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第103話『進路』

 芹は私を抱き寄せたまま抑揚の無い声で言う。


「彩葉は彩葉だ。天野だろうが小鳥遊だろうが関係ない。彩葉が役目を終えたら私は彩葉を貰い受けると約束をした」

「それは……いや今は良い。彩葉、よく考えるんだ。君には特別な力が備わってる。本来なら僕は小鳥遊のように君を誘惑して芹に相応しいかどうかを見極めようとしたけれど、君は下手をすると巫女に収まる器じゃないかもしれない」

「はあ……」


 唐突なシンの言葉に私は間抜けな顔をしてシンを見上げたが、シンはいつものチャラさはどこへやったのだと思うほど真剣だ。


 もしかしてこれが芹の言っていたシンの誘惑か? とも思ったが、いかんせんこの二人が何を言っているのかさっぱり分からない。


 その時、夕方の17時を報せる時報が村に鳴り響いた。その音を聞いて私はハッとする。


「た、大変! 芹様、帰りましょう! 今日はグラタンにするって先輩たちと約束してるんです!」


 約束を反故にしたら後から何をされるか分からない。


 芹の袖を引っ張るとそんな私を見下ろして芹が頷く。


「なに。グラタンか。ドリアもあるか?」

「ええ。芹様のはミートドリアです」

「よし帰ろう。ではな、土地神」

「ちょ! そんな呑気な話してる場合じゃない――って、最後まで聞けよ!」


 背中にシンの声を聞きながら、私達は家路を急いだ。


 新学期が始まり懐かしいクラスメイトとの再会が済むと、教室の空気は進路一色になった。


 私は進路調査の紙をじっと見つめていたが、生憎何も思い浮かばない。


 巫女の仕事は楽しいしやり甲斐もあるが、その道を選べば結局私は一生飛び立たない小鳥になってしまうのではないか。その道を選ぶ事を芹はどう思うのだろうか。


 そんな事を考えてしまって私はいつまでも誰にも相談出来ずに居た。


 けれど時間は待ってはくれない。


 一応、参考までにと神職学校を調べはしたものの、2校しか無かった挙げ句、そのうちの一つは芹山神社から通えるような距離には無かった。


 どうにか通えそうなのは伽椰子が通っていた大学だが、そこには伽椰子もまだ在籍しているので通いにくい。あと一つは三重の伊勢だ。


「伊勢かぁ……遠いなぁ」


 一応書いてみた明日提出の進路調査表を眺めながら自室の机に突っ伏していると、ビャッコが部屋にやってくる。


「巫女、風呂が空きました――またそんな所でうたた寝しているのですか!?」

「あ、ビャッコ先輩。うたた寝してたんじゃなくて、考え事してたんです」

「考え事? 一人前な事を言ってしょうもない事じゃないでしょうね?」


 厳しい顔をしながら近寄ってきたビャッコは、電光石火の如く私の手から進路調査表を奪い取る。


「神職を目指すのですか? 感心ですね。就職はもちろん、ここです」

「それがまだ決めかねてるんですよ」

「何を迷う必要があるのですか。巫女に巫女の仕事は天職です」

「ありがとうございます。でもそうしたら私、一生芹様に甘えっぱなしになっちゃうなって思って。芹様は私が飛び立つのを待ってくれてるのに……」


 芹に恩返しがしたい。いつの頃からかそんな風に感じるようになったのは、芹や狐達がいつだって私の帰る場所になってくれているからだ。


「それの何がいけないのです? 歴代の巫女達のように芹様の骨の髄までしゃぶり尽くすぐらいの気概で居なければ巫女として成功はしませんよ!」

「いや、別に私は巫女の職で一旗揚げようとか思ってませんよ……」


 なんて事を言うのだ。相変わらずなビャッコの言葉に思わず笑いつつ、私はお風呂へ向かう。


 お風呂から出ると何故か私の部屋に全員が集合していた。


「えっと?」


 皆、正座した状態でこちらをじっと見つめてくるので何だか怖くて戸惑っていると、芹が手招きして自分の正面を指差す。これは座れという事だろう。


 もしかして叱られるのか? そう思いつつ言われるがまま芹の正面に座ると、いつもの無表情で芹が問いかけてきた。


「巫女、神職を目指すというのは本当か?」

「え? いや、まだ決まってはいませんけど……」

「そうか。もしも私に気兼ねをしてその道を選んだのなら、その必要はない。お前は好きな道を選べ」

「……」


 私は芹の言葉に黙り込んだ。違う。芹の側に居たいから神職の道を選ぼうと思ったのだ。そこまで考えてふと思った。こんな不純な動機で神職など目指しても良いのだろうか。


 私は俯き、ただ頷くことしか出来なかった。


 結局進路が決まらないまま、冬が終わりを告げようとしている。


「進路……どうしよう」

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