『もういらないわ、このぬいぐるみ』
『…でもお嬢様、そのぬいぐるみはいつもお休みになる時は一緒に』
『もういいの。わたしだってもう子供じゃないんだから』
『本当によろしいのですか?』
『ええ、今日からはもう一人で寝られるもの。だからこれはもういらないわ』
「…」
ベッドの上で、一人の女性が目を開いた。
「お嬢様、目が覚めましたか。具合はいかがですか?」
そばに控えているメイド長が女性に声をかけると、「お嬢様」と呼ばれた女性はベッドから身を起こした。
だがその動きは緩慢で、お世辞にも具合がいいようには見えなかった。
「えぇ、今日はなんだか具合がいい気がするの。そう見えるでしょ?」
そう話しかけられたメイド長は、同じく傍にいる医者に目を向ける。
しかし医者はそれに肯定も否定もせず、向けられた視線から逃げるかのように目を伏せた。
メイド長はまた視線を彼女の方に戻して、
「どうかされましたか?何かありましたか?」
そう問いかけると、彼女は少しだけ笑みを浮かべながら、
「夢を、見たの」
と答えた。
「夢、ですか?」
「そう、小さい頃の、昔の夢…」
「どんな夢だったんですか?」
「あのぬいぐるみとお別れした日のこと…でも、あのぬいぐるみはもういないものね…いざいないとなると、やっぱり寂しいわね」
彼女はそう言って、少し寂しそうな顔をした。
「でも、不思議なものね。あのぬいぐるみがいると、なんだかまた元気になれそうな気がするの」
彼女が目を伏せながらそう言うと、メイド長は黙って後ろに控えている別のメイドに目配せをした。
そのメイドは小さく頷くと、静かに部屋を出て行った。
「はい、お嬢様」
程なくしてメイド長が、彼女にある物を渡した。
彼女はそれを受け取りながら、
「これ…」
と一言だけ声を出した。
メイド長は優しく微笑みながら、
「先代からお預かりしていたんです。『いつかお嬢様が寂しがって必要とした時に渡して』と」
そう言った。
彼女は目を潤ませながら
「あぁ、あぁ…」
と、本当に嬉しそうに声を漏らした。
「さすが…彼女ね…わたしのことを…ちゃんと…わかって…いたのね…」
「…」
彼女が息苦しそうにそう言ったが、メイド長は何も言葉を返さなかった。
それがわかっているのかいないのか、彼女は
「おかげで…寂しく…なくなったわ…彼女に…会ったら…お礼を言わないとね」
彼女はそう言うと、大きなぬいぐるみを抱えながら本当に安心したような笑みを浮かべ、静かにまぶたを閉じた…