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第98話『好感度マイナス』

 その中の一枚が気になってアンケートをシンに渡すと、それを見てシンは頷く。


「そう、この子がね、今回の原因なんだよ」

「そうなんですか?」


 アンケートに目を通すとそこには『規律を守らない者が多すぎます』とだけ書かれている。少しだけ神経質そうな右上がりの文字を見て首を傾げると、シンが小さなため息を落とした。


「そうなんだ。いわゆる古株なんだよ、彼女は」


 なるほど。要は御局様的な人なのだろうか。私は納得したように頷いた。何故なら、その他のアンケートのほぼ全てに『あの人を辞めさせてくれ』と書かれていたからだ。


「土地神様はこの方の事をどう思っているんですか?」

「僕? 僕は特に何も。神はお気に入り以外の人間には平等だよ」

「ではこの方が例えば辞めてしまっても問題ないんですか?」

「まぁそうだね。この子を辞めさせる事で丸く収まるのなら」


 何やら挑戦的な顔をして笑うシンを見て私は頷いて本殿を出た。そんな私の後をシンが慌てた様子で追ってくる。


「方針が決まったの?」

「いえ。でも土地神様は嘘をついてるので」

「僕が?」

「はい。だって私に依頼した時、巫女たちの縁を繋いで欲しいって言ってました。それに辞めさて済む問題ならそもそも私に頼んだりしないですよね?」

「そうだね」


 まるで私がこうするだろうと思っていたとでも言うかのようにシンが頷く。


 この神はとても気さくで一見付き合いやすそうに見えるのに、その実とても慎重だ。 


 神の心や意図など私には全く分からないが、何だか試されてる感がして嫌な気持ちになる。


「土地神様」

「うん?」

「こんな事言ったら怒られるかもしれないんですけど」

「なに?」

「私、多分あなたがとても苦手です」


 思わず私がぽつりと言うと、一瞬の間があったと思ったら次の瞬間シンの大爆笑が聞こえてきた。なぜ笑う。


「ごめん。いや、流石に人間にそこまではっきり言われたのは初めてだな!」

「すみません。先輩たちにもよく言われます。バカ正直だって」

「うん。君はバカ正直だね! 普通は思ってても流石に言わないよ、本人には」

「でも私の心の声、聞こえないんでしょう? だったら先に言っておかないと。あなたの好感度、今のところマイナスですって」

「ふっは! マイナスなの!? ゼロでも無いんだ!」

「はい……すみません」


 何故か笑い転げるシンに呆れながらも社務所に行くと、女の人の怒鳴り声が聞こえてきた。


「ここにそういう物を持ち込まないでって言ってるでしょう!? 『氏子さん達がスマホを弄ってる巫女を見たらどう思うの!』」

「……すみません。でも今、子どもが熱出してて家に1人で……『朝計ったら大分下がってたけど、あの子この時期になったらインフルエンザに毎年かかるのよね……』」

「あなた、先週もそう言ってたわよね? 『だったらどうして代休を頼んで家に居てやらないの』」

「……『仕方ないじゃない! 身体弱いんだから! まさか嘘ついてると思われてるの!?』」


 二人の話を聞いて私はシンを見上げた。シンはそんな二人を眉根を寄せて見つめている。


「お二人とも完全にお互いを誤解してますね」

「彼女は優子。誰にでもああなんだ。でも別に悪い人間って訳じゃない」

「そうみたいですね」


 それからその日は優子の後をついて回ったが、シンの言う通り誰と話してもずっとそんな調子だった。


 やがて休憩時間になると優子は1人で境内から出て神社の裏にあるベンチでお弁当を開けている。


 何となく気になって近づいてお弁当を覗き込むと、まさかの可愛らしいキャラ弁だ。


「これは意外だね。自分で作ってるのかな」

「いえ、違うみたいです」


 優子はお弁当と一緒に入っていた手紙を開いて優しく微笑む。手紙には綺麗な字で『お母さん、頑張って。大丈夫だよ!』と書かれている。


「ありがとう、栞。お母さんも頑張るよ『栞は頑張ってるのに、私がこんなじゃいけないわね。だって栞には新しい夢が見つかったんだもの』」

「……」


 それを聞いて私は黙り込んだ。ちらりとシンを見ると、その顔は無表情で何の感情も読み取れない。


 私はそのまま踵を返して社務所の休憩室を覗いてみた。


 すると、そこには優子以外の全員が仲良く談笑しながら楽しく食事をしている。


「聞いた? 塚本さんちの娘さん、もうずーっと引きこもりなんですって!『そりゃあんな母親じゃ嫌にもなるわよね』」

「らしいですね。はぁ、そのイライラぶつけるの本当に止めて欲しいです『子どもいるんならこっちの気持ちも分かるでしょ? なんであんな言い方しか出来ないのよ』」

「私なんてさっきまた祝詞が違うってめっちゃ怒鳴られたんですよ! 『何もあんなに怒んなくてもいいじゃん!』」

「いや、それはあんたが悪いよ」

「えー!」

「私なんて歩きスマホしてたら怒鳴られたよ。ほっといてって感じ!」


 他愛もない会話だ。心の声もさほど聞こえない。きっと明日にはすっかり忘れられているような話だ。


 けれど何故か皆の言葉に私は拳に力が入ってしまう。思わず怒鳴りそうになるが、生憎今の私は誰にも見えないのだという事を思い出す。

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