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第106話『忘れる事など出来ない存在』

「彩葉は心の声が聞こえない割に表情が素直すぎる。勘違いするな。私は小鳥遊をどうこうしようと考えた事などただの一度も無かった。だからあれは土地神の早とちりだったんだ。けれど、土地神が何もせずともいずれ小鳥遊は同じ道を辿っただろう。そしてその感情が理解出来ず、私もまた苦しんだに違いない」


 そこまで言って芹はじっと私を見つめてくる。


「小鳥遊への疑問は解けたか?」

「あ、はい。すみません、話の腰を折ってしまって」

「構わない。この話もきっと必要な事だったのだろう。話を続けよう。お前の血筋は先程も言った通りだが、お前の両親を誘惑したのは神に惑わされた者達だ。そう仕向けお前を放り出させた。家を奪い、金銭も奪い、身内の縁を全て断ち切らせてお前を拐かそうとしたが、お前はそれよりも先に自分の意思でここへやってきた。そしてお前の親族にここの事を教えたのも、親族を使って時宮の本家にこの神社の現状を伝えたのも神だ」

「嘘……ですよね?」


 だって神様がそんな事するはずがない。そう思うのに芹は私の質問にゆっくりと首を振る。


「嘘ではない。彩葉、神は時として己の為に力を使う事がある。それをした時、神は堕ちる。お前を狙うのは神堕ちした者達だ」

「っ……だって、神様……なのに?」


 神は私達を導き、寄り添ってくれる存在ではないのか。思わず言葉を詰まらせた私に芹は表情を歪ませた。


「そうだ。神は時折その絶対的な力を使い、人の命を刈り取ろうとする。理由は様々だが、お前の場合はただ気に入った。それだけだ」

「……」

「聞くのを止めるか?」


 芹の声に私は膝の上で握った拳を震わせて首を横に振る。そんな私を見て芹は頷く。


「そうか。お前は自らここへやってきて私の巫女となった。その時点でお前の所在は私の所になった。だから誰も迂闊に手は出せないでいるのが現状だ。お前に降り掛かった不幸はお前のせいでは無い。そしてここへやってきたお前の選択は、正しかった」


 はっきりと言い切られて顔を上げると、芹が私のおでこを指差す。


「その印を贈る事が出来たからな。その印を受けた者はその神の加護がつく。天野の血は代々こうして守られてきたが、お前の母親はどうやらどの神からも受け取らなかったようだな」

「お母さん、大丈夫ですよね?」


 芹の言葉に急に心配になった私が問いかけると、芹は無言で頷いた。


「お前の母親が住む場所の土地神に連絡を入れた。もうお前と同じように保護されているから安心しろ。彩葉、両親に会いたいか?」


 その言葉に私は少しだけ考えて首を振った。


 今私が会いに行ってもきっと二人も困るだろう。それにいつの間にか私はもう両親の事を許すことが出来ていた。


 色んな人達の縁を見てきたおかげか、二人もどこかで幸せにしていてくれればそれで良いと思えるようになったのだ。


「お母さん達、元気ですか?」

「ああ。二人とも元気にしている。母親の方は来年子どもが生まれるそうだ。腹の子どもにお前の話を聞かせているらしい」

「私の事?」


 それを聞いてホッとしたような悲しいような気がしたが、次の芹の台詞で何かがストンと胸に落ちてくる。


「そうだ。腹の子にいつか大きくなったら姉に会いに行くと良いと言っているそうだ。姉はとても優秀で、ずっと自慢の娘だったのだと。恐らく両親共に何故自分たちが心変わりをしたのか分かっていないだろう。お前を揃って捨てた事も。けれど二人ともお前を忘れる事など出来はしない。私が小鳥遊をいつまでも忘れる事が出来ないように。親とは、そんなものだ」


 その言葉に思わず鼻をすすりながら頷くと、ふと疑問に思って芹に問いかける。


「芹様は小鳥遊の親のつもりだったんですか?」

「ああ。狐達を拾った時のような気持ちだ。私が守ってやらなければ小鳥たちはこのまま死んでしまうかもしれないと思っていた。だが、お前は違う」

「え?」

「いや、最初は確かにそう思っていたが、お前は私が守らなくても十分に自分の力で生きていけるという事にようやく気付いた。だから私がお前にするのは加護をつけるぐらいだ。むしろ私がお前に助けられているだろう?」

「そんな事――」

「あるだろう。何せ彩葉は私の力も自分の力も使わずに皆の願いを叶え、浄化し、導くのだから。そしてその恩恵を私は受けている。私は今、お前によって生かされていると言っても過言ではないのかも……しれない……」


 そこまで言って芹は珍しく青ざめた。自分で言っておいてこれではマズイと思っているのかもしれない。


「よくよく考えれば食事を与えられ力を貰い、氏子まで戻してもらったのだから世話をしているのはどう考えても彩葉の方だな」

「せ、芹様! そんな事はありませんよ。私は衣食住の世話をしてもらっていますから!」


 何だかどんどん青ざめる芹に慌てて言うと、芹は腕を組んで難しい顔をしている。

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