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第35話「誰かに死ねって言われて、死ねる?」

 エルルカ・シーカーの活躍によって、ベラとかなめは『星野号』への帰投を果たした。

 途中『蠕動者』との遭遇も多数あったが、いずれも【パイシーズ】の圧倒的加速力をもって回避。機体こそ損傷したものの、パイロットたちは無事であった。


「二人とも、よく帰ってきてくれたね……! エルルカちゃんもありがとうっ!」


 格納庫にてコックピットから降りてきたベラたちへと航が駆け寄り、両腕で二人を抱き留める。

 無重力下の慣性で緩やかに後ろへ流されつつ、ベラは涙ぐみながらも笑みを浮かべた。


「ただいま、艦長!」

「心配かけて堪忍なー」


 二人が言うと、抱き締めてくる航の腕の力がぎゅっと強まった。

 彼の目元は赤く腫れていた。きっとベラたちが助からないものと思って、悲嘆に暮れていたのだろう。

 胸が張り裂けそうな思いをさせてしまって申し訳なくなると同時に、またこの場所に戻ってこられた喜びと安心感が心の底から湧き上がってくる。


「二人とも帰ってこられてオールオッケーね! さ、あたしも自分の船に帰りましょ♡」

『何がオールオッケーだ、馬鹿者!!』


 パイロットと艦長との感動の再会を温かい目で見守っていたエルルカだったが、格納庫のスピーカーから響く怒号に肩を跳ね上げた。


「あはは……終わり良ければすべてよし、っていうでしょう、艦長?」

『確かに人命救助は尊い行いだ。しかし、無断出撃に装備の無断使用! れっきとした規律違反だ! 貴官には二四時間の営倉入りを命じる!』


 ルールに則って処罰を下すハッブル。

 げんなりと肩を落とすエルルカにいたたまれなくなったベラは、挙手して言った。


「でしたら、わたしたちも一緒に入らせてください。わたしたちが危機に陥らなければ、彼女が無茶をすることもなかったのですから」

『……勝手にしたまえ』


 微妙な間を置いてハッブルが答える。

 そこで声を上げたのは航だった。


「待って、そんなこと――」

「いいの、艦長。わたしがやりたいだけだから。ちょっと長い休憩だと思ってもらえれば」

「いや、ちょっと……!」

「ボクもええで。ベラちゃんと一緒ならどこでも」


 二人の言葉に航は反論しようとして、止めた。

 それからベラとかなめはエルルカとともに『フリーダム』へ移送され、営巣へ閉じ込められることとなった。

 溜め息を吐くエルルカにベラは苦笑してみせる。

 狭く薄暗い牢の中も、寄る辺ない宇宙と比べれば天国のようなものだ。

 しばらく羽を休めよう。そして来る戦いへ向けて、覚悟を定めなければならない。



『フリーダム』艦長室。

 豪奢な毛皮の絨毯や天然革のソファといった、主の趣向を大いに反映させたその場所で、『フリーダム』および『星野号』の主要メンバーが集っていた。


「突入予定時刻は翌一五ひとごー〇〇まるまる。改めて作戦を確認しよう」


 グレイ・ハッブル艦長は円卓の上に置いたタブレット端末に宙域図を表示させつつ、概略のおさらいを始める。

『第四次ジュゼッペ基地奪還作戦』。

 正規軍の『第三次』作戦が失敗した現状、最も優先すべきは生き残った人員の救助である。

 そして可能な限り、『知性体』の『蠕動者』を撃破し、基地奪還という作戦の本懐を遂げるのだ。


「『ジュゼッペ基地』には三つの『衛星』が存在する。『アルファ』、『ベータ』、『ガンマ』……それぞれに『ソーラーレーザー砲』をはじめとする固定砲台を四五〇基搭載し、それを守る【ノヴァ】と併せて鉄壁と称された基地であった。仮にその基地機能が健在であるとすれば、攻略は困難を極める」

「相手は『知性体』です。基地機能はまず維持されているとみていいでしょう」


 語るハッブルに航が意見を述べる。その見解は満場一致であった。

 次に気だるそうに言うのは、エルルカ・シーカーの右腕を務めるケネスという青年である。


「確か、あの『衛星』はエネルギーの供給さえあれば自律稼働を可能とする代物でしたね。それを攻略したうえで、基地に突入しなければならない……まったく、骨が折れますね」


