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第100話『可哀想でいなければならない』

 その翌日から私はシンを連れて色んな人にそれとなく栞の事を尋ねて回った。すると二人の事を知る人は皆が皆、優子と栞を可哀想だと言うのだ。


「皆、可哀想だって言いますね」

「そりゃね。栞は足を使うスポーツをしていて、それをある日理不尽に取り上げられたんだから普通はそう思うんじゃないの? だから皆が口裏を合わせたみたいにあの家の事は話さないんだよ」

「そうですね。でもずっとそう思われてたらどうでしょう? 何か、可哀想で居ないとって私なら思っちゃいそうです」

「彩葉はそう思うの?」

「思いますね。何ていうか皆の期待に応えないと、みたいな」


 それこそ拓海のように周りの期待に応えようとして動けなくなりそうだ。そんな私の頭を突然シンが撫でてくる。


「何ですか?」

「いや、ごめん。なんとなく。そうか、彩葉はそう思うのか」

「はい」


 きっと優子や芹の言う通り栞はもう乗り越えているのだ。あの素晴らしいキャラ弁が全てを物語っている。問題は優子だ。


 最後にシンの神社に向かうと私は真っ直ぐにあのベンチに向かった。


 今はちょうど昼時だ。きっと優子は今日もあそこでお昼を食べているに違いない。


 私は神社の裏に回り込んでベンチを見ると、そこにはやっぱり優子がお弁当を開けてにこやかに微笑んでいる。


「土地神様、他の皆さんを呼んで隠れていてもらえますか?」

「なにするの?」

「優子さんの人となりを知ってもらおうって思って」


 私はそれだけ言って優子に後ろから近づいて声をかけた。


「わぁ! 凄いですね!」

「え!? 『な、なに? 誰!? あら、この子……』」


 優子は私の顔を見て怪訝な顔をした。そりゃそうだ。芹山神社の巫女は今やこの村ではそこそこ有名人だ。


「あ、すみません。今日は土地神様に用事があって尋ねてきたんですが、いらっしゃらなかったみたいなので」

「あなた、神を見ることが出来るの?」


 てっきり馬鹿にされるかと思ったが、優子は信心深いのだろう。馬鹿にした様子は少しも無い。


 いや、もしかしたらそもそも信じていないのかもしれない。そんな優子の言葉に私は苦笑いを浮かべて言った。


「はい。少しだけですけど」

「私なんて一応小鳥遊の血筋なんだけどさっぱりだわ。羨ましいわね。私も一度で良いからお声を聞いてみたいわ」

「何か聞きたい事があるんですか?」

「少し相談をしたいの。私のしてきた事は全て無駄でしたか? って『こんな事を他所の巫女さんに言うなんて、私、相当疲れてるのね……』」

「無駄なんかじゃないよ。君はいつも僕に力をくれる。誰よりも僕を信じてくれているのは君だ」


 そこへ丁度シンが戻ってきた。曲がり角の奥には巫女達と宮司がこちらをこっそり覗いている。一体どんな手を使って皆を呼んだのかは分からないが、とりあえず私はシンの言葉を優子に伝える事にした。


 優子の言葉を聞いてシンは優子の頭を撫で優しい声で言う。その横顔はとても穏やかで慈悲深い。


「無駄じゃないそうですよ」

「え?」

「土地神様がそう仰ってます。ちなみに今はあなたの頭を撫でてます」

「あ、こら! どうして言うの!」

「叱られました。どうして言うの? って」


 正直に話した私の顔を優子はしばらくキョトンとして見ていたが、次の瞬間声を出して笑い出した。


「ちなみによく商店街にも出没されるんですよ。たまに謎のコロッケの袋とかおでんの容器とか本殿に置いてありません?」


 私の質問に優子が小さく息を飲む。


「ど、どうして知ってるの!? あれはいつも私が早朝に片付けて――『深夜に誰かが忍び込んでるんだと思ってたけど』」

「あれ、食べてるの土地神様ですよ。寒いとおでんとかコロッケとか食べたいそうです」

「……『まさか、この子本当に見えてる……の?』」


 にっこり微笑んだ私を優子が凝視してくる。


「だからどうか優子さん、土地神様の神饌は熟撰にしてあげてくださいませんか? きっと喜ばれると思います」

「ええ……そうね、そうするわ『まさかそんな事があるの? そんな力、時宮と天野ぐらいしか……ああ、でもこの子そう言えば本家の子と対等に渡り合ったって言ってたわね』」

「おや? もしかして僕は明日から熟撰を食べられるのかな?」


 どこか嬉しそうにそんな事を言うシンを無視してまだ呆けている優子に尋ねた。

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