今日は咲子の畑に行って作物の植え付けの手伝いをしてきた。
その帰りに商店街で夕飯の買い物をしていたのだが、何だか疲れてしまって商店街から外れた場所にある小さな公園で一休みしていると、後ろから誰かに冷たい何かを頬に押し当てられて思わずその場で飛び上がってしまう。
「ひゃぁっ!? と、土地神様!?」
振り返るとそこには手をひらひらさせてこちらを見下ろすシンが居る。
「こんな所で何してるの? 彩葉」
「それはこちらの台詞です!」
「はは! いや~そろそろ暖かくなってきたからちょっとお散歩だよ。そうだ、これ君に。僕からの依頼料だよ」
そう言って手渡されたのはやけに分厚い封筒だ。何気なく中を見ると、そこには札束が無造作に入っていて、私は思わずそれをシンに突き返した。
「こ、こんな大金いただけません!」
「えー! 多くしてって願いは良く聞くけど、少なくしてって願いは聞いた事ないんだけど!」
そりゃ普通はそうだろうが、私は別にシンの願いを叶える手伝いをしただけだ。全うに働いた訳ではないのに、こんなに貰えない。
そんな私の心を汲み取ったのか、シンは封筒の中から数枚のお札を抜き取って私の手に押し込んでくる。
「これ以上は譲らないよ。ケチだって思われたくないから!」
まるで子どものようなシンの態度に苦笑いを浮かべながら頷くと、シンは納得したように私の隣に腰を下ろす。
「で、彩葉はどうしたの?」
芹とは違う優しい雰囲気に思わず私は心の中を吐露しそうになったが、すんでの所で踏みとどまった。芹の事を、進路の事をシンに相談する訳にはいかない。
「ちょっと悩み事です」
「そっか。ま、色々あるよね。僕達でさえ悩み事ばっかりなんだから」
「そうなんですか?」
「そうだよ。神だって悩んで間違えてばっかりだ。僕達は完璧なんかじゃない」
そう言って微笑んだシンの顔はとても穏やかだ。
「そうなんですね……芹様も何かに悩んだりするのかな」
「どうかな。彼は清廉潔白を貫こうとするからね。一度の過ちをずっと胸に刻んで、刻みすぎてまた失敗しようとしてるけどね」
シンの言葉に私はギョッとしてシンを凝視した。芹はまた何かを間違えようとしているのか?
「えっと、それはどういう?」
「うーん……大切にしすぎて彼はいつも見誤る。覚えがあるんじゃない?」
そう言われて私は思わず息を呑んだ。
そうかもしれない。進路の事も、まるで先回りをして他の道を探せと言われてしまったような気がしたのだ。それは私の心の中の浅ましい気持ちを芹が読み取ってしまったのかもしれない。
「そうそう彩葉。もし今後もずっと芹の側に居る道があるよって言ったら、君はどうする?」
「へ?」
突然のシンからの申し出に思わず私がポカンとすると、シンは笑顔のまま言う。
「僕に君の声は聞こえないよ。でも分かる。君は芹を好きだよね? 神としてではなく、異性として」
「っ!?」
驚いてはみたものの、まだそこまででは無いと思う。
そんな私の心を知ってか知らずかシンは突然真顔になった。
「流石に分かるよ。だって今の君は小鳥遊と同じだ。芹の側に居たい。役に立ちたい。救いたい。違う?」
そんなシンからの質問に私は思わず引き攣った。
「……そ、そこまで烏滸がましい事は考えてませんが」
「あれ? そうなの?」
「はい。だって、ただの女子高生に神様、救えると思えます?」
「……君は思ってたよりも現実的だね」
私の答えに拍子抜けしたとでも言いたげにシンは肩を竦めてみせる。
「そりゃ色々あったので。そりゃ芹様の側には居たいですよ。でも芹様が出て行けって言ったら出ていきます。だって、それが芹様の願いでしょう?」
「そうだね。それじゃあ逆に側に居てって言われたら?」
「言いますか? 芹様が?」
「それは分からないよ。芹の情緒は君と過ごす事で驚異的な早さで育ってるんだから」
「そりゃもちろん側に居ますよ。ちゃんと正しくあの神社を継ぎたいし、今度こそちゃんと子孫に引き継ぎたいですし」
その答えにシンは眉根を寄せた。
「君は誰かと子孫を残すんだ?」
「そりゃ、そうしないとあの神社廃れちゃうじゃないですか!」
「いやいや、芹が好きなんでしょ? 芹と居たいとは思わない?」
「思いますけど、それとこれとは別です。芹様は神様で、私は人間です。それに芹様は前に言ってましたから。自分は人間を娶る事はないって」
「……じゃあ、君が神になれるとしたら?」
やけに神妙な顔をして問いかけてくるシンに私はゆっくりと首を振る。
「それこそありえません。そういう手があったとしても、私は神様になんてなりたくないです。最後まで人のままで生きたいですから」
何よりも神になどなったら絶対に苦労するに決まっている。心の声だって聞きたくない物まで聞こえて、病む事間違いなしである。