お弁当箱を覗き込むと、そこにはあの有名な猫のキャラクターが手を振っている。
「ところでそのキャラ弁、優子さんが作ってらっしゃるんですか? 凄いですね……うちの神使様が喜びそうです」
「これ? これは毎朝娘が作ってくれるのよ」
「娘さんが? 器用なんですねぇ……すご……こんな細部まで……」
よくよく弁当を見ると、めちゃくちゃ精巧に作られてあって私は思わずお弁当に見入ってしまった。そんな私を見て優子が優しく笑う。
「ありがとう。娘に伝えておくわね」
「こういうお仕事をされてるんですか?」
「そうね。私にはよく分からないんだけど、何かお弁当のインフルエンサーみたい。最近は凄いのね。外に働きに出られなくてもちゃんと収入を得られる場があるんですもの『そのおかげであの子は家の中では自由にやれてる。良い時代だわ』」
それを聞いて女子高生のミーハー心が疼き出す。
「えっ!? フォ、フォローしても良いですか?」
「そうしてやって欲しいのは山々なんだけど、あの子恥ずかしがって教えてくれないの。だから私も知らないのよ」
「残念です……でも凄いですね。なかななSNSで収入を得るのは難しいですよ! ずっと料理されてたんですか?」
「収入って言っても雀の涙だけどね。……娘はね、6年前に両足を事故で失ってしまったの。それまでは陸上をやってたんだけど、その夢が突然絶たれてしまってそれはもう荒れてね。落ち着かせる為にこっちに戻ってきたんだけどその後も色々あって……『昔なじみはこっちに戻ってきた事を喜んでくれたけど、未だにあの子を腫れ物みたいに扱うのよね……もう6年も経つのに……』」
ちらりと壁の向こうを見ると、巫女や宮司達が青ざめていた。きっと皆知らなかったのだ。栞が外に出ない理由を。
優子はそれからもぽつりぽつりと自分の事を語りだした。
栞が荒れ狂った時に毎日のようにこの神社へお参りに来た事、そのおかげで栞が少しずつ元の穏やかさを取り戻した事、それからすぐに栞が料理に目覚めた事、足がなくても生きていける術を見つけた事、そしてその恩返しがしたくてここで巫女になった事を。
「だから優子さんは皆に厳しかったんですね」
「そうね……私は口下手でいつもカッとなってまず怒ってしまう。言い過ぎたと思うのに謝るタイミングを見失ってしまって、皆を傷つけてしまう。本当はね、分かってるの。最近ここに人が居着かないのは私のせいだって。だから私が辞めればまた元の神社に戻るんだろうなって事も『でも、もう少しだけお礼をしたかったのよ……土地神様はこんな私達でも受け入れてくれたんだもの……』」
その時だ。突然壁の奥から「見つけた!」という声が聞こえてきた。
驚いて顔を上げると、歩きスマホをしていたら優子に怒鳴られたと愚痴っていた若い巫女がこちらに駆け寄ってくる。
「塚もっさん! 娘さんのアカウントこれじゃね!?」
「辻本さん? あなたどうして……あなた達も!」
優子は辻本が飛び出して来た方を見て驚いたように立ち上がった。
私がそちらを向くと、他の巫女たちと宮司までもが申し訳なさそうに視線を伏せている。
「……ごめんなさい。そんな事情があったって知らなくて私……『まさかそれで家から出なかっただなんて……』」
「私も……祝詞、ちゃんと覚えます『そりゃ怒るよな……だってこの人は本当にここの神様にお礼したいんだもん……』」
「塚本さん、もしかして私に怒ったのって……『子どもが病気だって事を疑ってた訳じゃないの?』」
スマホを社務所で弄っていて叱られた巫女の言葉に優子はバツが悪そうに視線を逸らした。
「熱を出してる子を置いてくるなんて心配だろうと思ったのよ。それなら代休を頼んでお休みを貰った方が良いんじゃないかって。何かあったら取り返しがつかないのを私は……知ってるから」
それを聞いて巫女の目から涙が溢れた。
「っ……不器用か! 『めっちゃ心配してくれてたって事!? 何なのよ! 何なのこの人! 口下手すぎるのよ!』」
「ご、ごめんなさい」
泣きながら突っ込まれて驚いたのか、優子は素直に巫女に謝っている。
「へへ! コメントしちゃった! 神社にお参りに来て~って。てか、栞さん足無い事公表してるんっすね~」
皆がしんみりする中、空気も読まずに一番若い巫女は早速栞にコンタクトを取ったようだ。彼女に近寄ってスマホを覗き込むと、そこには確かに車椅子で楽しそうに料理をする女性が映し出されていて、そのフォロワー数を見て目を丸くする。
「めちゃくちゃ有名なインフルエンサーじゃないですか!」
「そうなの?」
「そうですよ! うわ、ご近所に有名人が居る……」
「ね! 塚もっさん、帰りにサイン貰いに行ってもいいっすか?」
「サイン? あの子にそんな物あるかしら?」
それから皆は優子のお弁当を見て盛り上がり、シンの神饌を栞に頼んでみてはどうかという話になる。