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第107話『芹の為』

「それは金さえあれば誰にでも出来る事だろう?」

「いや、それはそうですけど……何て言ったら良いのかな。誰でも出来るけど、誰もしてくれなかったんですよ。私が本当にこの世のどん底に居ると思った時に手を差し伸べてくれたのは芹様だけでした。単純に衣食住だけの話じゃなくて、そういう時に側に居てくれたって言うのが重要なんです。芹様が辛い時に小鳥遊が側に居てくれたでしょう? それと同じです」

「……なるほど。そうか……あの時はこんな気持で居たのか……そして彩葉も、こんな気持だったのだな」


 芹がそう呟いた途端、芹の身体が光った。いつも以上の光に驚いていると、芹は自分の手をじっと見つめている。


「やはり彩葉は私など居なくてもどこででもやっていけそうだ」

「芹様、それは……」


 もうここから出ていけと言う事なのか? 


 そう思ったその時、不意に芹に手を掴まれた。赤い瞳がまるで私の心の中を透かすようにじっと見つめてくる。


「必要なのは私の方だ。お前が居なくなると困るのはどうやら私のようだ」

「……私も、困りますよ」


 言葉が何も出てこなくて、思わず口をついて出た言葉はそんな事だった。そんな私を見て芹の目が細められる。


「そうか?」

「はい」


 これは刷り込みなのだろうか。それともシンに言われた通り、私はいつの間にか芹に恋愛感情を寄せているのだろうか。


 それは今でもよく分からない。ただ、芹の側にこれからも居たいと思う気持ちはきっと本物だ。


「ちょ、土地神! 今芹様は巫女と大切なお話をしている最中で――」


 しんみりしていると、突然部屋の外が騒がしくなった。それと同時に襖が開き、シンが堂々と入ってくる。


「何事だ」

「芹、時宮が動き出した。今回の事は全て時宮が最初にここに訪れた時から始まっていたみたいだ」

「どういう事だ?」

「そのまんまだよ。時宮の目的は神堕ちした神を手に入れる事。そこには芹も入っている。そして芹を神堕ちさせられるとしたら、彩葉だ」

「へ? 私?」


 何が何やらさっぱり分からないのだが? きっと私の顔にはそう書いてあったに違いない。


「そうだ。君だ。君は時宮と天野のハイブリッドで、巫女の中でも群を抜いて力が強い。そういう存在をあえて作り、芹にぶつけて一気に芹の力を削ぐつもりなんだよ」

「力って言っても、私別に何も――」


 私が言い終わらないうちに、シンがゆっくりと首を振った。


「今までおかしいと思わなかったかい? 何故君が手を貸すと皆上手くいくのかを。ただの女子高生に諭されてそう簡単に人間が動くはずがない。けれど彩葉は今までただの一度も失敗をしていない。それはただ運が良かったからだと思う?」


 シンに顔を覗き込まれて思わず考え込んだ。言われてみればその通りだ。この村の人たちが特別素直で優しいからというのはもちろんあるが、それにしても上手く願った通りに事が運んだのは、決して運だけが原因ではない。


「気付いたかい? 君は力を使わないんじゃない。常に使っているんだ。時宮と天野は本来は決して混ざらないよう配置されていた。それはどちらのシャーマンの力も強かったからだ。その二家の力が混ざれば神のような事が出来てしまう可能性がある。それを君たちの両親は無理やりに引き合わされ、そして君が生まれた。本来なら出会うべきではなかった君の両親は、だから別れて当然なんだ」

「それは……私は生まれるべきじゃなかったって事ですか……」


 シンの言葉に心が凍りつくかと思った。目の奥がズンと痛み、何かが胸の奥から迫り上げてくる。そんな私を見て口を開いたのは芹だ。


「違う。お前は私の為に生まれるべくして生まれた存在だ」


 いつもの無表情で、いつもの抑揚の無い声で芹は言う。その言葉にシンまでもが頷いた。


「芹様の……為?」

「生まれるべきでは無い者などこの世には居ない。全ての命に役割がある。お前が生まれたのはお前の為ではない。私の為だ」

「芹の言う通り、君は神の為に生まれた子だ。良くも悪くもね。誰の手に渡るかによってその存在意義は変わるだろうけど、君は芹を選んだ」


 誰かを選んだつもりも無いが。


 そんな言葉を飲み込んだ私を見て、シンがようやく表情を緩める。


「君は仕方なくここへ来たと思っているかもしれない。でもそれは違う。君はここの固定資産税を払わずに放棄する事も出来たはずだ。けれどそれはしなかった。律儀にそれを払ってここへやってきた訳だ。それから巫女になり人々の願いを叶え、それなりの資金が出来ても君はここを出なかった。その金を自分の為に使うのは良くないと考えた。違う?」


 そう問われて私は思わず頷いてしまった。皆の思いが詰まったお金を自分勝手に使うのは違う気がしたからだ。


「で、でもそれは私がそうしたかったからしただけで……」


 そこまで考えてふと理解した。その時点でもう私はここからどこへも行きたくなかったのだと。

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