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第36話「大いなる善のため」

「これより『第四次ジュゼッペ基地奪還作戦』を開始する! 人類の尊厳と、我々の誇りをかけた戦いだ! 心してかかれ!」


 時は来た。

 ハッブル艦長の号令に、司令室の士官らや待機中の【ノヴァ】パイロットらが鬨の声を上げる。


「十時、二時の方角にそれぞれ敵影を確認! 数は――百は下らないかと!」

「『トライデント』、『ジャベリン』、撃ちィ方はじめぇ!!」


 オペレーターの報告に、司令席に座すハッブルが命じる。

 二種の対『蠕動者』ミサイルが一斉に放たれ、瞬く間に前方に群れなす敵群へと着弾した。

 先頭のミサイル群が爆発し、誘爆の連鎖が広がっていく。

 凄まじい火炎と爆煙の中、『フリーダム』はそれも構わず一気に突き進んだ。


「光学映像映せ!」

「はっ」


 司令室の大モニターに『ジュゼッペ基地』の全景が表示される。

 宙域の中央に鎮座するのは月の四分の一ほどの大きさの、小惑星基地。その周囲に三つの『衛星』が周回しており、その白い表面を遮るように黒いもやのようなもの――『蠕動者』の集団が見える。


「三基の衛星は健在。艦影らしきものはない、か。――【ノヴァ】部隊、全隊発進! 衛星『アルファ』『ベータ』『ガンマ』を攻略せよ!」


 やはり正規軍の艦隊は完全に壊滅していたようだ。それでも眉間に皺を刻むのみに留めたハッブルは、芯の通った揺るぎない声で部隊を動かす。

『フリーダム』のカタパルトデッキから計十二機の一個中隊が三隊、計三六機の【ノヴァ】が飛び立っていき、それぞれ各衛星へと向かっていった。


「飛ばしていくわ! 振り落とされないでよ、あんたたち!!」

「面倒ですが心得ていますよ。目標は『アルファ』――各員、フォーメーションE! 全速前進する!」


 エルルカの発破に頭を掻きながら応じるケネス。

 四機で菱形ダイヤモンドに展開した部隊が三つ、一つの大きな三角形デルタを形成。目標へ急行する。


「雑魚は無視! 振り切って!」


 すれ違う『蠕動者』の一団を高速機動で回避、加速して音速へと至る。

 のしかかる強烈なGに歯を食いしばりつつも、エルルカは口角を上げて無数の砲口が林立する衛星へと突っ込んでいった。


「さあアクロバットの始まりよ!!」


 敵の接近を感知して自動で迎撃を開始する『アルファ』衛星。

 たちまち乱射される幾重ものレーザービームを前に、エルルカは圧倒的な動体視力をもってそれらを見切り、曲芸じみた機動で掻い潜っていく。


「あはははははははっ!」


 爆走する【パイシーズ】へとケネスら【ノヴァ・アリーズ】部隊も追随する。

 羊の角を模した頭部の装飾が特徴的な【アリーズ】は、正規軍でも使用されている【トーラス】の発展型にして高機動型である。

 その機動力でエルルカの超人的な動きにも追い縋り、数多の光条をすり抜けて『アルファ』へと肉薄した彼らだったが――


「何よッ!?」


 前方ではなく、後方から。

 差し込んできた光線が僚機を撃墜したのを横目に、エルルカは驚愕する。

 どういうことだ。他の衛星からのレーザーがここまで飛んでくることは有り得ない。『ジュゼッペ基地』の衛星は同士討ちを防ぐため、相互に干渉しないようプログラミングされている。ならば、これは――


