「伽椰子の時もそうだ。あの時も君はここを出るという選択肢を選ばなかった。もう一度言うよ。君は、芹という神の元に居る事を自ら選んだんだ」
「そういう事だ。彩葉はやはり生まれながらに私の巫女だったという事だ」
「天野がついた神の名は一気に上がる。芹、気をつけろ。彩葉は僕の試練を乗り越えた。それはもう上に伝えてある」
「それでか、やたらと手紙が届くようになったのは。……それで、あなたの試練を彩葉が合格した理由は天野と時宮の血を引くからか?」
「違う。血筋は関係ない。彼女は今後もきっと永遠にこのままだ。良くも悪くもね。だからこそ、向いている」
何に、とはシンは言わなかったので私は首を傾げるしか無かったが、芹にはどうやらシンが何を言っているのか理解出来たようだ。そしてそれは後ろで控える狐達もだ。
「せ、芹様!」
狐達はハッとして芹を見上げた。そんな二人を見て芹はただ頷いて言う。
「ああ。お前たち、今後は態度を改めろよ?」
「は、はい!」
何故か意気込んで返事をする狐たちだが、私はと言えば。
「……何が起こってるのか全然分からない……」
とりあえず自分の身に起きた事が全て仕組まれていたのかもしれないという事は分かったが、それ意外が何も分からなくて困惑していると、そんな私に芹が珍しく微笑みかけてきた。
「お前は今まで通りで居れば良い。お前を天野だとか時宮だとかでしか見ないような奴らは相手になどするな」
「はい」
芹の言う通り、私は私だ。今まで通りで居れば良い。そう言ってくれた芹の言葉がやけに胸に染みた。
「気をつけてね、彩葉。神同士の事であれば僕達は戦えるけど、時宮が直接君に危害を加えて来ないとは言い切れない。出来ればこれからはしばらく1人にならない方が良い」
「ウチ達が彩葉と共に行動します!」
「僕達に任せてください、芹様!」
「ああ、頼む。構わないか? 彩葉」
「ええ、それは別に……ちょっと待ってください! それって学校にも着いてくるって事ですか!? あとビャッコ先輩、今私の事名前で呼びました!?」
「呼びましたとも。彩葉はようやく名を持つのに相応しくなりました。ウチ達はこれから彩葉と共にどこへでも行きます。彩葉が例え三重などという遠い土地へ行こうとも」
その言葉に何故かテンコまで頷いている。そんな二人とは裏腹に芹が眉根を寄せた。
「なに? 三重? どういう事だ? 彩葉」
「あ、いや、それはまだ決めてないって言うか……どうしていつも決まってないのに言っちゃうんですか!」
まだ決まって居ない進路のはずが、どうやら狐達の中では既に決定事項になっていたようだ。
芹はそれを聞いてズイっと近寄ってくると、またじっと見つめてくる。
「そうなのか? まさか神職の道を選ぶかどうか悩んでいたのは、それが原因だったのか?」
「はぁ、まぁ……だって私がここを出たら芹様、ご飯に困りません?」
「そうか……そうか……」
芹は私の言葉を聞いて居るのか居ないのか、何故か感動したような安心したような声で言うと、おもむろに私の手を掴む。
「では私も着いていこう。それで問題はない」
「無理でしょ? 君、山なんだから。ここを離れてどうするの」
「元々この山に神など居なかった。それまではただの山だったのだから、少々私が居なくても誰も困らないだろう?」
「困るよ! もう、何言ってるの。神在祭には絶対に来ない癖に、こういう時だけはフットワーク軽いな、君は」
「そうですよ。そもそも遠出が嫌いだから神在祭に出ないんですよね?」
確か芹はそう言っていたような気がするが、違うのか? そう思いつつシンを見ると、シンは呆れ果てたような顔をして芹を見る。
「違うよ。場所が原因じゃない。理由は何だったっけ?」
「……鬱陶しいからだ」
「だ、そうだよ。言っておくけど、君がこうして今も神でいられるのはそんな身勝手な君でも支援してくれる神々が居るからなんだよ? たまには顔見せるぐらいはしな」
「……ああ、そのうちな。それから土地神が彩葉の事を上に知らせた事で周りが煩い」
真顔で言う芹に土地神が腕を組んで肩を揺らす。
「ま、仕方ないね。若い神はとにかくモテるから。僕みたいにのらりくらりと躱すのが一番だよ」
「土地神様はそういうの上手そうですね。でも芹様は……もしかして最近届く手紙って……」
「見合いの手紙だ。読む必要など無い」
「そうだったんですね」
片っ端から破いていたのはそれが理由だったのか。
私の心はそれを聞いて少しだけ軋んだ。そりゃ神様だって結婚するのだから、当たり前と言えば当たり前の事なのに。
思わず視線を伏せた私を見て土地神が真顔で言う。
「何にしてもこれから本当に気をつけて。まだ時宮が動き出したという情報しか入ってきていないけれど、恐らく次の狙いは芹だ。あちらは芹を堕とす為に間違いなく彩葉を使うだろうからね」
シンの声に私はコクリと頷いた。