちゃ美味しいんだ!」
「じゃ、それ買ってくる! 後で金徴収すんぞ~」
いつもの気安さでひらひらと手を振る細田に苦笑いを浮かべながら、私は皆の店を見て回り、何か困っている事はないか訪ね歩いた。
『彩葉は忙しいな。また倒れたりしないか?』
「大丈夫ですよ! それに楽しいです。すごく」
こんな風にお祭りを開催する側に回った事など無いので、朝からワクワクしっぱなしだ。両手に皆からのお裾分けを貰ってホクホクしていると、突然目の前に小さな竜巻が巻き起こった。驚いて顔を上げると、竜巻が収まり中からシンが姿を現す。
「やっぱりな~! 皆こっちに来ちゃってんじゃん!」
「土地神様!」
私は声を潜めてシンを見上げると、シンは楽しそうに肩を揺らす。
「だ~れも新年の挨拶に来ないんだもん。こんな事初めてだよ。ちぇ」
拗ねたように頬を膨らませたシンを見て思わず私は小声で謝った。
「えっと、ごめんなさい」
そんな私にシンは意地悪に微笑む。
「そうだよ。君のせいだ。この責任は取ってもらわないとな。それから芹、今日は随分と敵意剥き出しじゃないか」
シンの言葉に芹も人の姿に戻る。
「敵意など別に持っていない。警戒はしているが」
「よく言う。ネックレスなんかになって彩葉は自分の物だって言うアピール?」
「アピールなどしなくても、彩葉は私の巫女だ。そちらは今日は何もしていないのか?」
「してるよ。ま、いつも通りだけどさ。お神酒配って餅撒きするぐらい。でもこの調子だと今日は中止かな」
肩を竦めてそんな事を言うシンの言葉に私は焦った。もしかしてこれは相当に失礼な事をしたのではないだろうか?
青ざめた私を見てシンが笑う。
「冗談だよ。神社というのは好きな所に好きな時に行けば良い。何よりも土地神の僕からすればここも僕の管轄だからね。ここが賑わえば僕の力にもなるんだよ」
「そうなんですか?」
「もちろん。今年の年始の供給は随分と心地良い。芹もだろ?」
「ああ。久しぶりに一気に身体に力が流れ込んでくる。狐達の言うマフィアのボスのような部屋も簡単に創れそうだ」
そう言って目を細めた芹を見てシンもまた嬉しそうだ。こういう顔を見ると、やはりシンは芹の親なのだと実感する。
「マフィアのボスの部屋創るの? 何でまた」
「土地神の所の神域がそんなだったと巫女が言ったからだが」
「僕の部屋?」
二人の視線を一身に受けて私は慌てて言い繕う。
「だ、だって赤い絨毯と水槽とワイングラスがあったから! バスローブじゃなかったし葉巻も無かったですけど……」
それだけが残念だ。きっと私はそんな顔をしていたのだろう。シンは声を出して笑った。
「なるほど。今度はバスローブを着ておくよ」
「着なくていい。そんな格好で彩葉の前に立つな。彩葉、バスローブは私が着てやる。それで許せ」
「や、別にバスローブにそんな思い入れは無いですし、芹様は暖かい格好をしていてください。冬眠しないように」
「心得た」
私達のやりとりを聞いて土地神はおかしそうに笑っていたが、不意に真顔で私の顔を覗き込んできた。
「ところで彩葉、正月が終わったらうちに手伝いに来てくれる?」
その言葉に芹が咄嗟に私の手を掴む。私はその手を握り返して芹を見上げると、大丈夫です、と心の中で呟いて頷いた。