「各員、衛星の射程範囲から離脱ッ!」


 レーザーの網を回避しつつエルルカは叫んだ。

 機体を翻して転進する彼女に中隊の部下たちも続くが、動揺からか一機、また一機と被弾し、腕や足を焼き切られてしまう。

 白い光線が乱舞するなか、思考より先に反射で避け続けるエルルカは、行く先に真の敵の姿を見た。


「【ノヴァ】……!?」


 こちらにライフルを構えて横列を組む、【ノヴァ・トーラス】の部隊。

 機体に刻まれた記章はアステラ正規軍のものだ。

 その光景にエルルカもケネスら他のパイロットたちも、一様に絶句した。


「くっ!?」


 背後からは衛星が、前からは【ノヴァ】のビームが。

 挟み撃ちにされたエルルカは速度を緩めず正規軍の【トーラス】へと飛びかかり、その胸に長槍をぶち込もうとして――

 できなかった。

 攻撃を空振りさせたエルルカは歯噛みして、背後へ視線を流す。


「あんたたち――!」


 エルルカが落とし損ねた【ノヴァ】の放ったビームが、味方機を一機、落とした。

 なんで。どうして、こんなことに――。

 這い寄る絶望に赤髪の女は叫び出したい衝動を堪え、操縦桿を固く握り締めた。



『フリーダム』司令室は大混乱に陥っていた。


「馬鹿な、有り得ません! 【ノヴァ】が【ノヴァ】を撃つなんて……!」

「極限状態で頭おかしくなったのかよ、正規軍の奴ら!?」

「落ち着きなさい、あなたたち!」

「これで落ち着いていられるかよ! 奴らが『知性体』に寝返った可能性だって……!」


『蠕動者』を倒すための【ノヴァ】が、同じ【ノヴァ】を撃ってパイロットを殺した。

 あってはならない状況に阿鼻叫喚となるクルーたち。

 そんな彼らへハッブルは一喝した。


「静まれい!!」


 びりびりと空気を震わせる大音声に誰もが口を閉ざす。

 司令室が静寂を取り戻すなか、ハッブルは睨むように目を細め、言い放った。


「騒いでいてもどうにもならん。状況を冷静に見極めろ。あの正規軍の【ノヴァ】とコンタクトを図るのだ。――『フリーダム』は『アルファ』方面へ前進!」

「は、はっ!」


『蠕動者』の大群が放散する宇宙線の影響で、通信は近距離でしか機能しない。

 そのため『アルファ』方面へと舵を切ったハッブルだったが、次いでもたらされた報告に舌打ちした。


「か、艦長! 『ベータ』、『ガンマ』方面にも【ノヴァ】らしき機影を確認! 型式は正規軍【トーラス】!」

「やってくれるな。――『フリーダム』は進路を『ベータ』方面へ変更。『星野号』、聞こえるか」



 呼びかけられた航の準備は万端であった。

 彼は『星野号』と『フリーダム』のドッキング解除を指示しつつ、ハッブルとの連絡に応じる。


「聞こえてますよ。おれたちは『ガンマ』方面をカバーします」

『頼みたい。「アルファ」はエルルカらに一任することになるが……彼女らならば切り抜けられるはずだ』

「そう信じましょう。現状についてですが――正規軍が『蠕動者』側に寝返ることは考えにくい。彼らはおそらく何らかの方法で操られています。まずは彼らと接触し、解放の手立てを模索しましょう」


