そんな私を見て芹が一瞬不安そうな顔をするが、こんなチャンスはきっともう二度と訪れない。
「そのお話、お受けします。具体的に何をすれば良いんですか?」
「とりあえずうちで起こっている事を簡単に説明するよ。まぁ、一言で言えば巫女さん達がいつかなくて困ってる。そこで君にお願いしたいんだ。どうか君の手腕で巫女たちの縁を繋いでほしい」
真っ直ぐな眼差しで見つめられて、私は芹の手を強く握りしめて頷いたが、譲れない条件もある。
「分かりました。どこまで出来るか分かりませんが力を尽くします。ただ、私がお手伝い出来るのは休日のお昼の12時から16時までです」
「あれ? 住み込みで手伝いに来てくれないの?」
「彩葉?」
シンと芹は二人揃って首を傾げるが、私はそんな二人を見上げて口を開く。
「住み込みならお断りします。私はあくまでも芹様の巫女です。芹様と神使様の食事と学校は疎かには出来ません」
きっぱりと言い切った私を見てシンは少しだけ口の端を上げるが、芹はと言えば――。
「出来た巫女だ。そういう事だ、土地神。彩葉を貸し出すのは休日の四時間だけ。それが条件だ。もうあの時のように好きにはさせない」
「確かにあの時のようにはいかさなそうだ」
苦笑いを浮かべてそんな事を言うシンと満足げに頷く芹に首を傾げていると、そこへ狐達がやってきて、シンを見るなり分かりやすく顔を歪ませ私の前に立ちはだかってシンを睨みつけている。
「巫女に何か用ですか、土地神」
「それ以上うちの巫女に近づかないでください。あなたは神にも人にも手が早いことで有名ですから」
「え……そうなんですか?」
私はそれを聞いてシンから一歩距離を取ってドン引きする。
「いや語弊があるな! どうして君たちはそんなにも僕に厳しいの!」
「語弊などありません。様々な神達からあなたの評価は聞いています。あなたが今までに何をしてきたのかも。うちの巫女は初です。芹様にさえ口づけの一つも許さないのです。何かしたら許しませんよ」
「ビャ、ビャッコ先輩! そ、それは言わなくてもいいんですよ!」
それは乙女の秘密だ! 慌ててビャッコの口を塞ぐと、シンが意地悪に笑う。
「へぇ? もう半年以上も側に居るのに芹は口づけで力を貰えないんだ?」
シンの言葉に芹は腕を組んで深く頷いた。
「彩葉はキスに並々ならぬ理想を抱いていてな。私に伽椰子が口づけた時もまるで虫けらを見るような目をしていた」
「そ、そんな目はしてません!」
そんな目をしていたのは、多分芹が伽椰子を押し倒していた時だ!
けれどそれは流石に言えなくて口を噤む。
それにしてもシンまでこんな事を言うということは、もしかしたら巫女は普通にキスで神に力を供給するのだろうか? なんてふしだらな関係なのか!
「そんな事しなくてもほっぺで回復するんだから十分なはずです!」
「それはそうだな。それに何となくだが今彩葉にキスされるのは危ない気がする。彩葉が」
「え? それはどういう――」
意味ですか? と聞こうとしたその時、ぽつりとシンが「もうそこまでか。マズイな」と呟いたのを私は聞き逃さなかった。
それがどういう意味なのか分からなかったが、その事にシンがそれ以上触れる事はなかった。
正月の餅つき大会が無事に終わり、休む間もなく私は早速シンの願いを叶える為に休みの日にだけシンの神社に通うことになった。
シンの神社の正式名称は『芹原神社』と言い、その昔ここがまだ何も無かった頃にこの地を任されたシンがこの場所を見て、芹が沢山生えていた事からこの地に『芹』という名を付けたのだという。
シンに案内されて豪華なソファに座ると熱いほうじ茶が差し出された。ふと見るとあの蛇がじっとこちらを見上げている。
「お気遣いありがとうございます」
「とんでもありません。2つの神社を掛け持ちされていて大変なのですから、これぐらいは当然です」
頭を下げた私に蛇は目を細めて去っていく。うちの狐達とはエライ違いだ。
「可愛いですねぇ」
「蛇好きなの? 最近の子なのに珍しいね」
「いえ、苦手でしたけど芹様に何度も締められて慣れました」
「はは! 夜の芹に?」
「はい。ところで土地神様、この方のアンケートだけやけに短いんですけど……」
私は今回もシンの不思議な膜に包まれて誰にも見えない状態になってマフィアのボスの部屋で巫女たちに月一で配られるアンケートの回答を整理していた。