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第113話『しばしの別れ』 

「土地神の元であれば常に他の巫女が居ます。それに神の領域もある」

「それが一番無難かな。どうする? 芹、彩葉」


 シンが尋ねてきた。実は私はいまいち状況がよく掴めていないのだが、もしかすると私のせいで芹がどうにかなるかもしれないと思うと、胸がギュッと潰されるようだ。


 芹は始終無言だったが、何も言わずとも角が出ているので多分怒っているのだろう。何にそんなに怒っているのかは分からないが、私はそんな芹の手に自分の手をそっと重ねた。


「芹様、私、18になるまで土地神様の所で修行してきます」

「……修行?」

「はい。よく考えれば私、本当に巫女のお仕事って知らないんです。そんな状態で進路を神職学校に決めてしまうと、きっと後で困るような気がするんです。だからこれは一石二鳥という奴です」


 身を守る為にも巫女の仕事を学ぶ為にもこの話は悪くない。


 けれど芹はそれでも頷かない。


「修行などしなくても……」

「いいえ、芹様。何も知らない状態で大学に行って私が虐められたらどうするんですか!」

「彩葉が?」

「はい。だから土地神様の所で、他の巫女さん達に色んな事教えてもらおうと思います。駄目ですか?」

「……18までか」

「そうです。だってそうしないと芹様が危ない。それに芹様がどうにかなっちゃったら、輪廻から外れた私の魂を誰が面倒見てくれるんですか?」


 私の問いかけに芹が息を呑んだ。じっと私の目を見つめ、まるで私の本心を探るかのようだ。


 いつまでも答えない芹に業を煮やしたのか、隣からシンがふざけた口調で言った。


「安心して彩葉。その時は僕がちゃんと貰い受けるよ。もちろん僕の妻として」

「えっ!?」

「は?」


 驚く私と怒りを含んだ芹の返事がぴたりと重なる。そして次の瞬間――。


「本気で言ってるのか?」


 低く冷たい声でそれだけ言うと、芹は大蛇の姿に戻っていく。


 そんな芹を見てもシンは鼻で笑っただけだ。


「もちろん本気だよ。だって君がここで頷かなくて君がどうこうなったら彩葉の言うように彼女の魂はそれこそおかしな奴らの手に渡る。そうなるぐらいなら僕が妻として彼女を側に置くよ。永遠に」

「させるものか。誰であっても私の巫女を奪うことは許さない。それがたとえ産みの親であっても」


 どんどん大きくなる芹を見て気づけば狐達は既に居ないし、シンは芹を挑発するかのように意地悪に微笑むだけだ。


 私は慌てて芹の白くてひんやりした身体に抱きつき、おでこを押し当てて叫んだ。


「芹様! たった一月です! それに私は前に約束しました! 必ず芹様の元に戻るって! 何があっても私は芹様の巫女です! 芹様しか主はいりません!」


 その言葉に芹の身体が光り、気づけば人の形に戻っていた。


「……ああ、そうだった。すまない、取り乱した」

 芹は私を抱きかかえて私の頭を頬でぐりぐりと撫でる。

「もう! ちゃんと話は最後まで聞いてくださいね! すぐにカッとなるのは芹様の悪い所ですよ!」

「……そうだな。しかし彩葉、土地神の所に行くのは良いが、修学旅行の時と同じように毎晩連絡してくるんだぞ。スタンプで終わらせようとするな。今回はくらすめいととやらも居ないんだ。顔が見える電話をしてこい。いいな?」

「え、毎晩ですか?」

「そうだ。毎晩だ。それから週末は戻れ。映画鑑賞は大切な日課だ。もはやあれは私にとって祝詞と言っても過言ではない」

「そ、そんなにですか?」

「ああ。映画は彩葉の隣で見なければ意味がない」


 はぁ、と曖昧に頷いた私の耳に、いつの間にか戻ってきていた狐達とシンの声が聞こえてくる。


「流石蛇ですね。愛が重すぎて震撼します」

「執着というのは芹様の為にあるんじゃ?」

「面倒な男だなぁ。こりゃ鬼籍に入った後の彩葉の身が持つか心配だよ。下手したら毎晩襲いかかるんじゃないの」


 何だか色んな心配をされているが、私は心に決めた。今まではずっと芹に守られて来たけれど今度は私が芹を守ってみせる。


「芹様。私は一時ここを離れますが、お弁当を毎日届けます。電話もします。だからどうか芹様も気をつけてください。狙われているのは私ではなくてあなたです。もし私に何かあっても絶対に、絶対に堕ちないでください。約束です」


 自惚れる訳ではないが、芹はきっと今は私の事を小鳥遊と同じぐらい愛してくれている。だからこそ私は間違えてはいけない。芹にもう二度とあんな後悔をしてほしくない。


 私の顔をじっと見ていた芹は言葉もなく少しだけ表情を歪めて頷く。


「行ってきます、芹様」

「……ああ。行って……こい」


 ぽつりと呟いた芹の言葉は珍しく滲んでいた。

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