 くしゃっとした栗毛の髪に、常に眠そうな腫れぼったい目。

 いつも怠そうにしている彼に少しシンパシーを感じつつ、航は頷きを返した。


「おそらく正規軍のやつらもあの『衛星』の弾幕にやられたんでしょう。彼らがその一つでも破壊してくれていることを期待したいですが……」

「想定すべきは最悪のパターンだ。既に三つの『衛星』を攻略する部隊編成はこちらで済ませてある。『フリーダム』の【ノヴァ】部隊は三手に分かれて『アルファ』、『ベータ』、『ガンマ』を攻略。『星野号』には生き残った人員の捜索と救助、そして適宜戦線に加わる遊撃隊として行動してもらう」


 少数精鋭の『星野号』への割り振りとしては妥当だ。

 しかし命を預かる身としての責任は重い。生唾を呑む航は、鷹のように鋭い目で見据えてくるハッブルに、まっすぐな視線を返す。


「それが役目なら」

「良い目だ。期待している」


 恭しく答える航に、ハッブルは不敵な笑みを浮かべてみせた。

 正規軍の作戦失敗の報を受けてから四日。

 生存者がいる確率は限りなく低い。それでも「彼」ならば足掻いていてくれていると、航は信じている。


(待っていてくれ、セラ。きみたちは必ず、おれが助け出す――!)


 胸中で決意を表明する。

 作戦開始は間もなくだ。



 営倉は静かだった。どうやら今はまだ、外で戦闘は行われていないらしい。

 かなめの肩にもたれかかり、膝を抱えて丸くなっていたベラは、ふとエルルカに呼びかけられて顔を上げた。


「ねえ、ベラちゃん」

「は、はい」

「あんた、誰かに死ねって言われて、死ねる?」


 唐突な問いにベラは思わず答えに詰まった。

 生きるために、生き残るためにベラは戦ってきた。それは『星野号』の他のクルーたちも同様だった。

 けれど、『エレス事変』を経て分かったことがある。


「本音を言えば、死にたくはないです。けど……それが他の大切な誰かのためだったら、受け入れられると、思います」


 ハルトは何故、自らの命を犠牲にしたのか。

 それはひとえにベラたちを守るためだ。ベラたちへの強い想いが、彼をそうさせたのだ。


「……そう。そうね、あたしも前はそう思っていたわ。だけど、それだけじゃノーだわ」


 ゆっくりと噛み締めるような口調でエルルカは言った。

 困惑するベラへと彼女は改めて向き直り、その瞳をまっすぐ見つめる。


「大切な人のためだけじゃない。名も知らぬ誰かのためにも戦う。自己満足に過ぎないかもしれない、けれどそれで誰かが救われる可能性があるならば、己の身をなげうつことも惜しまない。……ハッブル艦長の言葉よ」


 その台詞を聞きながら、ベラの脳裏に過ったのは立花の姿だった。

 ベラが『星野号』と出会ったあのときも、彼女は見知らぬベラ一人のために『蠕動者』へと単機で立ち向かっていた。


「あたしは元々、自分の興味のためにフリーの護衛艦クルーになった。宇宙や『蠕動者』の秘密を解き明かしたくて、日夜リサーチに励んでいたわ。でもあるとき、アクシデントが起きて……死にかけたあたしを助けてくれたのが、ハッブル艦長と『フリーダム』だったの」


 機体の整備ミスで戦闘中に【ノヴァ】が空中分解して、『蠕動者』の目の前に投げ出されたエルルカ。そこに颯爽と現れたのが、ハッブル艦長自ら操縦していた『フリーダム』の試作機だったという。


「一目惚れだった。この人のようになりたいと思った。あなたのもとで戦いたいとアピールしたあたしを、艦長は快く受け入れてくれたわ。事故を起こす前のあたしの戦いを見て、『君には光るものがある』って感じてくれたらしいの」


 それからエルルカはハッブルのもとで頭角を現し、『フリーダム』のエースと称されるほどの実力者となった。


「艦長はその言葉通り、自分とは何の関係もない正規軍の人たちを救うために艦を発進させたわ。クルーが何人死ぬのか分からない、自分が犠牲になってもおかしくはない、そんな戦場に迷わず突き進んでいる。――あんたにその覚悟はあるかしら、ベラちゃん?」