 有り得ないと断じたい。だが状況は雄弁に、正規軍の【ノヴァ】が『蠕動者』側として動いていることを物語っている。

 敵は『知性体』だ。

 こちらの想像を超える手段を持っていても、何らおかしくはない。


『我々もそのつもりだ。だが最悪の場合、敵となった彼らを撃つ選択を取ることになる』

「それは――」


 航の胸に躊躇いと忌避感が兆す。

 しかしハッブルは冷徹な口調で言い切った。


『大いなる善のため、私は常に最大人数を生かす道を選ぶ。『知性体』を撃破し、二億ものアステラの人々を守るためならば、正規軍の兵たちを切り捨てることも辞さない』


 一人でも多くの他者を救うため。

 そんな究極の利他主義に殉ずる男の決断に、航は素直に首を縦に振ることができなかった。

 正規軍の彼らにもそれぞれの人生があり、家族や恋人、大切な人たちがいる。それを無視することはできない。


「それでも……おれは、彼らを助けたい」

『ガンマ方面の部隊は君に託す。正しい選択を、星野艦長』


 最後にそう言って、ハッブルは通信を切った。

 艦長席で俯く航に向けられるのは、スミスとカミラの切実な視線だった。


「艦長。……あいつらを、救えるのか?」

「……救ってみせる。最後まで、諦めたくはない」


 強い光が青年の目に宿る。

 まずやるべきは『知性体』がどのように【ノヴァ】を操っているのか解明することだ。それさえ分かれば解決の糸口は見える。


「とにもかくにも――聞いたね、ベラちゃん、かなめくん! 君たちの力で、傀儡にされた彼らを救い出せ!」



「っ、了解です、艦長!」


 そう応答したベラは進路を衛星『ガンマ』へと定め、かなめと共に『フリーダム』の【ノヴァ】部隊への合流を目指す。


「最短ルートで行くで。露払いは任せとき」

「……お願い」


 落ち着いたかなめの口調に、ベラは幾ばくか冷静さを取り戻した。

 敵は『蠕動者』だけではない。奴らに操られた正規軍の【ノヴァ】とも戦わなければならない。

 そんな相手に果たして、自分は戦えるのか。

 もしもそれがセラだったとして、自分は引き金を引くことができるのか。


「――ふッ!!」


『アームウェポン』をガトリングガンに換装した【キャンサー】が、迫り来る『蠕動者』のうなじを的確に撃ち抜いていく。

 血が醸す死の臭い。

 それが『蠕動者』のものであるなら気にならないのに、人の気配を意識した途端に、深奥回路が激しく軋み出す。


「それでも――」


 救うためには、逃げるわけにはいかない。

 唇を噛み、震える己に鞭打って、ベラは猛進するかなめに続いた。



 衛星『ガンマ』方面。

『フリーダム』の【ノヴァ・アリーズ】部隊は、奇襲を仕掛けてきた正規軍の【ノヴァ】部隊によって致命的な打撃を受けていた。


「戦線を引き下げる! フォーメーションDへ変更、体勢を立て直すぞ!」


 指揮官を務める若き女性、メーヴ・マイヤーズが命じる。

 撃墜された味方機の数は四。彼女含め残る八機のうち、半数は中破程度の損傷を負っており、まともな戦力としては数えられない。


(これでは、ハッブル艦長に顔向けできない……!)


 エリートとしての誇りを打ち砕かれる結果に、メーヴはその端正な顔を歪める。

 これだけの数を失ってしまえば、もはや『ガンマ』の攻略は不可能だ。

 しかし、何も成さずに終わるわけにはいかない。たとえ自分たちが倒れようとも、次なる勝利のための布石を一つでも残すのだ。


「フォスター! ロス! ――くそッ!」


 衛星のレーザーから逃れつつ【トーラス】の乱射するビームをも高速機動で回避してみせるメーヴ。

 だが中破した僚機は彼女の動きに追いつけず、たたみかけるような光線の雨を浴びて爆散していった。

 悲痛な声で部下たちの名を叫んだメーヴは、生き残った仲間と阿吽の呼吸で連携を取り、ばらばらになりかけた陣形を菱形へと組み直した。

 その間も絶えず動き続ける彼女らは、追跡してくる【トーラス】部隊をビームライフルで迎え撃つ。


「攻撃を躊躇うな! 撃て!!」


 深緑の長髪を振り乱し、死に物狂いでメーヴは発破をかける。

 だがその言葉に反して、彼女の弾道は激しくぶれていた。

 撃てども撃てども攻撃は思うように当たらず、敵に間合いを徐々に詰められていく。

 冷や汗を流し、浅く呼吸をする彼女は焦燥のままトリガーを引き続けた。


「メーヴ隊長、『蠕動者』が――!」


 引きつった部下の声にメーヴは背後を振り仰ぐ。

【トーラス】部隊を振り切らんと向かう先、立ち塞がるように出現したのは一〇〇メートル超の大型『蠕動者』が三体。


「くっ――!?」


 避けきれないとメーヴはほぞを噛む。

【トーラス】への対処に焦り、『蠕動者』の接近に気づくことすらできなかった。

 一生の不覚。

 もはやここまでかと諦念が過った、その瞬間――


『わたしが、守る!!』


 降り立った機影。眼前で展開される大楯。

 そして放たれた極太の黒い閃光が、『蠕動者』を跡形もなく薙ぎ払った。


「ベラ・アレクサンドラ……!」


 その名を呼んだメーヴに、少女が決然と答える。


『メーヴ・マイヤーズ隊長ですね。わたしたちも共に、戦います』


【ノヴァ・アクエリアス】。【ノヴァ・キャンサー】。

 舞い降りた二機はその得物を構え、肉薄せんとする【トーラス】部隊へと相対した。


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