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第37話「これが、自由を求めた人類の意地だ……!」

 壊滅的な損害を被ったメーヴ隊のもとへ駆けつけたベラとかなめ。

 横列を組む【ノヴァ・トーラス】部隊が一切の容赦なくビームライフルを射かけてくるなか、ベラは一気に前に躍り出てシールドを構えた。


「ここはわたしが!」


 肩部装甲を前面に突出させ、その表面からガンマ線のフィールドを発生させる。

 広範囲に展開した白い光のバリアが降り注ぐビームの雨を受け止め、その力を打ち消してメーヴ隊を守った。

 ノア・アークの実装した新機能、『γフィールドバリア』。

『エレス事変』にてハルトが起こした「光の翼」を再現した、攻防一体の技術である。


「さっすがノアちゃん! ボクも欲しかったなー、その力」


 すかさず盾の後ろから【キャンサー】が出撃し、【トーラス】のもとへと迫る。

 獰猛な笑みを浮かべ、突き出した両腕のガトリングガンから光弾を連射するかなめ。

 威力は絞ってある。目標は【ノヴァ】の撃墜ではなく、彼らとコンタクトを取ったうえで『知性体』から解放すること。

 足止めのための威嚇射撃。しかし、それは【トーラス】隊の背後から入れ替わるように現れた『蠕動者』に阻まれてしまう。


「チッ、厄介やな」


 落とした火力では『蠕動者』を仕留めるには至らない。

 本能のままに獲物を貪らんと大口を開ける『蠕動者』に対し、かなめは舌打ちして口蓋へとビームをぶち込んだ。

 その間にも【トーラス】隊は【キャンサー】を潰すべく三六〇度包囲して、集中砲火を浴びせかけた。


「かなめッ!!」

「来んなベラちゃん! その人らを守って!」


 飛び出そうとするベラをかなめは制止する。

 彼女が動いてしまってはメーヴ隊を守れなくなる。自分一人のために、メーヴ隊の人たちを失うわけにはいかない。


「あああああああああああああッ!!」


 ここは一人で切り抜ける。

 咆吼するかなめは回転しながらガトリングガンを乱れ撃ち、周囲に寄り集まった『蠕動者』たちを一掃した。



 衛星『ベータ』周辺宙域にて。

『アルファ』『ガンマ』方面と同一のタイミングで行われた【ノヴァ】の奇襲によって、こちらの【アリーズ】隊も半壊を喫していた。


「すまん、お前たち……。許してくれ……!」


 隊長のリアム・リーは形のいい眉を歪め、大破した部下の機体に背を向ける。

 状況を鑑みて迷わず撤退を判断した彼は、戦死した仲間の回収を諦め、全速で『フリーダム』への帰投を目指した。


「スモーク射出! 気休めにもならんかもしれんが……!」

「はっ!」


 緑に着色された粒子が背後に放散される。

 ビームを阻むにはあまりにも心許ないが、何もしないよりはマシだろう。


「リー隊長、『蠕動者』が……!」


 メーヴ隊を襲ったのと同じく、虚無の怪物たちが彼らの行く手を阻んでいた。

 その数、十。

 まともに相手取っていては【トーラス】たちに追いつかれてしまう。

 無視して逃げるか。いや、この状況下では――。


「お前たちは先に行け! ここは俺が引き受ける!」

「しかし……!」

「いいから行け! 『フリーダム』に状況を伝えろ!」


 躊躇する部下たちを怒鳴りつけ、リアムは腰から一振りのビームサーベルを抜く。

 一人でも多く生かし、艦へ帰す。そのためにはここで死んでもいいと、青年は覚悟を決めていた。

 悲壮な彼の思いを悟り、若きパイロットたちは最大級の敬礼で答えた。

 一つ穴の欠けた隊列を組んで『蠕動者』の間隙をすり抜けていく彼らを見送って、リアムはニヒルに笑う。


「見ていろ――」


 首を伸ばして突っ込んでくる怪物を躱し、頭上を取ってビームサーベルを叩き込む。

 その勢いのままもう一体、さらに一体。

 流麗なる剣技で瞬く間に群れを沈めていく。


「これが、自由を求めた人類の意地だ……!」


 全天周モニターの背後に映る艦影を尻目に、リアムは口角を上げた。

『フリーダム』が来た。これで部下たちは合流できる。あとはハッブル艦長に任せよう。


「哀れな正規軍よ……このリアム・リーがお前たちを止めてみせよう」


 無慈悲に銃口を向けてくる【トーラス】隊へと、青年は不敵な笑みを浮かべた。

 既にリアムは包囲されていた。何の言葉も返すことなく無慈悲に銃口を向けてくる囚われの兵たちへ、彼は雄叫びを上げながら突貫する。


「うおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 猛進するリアムへと【トーラス】たちは一斉射撃した。

