私はそれから18の誕生日が来るまでシンの元でお世話になる事になった。狐達は着いてきてはいない。彼らは学校に行く時だけは着いてくるが、それ以外は出来るだけ共に行動しないようにしていた。
何故なら――。
「彩葉! どうして芹山神社出ちゃったの!? 『なんで? あんなに毎日楽しそうだったのに!』」
「はは、ちょっと色々あって」
芹の元を出て3日。私は苦笑いしながら咲子と村唯一のカフェで話し込んでいた。これはシンの作戦だ。
神堕ちした神と、恐らく定期的にこの村に偵察に来ている時宮の人間に芹の元を私が去ったと思わせる為に、わざと芹山神社を出たという噂を流したのだ。
「もしかして……この間神社に来てた人たちのせい? 『常婆が神社の下にタクシーがいっぱい停まってたって言ってたもんな。もしかしてあの人達が彩葉に何かしたんじゃ……』」
咲子の顔が歪み、心の声がジャミジャミする。それを聞いて私は曖昧に笑った。
「親戚なんだけどね。戻ってこいって。ほらもうすぐ受験だからさ、多分それでじゃないかな」
「そんな今更!? ありえないよ! 彩葉、何かあったらすぐにうちに来てね! 絶対だから! 『今度は私達が彩葉を助けないと! だって彩葉、神社に居る時すっごく楽しそうなのに今は全然楽しそうじゃないもん!』」
「ありがとう、咲ちゃん! 私が居なくてもあの畑、見てくれる?」
「もちろんだよ! あれは私と彩葉の畑なんだからね!」
「うん!」
手を取り合って涙ぐむ私達の話を健児と沙織が神妙な顔をして聞いていた。多分、これで一気に芹の元を私が出たという話が村に知れ渡るに違いない。
その予想は大当たりで、翌日には既に村中にその話が知れ渡っていた。
「彩葉ちゃん! 大丈夫なの? ご飯はどうしているの? 芹原神社の社務所で寝泊まりしているって本当なの!?」
「米さん! 大丈夫ですよ。芹原の方達が凄く良い方達で、快く社務所を貸してくださったんです! ご飯もちゃんと食べてますよ! 栞さんの料理がそれはもう美味しくて!」
シンの元に移るという話を芹原神社の人たちにどうやって伝えようかと悩んでいたが、その日の夜にシンと芹が巫女達の夢枕に立ってくれたらしく、荷物を担いで芹原神社に着いた途端に社務所の一部を私の部屋として改造してくれたのだ。
そしてその日はずっとシンと芹の話題で持ち切りだったのは言うまでもない。
「そうなの……でも心配だわ『今まで放ったらかしにしておいて今更戻れだなんて、絶対に何か裏があるわ』」
「大丈夫ですよ。何かあったら米さんの所に一番に駆け込みますね!」
「そうしてちょうだい! 絶対よ!?」
「はい!」
こんなやりとりを米子とした後も、村の人たちがあちこちで声を掛けてくれた。私は皆の優しさに込み上げてくる涙を堪えるのに必死だった。
言いつけられた買い物を済ませて芹原神社の社務所に戻ると、境内は今日も参拝客で賑わっていた。すれ違う参拝客に会釈をして「こんにちは」と声をかける。
私はその度にこんな事すら知らなかったのだと思い知らされた。ついついバイトをしていた時の癖で「いらっしゃいませ」と言いそうになるのを堪え「ありがとうございました」も封印し、「こんにちは」と「ようこそお参りくださいました」と言い換える。
「やっぱり来て良かった……」
社務所に戻って皆の昼食と芹達のお弁当を作っていると、昼休憩の巫女たちがぞろぞろとやってくる。
「あ、皆さんお帰りなさい! ご飯出来てますよ。今日は栞さんレシピの肉じゃがです」
「やだ~! めっちゃ良い匂い! あー、これだけでも彩葉ちゃん来てくれたのほんと助かる。もうずっと居てよ~」
「彩葉はあれっすよね、料理地味に美味いっすよね~」
「あったかい……幸せ……」
「栞のレシピなの? 道理で匂いが似てると思ったわ。あ、シン様には――」
「大丈夫です。ちゃんと持っていきました」
「ありがとう、助かるわ」
「いえ、これぐらいしか出来ないので! あ、嘘です。境内の掃除と草引きも出来ます」
笑顔で言うと、皆も笑ってくれる。
「ここに修行に来たって言うけどさ、実際もう彩葉ちゃんは巫女の素質は十分あるじゃない。だから後は作法とかだけだよね」
「あと祝詞もっす。まだ照れが混ざってるっす」
「でもご飯が美味しいからずっと居てほしい……」
「あなたそれしか言ってないじゃないの!」
あんなにもぎくしゃくしていた巫女たちが、こうして一つの休憩所で皆揃って昼食を食べていると思うと何だか心が沸き立つ。
以前はこんな風に誰かの幸せだとか喜びだとかを自分の事のように特別嬉しく思ったりしなかったけれど、それは心に余裕が無かったからだと最近気づいた。