 名もなき誰かのために命を捧げられるか。

 隣でうつらうつらしているかなめの横顔を一瞥し、ベラはやはり逡巡した。

 迷いをみせるベラにエルルカは優しく微笑みかけ、言う。


「考え方は一つじゃないわ。あんたはあんたのポリシーで戦えばいい。けどね、覚えておいて。あたしたち『フリーダム』は全員、利他主義アルトゥルーイズムのもとに戦っているんだって」


 何より大切な人を守ること。窮する者を分け隔てなく助けること。それらに優劣はつけられず、どちらも尊重すべき信念なのだ。


「自分の中で大事だと思っていることを曲げずに、戦い抜く。強さとは芯の通った心にこそ宿るものよ」


 チャーミングなウインクまで添えて、エルルカはそう格言を贈ってくれた。

 ベラは彼女の言葉を咀嚼するように、ゆっくりと頷きを返した。

 と、そのとき――ビーッ、ビーッ! と警告音が鳴り響き、彼女たちは息を呑んだ。


「う、うへっ!? 何やねん、気持ちよく寝とったのに!」

「おはようキッド。いよいよ出番ね」


 立ち上がってうんと伸びをするエルルカ。彼女が一歩前に出ると緊急時だからか自動でロックが外れ、ドアが開く。

 差し込んできた光に目を細めつつ、エルルカ・シーカーはベラたちを振り返って餞別を贈った。


「ベラちゃん、かなめくん! 今度は三人で模擬戦、エキサイトしましょ♡」


 にこっと笑って親指を立て、赤髪の彼女は軽やかな足取りで廊下の向こうに消えていく。

 ベラもすぐにその後を追おうと駆け出したが、その手を後ろから掴まれて足を止めた。


「何よ、かな――」


 その言葉は続かなかった。

 腕を引かれくるりと向きを反転させられたベラを、かなめがぎゅっと抱き留め、唇と唇を重ねる。

 柔らかく、優しくて、穏やかなキスだった。

 初めての感触にベラは頬を紅潮させ、無意識に両肩を震わせる。

 けれど触れ合って感じる彼の温度に、徐々に肩の力を抜いて、そして身を委ねた。

 永遠にも感じられるようなキスだった。

 やがて唇を離したかなめは、にこりと微笑んで訊ねる。


「なぁ、ベラちゃん。帰ったら続き、してもええ?」


 その答えに代えてベラはもう一度、今度は自分から彼にキスをした。

 繋がっていたい。放したくない。叶うならこの瞬間が、永遠に続けばいいのに――。

 ベラの心の欲求に呼応するように、銀の腕に力がこもる。

 その抱擁にかなめも、彼女より一回り大きな腕で応えた。


「……ほな、行こか」

「うん」


 愛情を確かめ合い、一歩踏み出した二人の表情は清々しかった。

 自分たちは心から繋がっている。共に戦えば、どんな試練だって乗り越えられる。そんな気がした。



 ベラとかなめは『フリーダム』から『星野号』へと戻り、パイロットスーツへと着替えて愛機のもとへ急いだ。


「戻ったで。【キャンサー】の補修は?」

『腕部は予備パーツと換装している。背面部の装甲は『トーラス』の流用だが、ないよりマシだろう』

「おおきに、十分や」


 ブリッジからの通信越しにスミスと話しつつ、ふわりと【キャンサー】のうなじ付近のコックピットへ乗り込むかなめ。

 ベラも【アクエリアス】へと搭乗し、モニターに表示される『ジュゼッペ基地』周辺の宙域図を見据えた。


『おれたち「星野号」の役目は人命救助だ。生き残った者を探しつつ、臨機応変に戦線にも加わってもらう。オーケー?』

「了解。全力を尽くします」


 落ち着き払った声音で応答しながら、ベラは戦場の配置図を頭に叩き込んでいく。

 高密度の宇宙線が拡散するこの場では、レーダーなどの通信は極近距離でしか機能しない。生存者の捜索は目視で、しらみつぶしに行うこととなる。


『発進シークエンス完了。【アクエリアス】、出撃どうぞ』

「必ず生きて帰るわ。――ベラ・アレクサンドラ、【ノヴァ・アクエリアス】、出ます!」


 セラも、彼の仲間たちも、絶対に見つけ出して連れ帰る。

 エルルカの言葉を胸中で反芻しつつ、ベラは高らかに名乗りを上げて発進した。


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