本殿に戻った私は1人、頭を抱えていた。
「どうにかなりそう?」
「……今までで一番難しいかもです……」
正直に呟いた私の前に、今度は蛇がおまんじゅうを持ってきてくれる。
「これどうぞ。甘いものを食べると落ち着きますよ」
「あ、ありがとうございます!」
とりあえず一度休憩しよう。そう思いながらおまんじゅうを食べていると着信音が鳴り響いた。
何事かと思ってスマホを見ると、芹からの着信だ。
「芹様、どうかしましたか?」
『彩葉、時間だ。戻れ』
短く簡潔な芹の声に時計を確認すると、そこには16時と表示されている。
「えっと、土地神様。16時なのでそろそろお暇しますね。何か出来る事が無いか考えてまた明日来ます」
「へ? ああ、もうそんな時間か。ていうか、普段はあれだけ時間に頓着しないくせにこんな時だけはきっちり守るな、あいつ」
苦笑いを浮かべるシンに私も思わず笑ってしまう。
本殿を出るとそこには芹と狐達が前のように三人並んでこちらを睨みつけていた。
「そして迎えにまで来るのか。彩葉、あいつ蛇だからさ、多分執着凄いと思うんだよ。色々考え直すなら今のうちだからね」
「大丈夫です。何だかもう大分慣れましたから。それではまた明日」
「うん、また明日」
芹の態度に最初は過保護だなぁなどと思っていたが、最近はもうそれが癖になってしまっている。真顔で補助輪をつけようとしてきたり、毎日バス停まで迎えに来たり、そんな芹が堪らなく愛しくなる。
だからこそ気をつけなければいけないと強く思うのだ。芹に心の声が聞こえてしまったりしないように。もう二度と芹に辛い思いをさせない為にも。
本殿から出て芹達の元へ向かうと、芹は私の手を取りシンに軽く会釈をして歩き出した。ちらりと振り返ると、シンは何故か挑戦的な顔をしている。
けれどこの時の私は何故シンがそんな顔をするのか、まだ分からなかった。
「で、どうだったんだ?」
「解決出来そうだったか!?」
「ウチ達にも手伝えそうですか?」
三人が境内を出るなり同時に問いかけてきたので、私は起こった事を話してみた。もしかしたら何か解決策が見つかるかもしれないと思ったのだ。
「それが、塚本さんという方が今回の原因だったんですけど――」
全てを話し終えると、芹は腕を組んで黙り込んだ。ふと見ると狐達も難しい顔をしている。
「あの、何か分かるんですか?」
シンは何も言っていなかったが、もしかしたらこの三人は何か知っているのだろうか?
首を傾げる私に気付いたのか、芹が小さなため息と共に話し出した。
「塚本栞は家から出ないんじゃない。歩けないんだ」
「え?」
歩けない? どういう事だ?
私の疑問に答えてくれたのはテンコだ。
「塚本一家は6年前にこの村に戻ってきたんだ。理由は栞が交通事故で両足を失ったから。原因はスマホを見ながら歩いていた奴を避けようとした車が栞に突っ込んだらしい。それから栞は家から出ない」
「……」
だから優子は歩きスマホを見て怒鳴りつけたのか。
「相当にショックだったと思いますよ。何せ栞は陸上の選手を目指していたのですから。最初は何度も自死をしようとして病院に運ばれていました」
「私は何も出来なかった。力が及ばなかったのだ」
「芹様のせいではありません! この村の外で起こった事故だったのですから!」
「そうです! それにあの頃は芹様の力も相当に薄れていましたし……」
「……そうだな。だが、栞も優子も私の氏子だ。彩葉、私からも頼みたい。どうか優子の心を救ってやってほしい。優子も栞も十分すぎるほど苦しんだはずだ。栞は最近生き生きとした声が届くが、優子の声はまだ陰鬱だ。神は人の心の拠り所になる事は出来ても、直接癒やしてやる事は出来ない。それが出来るのは、人だけだ」
芹の切実な言葉は私の心に染み込んだ。この神はどれほど優しいのだろうか。いつも心を砕いてこんな風に私達の事を思い続けているのか。
ではその神の心は誰が救ってくれるのだ。
もし神の心の声が聞こえたなら、きっと今の芹の言葉は透き通っていただろう。何となく、そんな気がした。
「頑張ります。出来る限り力を尽くします。芹様の願いを叶える為に」
私の言葉に芹が目を見開き、繋いだ手に力を込めてくる。
「ああ、頼む」
短い言葉だったが、その一言に芹の思いが詰まっていた。