「でも良いのかしら? あの子は巫女でも何でも無いのに……」
そう言って優子はちらりとこちらを見るので、私はさっきからずっとニコニコしているシンを見上げた。
「もちろん構わないよ! お重希望だよ!」
それを聞いて私は思わず半眼になってシンを見ると、優子に笑顔で言った。
「構わないそうです。キャラ弁が良いなって」
「ちょちょ、言ってないよね? 僕そんな事言ってないよね?」
これはちょっとした仕返しだ。嘘をついた罰だ。
「キャラ弁で良いの? 私とお揃いになってしまうけれど……」
恥ずかしそうに視線を伏せた優子を見てシンが笑った。
「はは! 嬉しいし光栄だよ。明日から楽しみにしてる」
「嬉しいし光栄だそうです。明日から楽しみにしてるって仰ってますよ」
「本当!? 嬉しいわ。ありがとう、彩葉さん『芹神様の所からわざわざいらっしゃってくれたのね、きっと。こんど栞を連れて挨拶に行かないとね』」
涙を浮かべて微笑む優子を見て私だけじゃなくて、全員が息を呑んだ。不思議と優子がピカピカと輝いて見えたからだ。
「わ、私、明日からちゃんとします! でももしかしたら代休を頼む事あるかもしれません。うちの子、この時期になったら大抵インフルエンザにかかるんです……」
「そうなの? それは心配ね。その時はすぐに連絡をちょうだい。あなたも、無理はしないように」
「は、はい! 『最初っから頼れば良かった。先入観で苦手意識持っちゃってたんだ、私』」
「あのー……私も祝詞教えてもらっていいですか? 滑舌が良くないからどうしても言いにくい所があって、いっつも躓いて続き忘れちゃうんです……」
「だったら違う言いやすい祝詞を教えてあげるわ。大丈夫。祝詞って自分で好きにアレンジしても良いのよ。自分の言葉で神様に伝えるのが大切なの」
「へぇ! そんな事していいんだ『もっと早く聞けば良かった!』」
「私も歩きスマホごめんなさい」
「私もキツく言い過ぎてしまってごめんなさい。栞の事故の原因が歩きスマホの人を避けようとした車に突っ込まれた事だったの。あの時栞は両足は失ったけれど、もしもそのまま歩きスマホの人に突っ込んでいたらその人は命を失くしてたかもしれない。そう思うとどうしても注意しないとって思って」
「そう……だったんだぁ……もうしないよ、絶対に」
「ええ。休憩室でならいくらスマホを弄っても構わないから、今度あなたが前に言っていた乙女ゲーム? っていうのを教えて」
「う、うん! あのね、これがね、そのゲームなんだけど!」
そう言って若い巫女が言うと、他の巫女たちもその話を真剣に聞いている。そんな皆からそっと離れた私は、角の所で待っていたシンに駆け寄った。
私を待っていたのか、シンは私がやってくるのを待ってゆっくりと歩き出す。
「正直言って驚いた。君は何の儀式も祝詞も唱えずに皆の穢を払うんだね」
「何の儀式もせずに?」
「そう、神事の力を使わずにって事。機転を利かせてその場で自然に皆の穢を払った。そんな事は小鳥遊にも時宮にも出来なかった」
「そうなんですか? ていうか巫女の力って何かあるんですか?」
そもそも私はついこの間まで自分が巫女の血筋だという事すら知らなかった庶民に過ぎない。
「それすら知らないのか! これは驚いたな。巫女の力は色々あるよ。君も知っての通り神に力を分け与えたり、人々と神の縁を繋いだり。他にも人の心の穢を神事で払ったりね」
「み、巫女ってそんな事出来るんですか!?」
「うん。優子を見たよね? 光ってたでしょ? あれは穢が払えた証拠だ。それが可視化されたのは僕が側に居たからだけど、あの光を見た瞬間ほかの皆の穢も払われた」
「それは皆さんが小鳥遊の子孫だからでは?」
「それもあるけど、それだけじゃない。君がそのきっかけを皆に与えたんだよ……君の力は癒やしの力じゃない。導きの力だ」
何やらいつになく饒舌なシンに私が首を傾げていると、そこへ芹が突然現れた。
「聞こえたぞ、巫女。優子からも他の者達からも声が届いた。ところで土地神は何を難しい顔をしている?」
さっきから聞こえない程度の声でブツブツ言っているシンを見て、芹が訝しげにシンの顔を覗き込む。
「芹、どうして彩葉の力の事を黙っていた?」
「別に黙ってなどいない。癒やしと導きの両方を持っているだけだ。それが何か問題か?」
「その導きの方の力は小鳥遊の物でも時宮の物でもない。これは……天野の血だ」
「天野だと? 彩葉の母親が天野の子孫と言う事か?」
「それしか考えられない。芹、やはり彩葉を僕に預けろ。これは君の手には負えない」
真剣なシンの声に何だか怖くなって私は知らぬ間に芹の着物の袖を掴んでいた。そんな私の肩を芹が抱き寄せるように引き寄せる。