 熱線が装甲を溶かし、機体を焼く。それでもなおリアムは正規軍機に食らいつき、その首を落とさんとサーベルを振るった。


 白光の一閃。


 頸が折れ、頭部と胴体を繋ぐケーブルが露出するなか、何かがそこから現れる。

 それは、どす黒いゼリー状の物体であった。

 勢いよく噴出したそれがリアム機へと降りかかり、へばりつき、そして装甲の隙間から内部への侵食を始める。


「なッ……!?」


 恐るべき速度でコックピットまで侵入してきたおぞましい物体を前に、リアムは目を見開き、身体をがくがくと震わせた。

 悲鳴を上げ、脱出しようとハッチを拳で叩くがびくともしない。


「出せッ! 嫌だっ、出してくれッ!! あああああああああああああああッ!!?」


 閉鎖空間の中を満たしていく赤黒いそれに、足が、腕が、胴体が呑み込まれ、最後には頭までも取り込まれていった。



 ベラは必死に訴え続けていた。


「聞こえますか、パイロットの方! 聞こえていたら応答願います!」


 メーヴ隊の【ノヴァ】たちを背中で守りながら、【トーラス】隊へのコンタクトを試みる。

 だが一向に応答はない。果たしてパイロットたちは生きているのか。もはやその確証も持てない。


「それでも――」


 あの機体は『蠕動者』から人類を守ろうという意志の象徴だ。

 それをこれ以上、敵に汚させるわけにはいかない。何としても取り戻す。


「かなめ!!」

「分かっとる! ベラちゃんは『星野号』へ!」


 ベラの叫びに呼応して、かなめは一〇機を超える【トーラス】隊を単身、相手取った。

 メーヴ隊の負傷者たちを帰投させるべく転進し、【アクエリアス】は『星野号』へ向かっていった。

 それを尻目にかなめは、足止め程度に威力を削いだ弾幕を放ち、生じた隙を突いて一機の右腕を狙い撃つ。


「武器さえ無力化すれば!」


 コックピットを撃つ必要はない。あくまでも戦闘を続行不可能にすれば良いのだ。

 だがその戦い方は、通常よりもずっと困難だ。相手がモンゴメリー艦隊の兵士であるならなおのこと。


「くっ!?」


 一機を狙っている間にそれ以上の数の敵機に妨害される。

 交錯する射線を避けるので精一杯だ。脂汗を滲ませるかなめは後ろを一瞥し、そして目を見張った。

【アクエリアス】のシールドの外に四機の【アリーズ】が出ている。

 一体何のつもりなのか――。


「君一人では無理だ! 私たちも戦う!」


 メーヴの援護射撃がかなめに迫った光線を撃ち抜き、打ち消す。

 危機を救われた少年は冷や汗を垂らしつつ、引き撃ちしながら急降下。

 敵を引き連れる囮役を買って出た。


「みんなおいでっ♪ 美味しそうでしょボク!」


【ノヴァ】が『蠕動者』によって操られているのなら。

 通常の『蠕動者』と同じく、強力なエネルギーに惹かれてもおかしくはない。

 だがこれは賭けだ。外した場合、既に消耗しているメーヴたちに負担を強いることになる。


「――来いッ!」


 ガトリングガンをぶっ放し、強烈なガンマ線を放散する【キャンサー】。

 それに対し【トーラス】はカメラアイを赤く瞬かせ、スラスターを噴かせて彼を猛追した。

 ――賭けに勝った。

 にやりと笑うかなめはメーヴら『フリーダム』の精鋭たちへ呼びかける。


「今やッ!!」

「無論だ!」


 自分たちを無視して【キャンサー】に食らいついた【トーラス】隊の背後へ、メーヴたちは照準を合わせる。

 コックピットを外す絶妙な射角。

 立て続けに火を噴いたビームライフルが【トーラス】の頸を射抜き、頭部を爆発させる。


「やった!」


 かなめが歓声を上げた、刹那。

【トーラス】の露出した頸の断面から黒いジェル状の物質が噴き上がり、飛散した。


「なんや……!?」


 胞子のごとく球状になって拡散するそれに、かなめは驚愕した。

 反射的にビームガトリングで撃ち落とそうとするも、すり抜けて舞い降りた胞子の粒が、銃身を取り付けた腕に付着する。

 みるみるうちに広がり、腕部全体を覆い尽くさんとする黒いジェル。

 ただ事ではないと本能で理解した彼は即座に換装モードに切り換え、腕部を機体から切り離した。


「それに触っちゃあかん!!」


 しかしかなめの叫びも虚しく、既に二機がその物体に呑み込まれる最中であった。


「いやっ、助けてっ、メーヴ隊長……!」

「やめろ、来るな! 来るなああああああ!?」


 断末魔の叫びとともに、【ノヴァ・アリーズ】の姿が暗黒の中に消えていく。

 かなめとメーヴ、もう一機の味方機が飛び退るなか、二機を覆う黒い物質は装甲の奥へ浸透していき、やがて完全に内部へ入り込んだのか、元々の装甲やボディがあらわになった。

 黒かった機体のカメラアイが禍々しい赤色に輝き、かなめたちを睥睨する。

 目の前で起こった現象に少年たちは息を呑み、そして、おそるおそる呟いた。


「……寄生、した? 『蠕動者』が、【ノヴァ】に……?」


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