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第105話『最も神に近い者達』 

 その言葉にシンは微笑みながら頷いた。


「うん、君はやっぱり小鳥遊でも時宮でもないね。天野の血だ」

「何なんですか? この間からその天野って」

「天野って言うのは時宮よりもずっと上のシャーマン一族だよ。導きの力を持つ彼らは神に最も近く、最も潔白な魂を持つ者達だ。彼らは道を誤らない。そういう一族なんだよ」

「凄いんですね。でもだったら違うと思いますよ。私は道を誤ってばっかりです」


 両親を止める事さえ出来ず、流れに身を任せて芹の元でお世話になりっぱなしだ。いつまで経っても飛び立てないでいる、ただの臆病者なのだから。


「それは機会がまだ来ていないだけだよ。いずれその時が来たら君は必ず最善の決断をする。それに、今の君を見ていて君の進んできた道が誤りだったと言う者は居ないと思うけどね」

「そうですか? それは死ぬ時にならないと分からないと思うんですけど……」

「はは! うん、そういう所が天野なんだよ! 奢らないっていうか、分不相応を地で行くって言うかさ。でもね彩葉、気を付けて。天野の血を狙う神は多いよ。昔からその血は神を狂わせる」

「狂……わせるんですか」

「そう、狂わせる。前にも言ったけど、神は素直な人が好きなんだよ。気をつけてね、彩葉」


 真剣な顔をしてそんな事を言われて、私もまた神妙な顔をして頷いた。


 こんな話をしたのがほんの一週間前の話だ。


 シンに忠告されてから少しして、周りでおかしな事が起こり始めた。


「芹様、またですよ」


 テンコが芹の元へ持ってきたのは一通の手紙だ。それは見たことも無い程綺麗な封筒に入っていたが、芹はそれを中身も見ずに破り捨てた。


「良いんですか? 芹様。中身も見ないで」

「構わない。どうせ大した内容ではない」


 そう言って芹は境内を掃除している私の元までやってくると、徐ろに私のおでこに人差し指を押し当てた。その途端、おでこがじんわりと暖かくなる。


「何ですか?」

「私の所有印だ。彩葉、土地神から他にも何か聞いたか?」


 あの日、咲子の手伝いをした後シンに会った事は芹に伝えた。もちろんその内容も。それを聞いた芹は眉根を寄せて角を出し、そのまま部屋に引っ込んでしばらく姿を現さなかったのだ。


「それ以上の事は何も……芹様、もしかしてまた何か起きそうなんですか?」


 あまりにも芹と狐達の態度が気になって尋ねると、芹は小さなため息を落として頷き、手招きをする。


 芹についていくと芹は本殿に入り、真っ直ぐに自室に向かう。


「芹様?」

「入ってこい。お前が天野の血筋かもしれないと知った日から私と土地神が調べた事を教えてやる」

「は、はい。お邪魔します」


 一体何を言われるのかとドキドキしながら芹の部屋に入ると、私は芹の正面に座った。


「天野という家の事は土地神が言った通りだ。お前は天野と時宮の血を継いだ稀有な例だ。これを他の神が見逃すはずがない。実際、お前の身に起こった事は神が裏で手を引いていた事が分かった」

「……え?」


 芹が何を言っているのか理解出来なくて思わず首を傾げると、芹はいつもの無表情を少しだけ崩し、何故か顔を歪ませる。


「お前を捨てた父親は時宮、そして母親は天野の血を引いている。ここまではいいか」

「えっと……その前に芹様、小鳥遊が時宮の人間だって知ってたんですか?」


 まずそこが気になって芹に問いかけると、芹はゆっくりと頷き少しだけ微笑んだ。


「知っていたというよりも思い出した、が正しい。小鳥遊がここへやってきた時、私は時宮の力と本質が似ている事に気づき、すぐに彼女の出自を調べた。その時に小鳥遊は時宮の分家の者だという事を知った。私の側に出自を偽ってでもやってきたのは、この地から私が去る事を危惧したからだと言う事も。小鳥遊の心が聞こえるきっかけになったのは、土地神が彼女に自分の気持ちに気付かせたからだ。それから小鳥遊の心は嫉妬や執着に取り憑かれてしまった。だが、彼女はそれに呑まれまいと必死だった。常に自分を律し、私に声が届かないようにしていた。やがて小鳥遊は憔悴していき、私はそんな彼女から記憶を奪った。本当は手放したくなかったが、そのままにしておけば小鳥遊は遅かれ早かれ鬼籍に入っただろうからな」

「……どうして土地神様はそんな事……」

「神と親密な関係を築く人間は他の神からの許しを得なければならないからだ」


 それを聞いて私はハッとして芹を見た。芹はやはり小鳥遊をそれほどまでに想っていたのか。そんな私を見て芹は突然、ふふ、と軽く笑う。

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