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第39話「罪深き運命だな」

「よくもッ、よくも、あたしの仲間を!!」


 エルルカ・シーカーは憤慨していた。

 黒いジェルに呑み込まれ、傀儡と化した僚機と鍔迫り合いを演じながら、彼女はその目に涙を浮かべる。


「あんた、『知性体』でしょ!? 普通よりクレバーだったら返事しなさいよ! 人間より強い身体を持っていながら、どうして、あたしたちから奪うの!?」


 上ずりながらも凄みのある、濁った声で女は問い詰める。

 義憤に駆られる彼女と相対する【ノヴァ・アリーズ】の、赤い瞳は揺らがない。

 禍々しい真紅の輝きを強めた【アリーズ】は、ビームサーベルの出力を高めて【パイシーズ】のランスを押し返し、無言の返答とした。


「――ッ!」


 背後からもう一機の【トーラス】が肉薄する。それを機体の「尾」で弾き飛ばしたエルルカは、眼前の【アリーズ】を見据え、食い縛った歯の隙間から息を漏らした。


「それがあんたの意思なのね。残念だわ。あんたたちのこと、もっと、知りたいと思っていたのに――」


 知性を持つ『蠕動者』がいるのなら、コミュニケーションを取れる可能性があると考えていた。だが結果はこれだ。向けられたのは敵意と殺意。これでは対話など実現できるはずもない。

 ただ、人類を攻撃するためだけに、正規軍も『フリーダム』の仲間たちも犠牲になったのだ。それがひどく遣る瀬ない。


「ごめん――ごめんね、マティアス。あんたのこと、忘れないから――」


 寄生された機体のパイロットへ呼びかける。

 頸を斬っては黒いジェルが噴出してしまう。機体の心臓――メインエンジンのある左胸を貫かなければ、寄生した『蠕動者』を仕留めることはできない。


「大いなる善のため」。


 彼が新たな犠牲を生む前に葬って、パイロットとしての尊厳を守るのだ。

 心を殺し、エルルカはランスにガンマ粒子を込める。

 純白の光粒を纏う得物を引き絞り、突き出して、彼女は仲間だった【ノヴァ・アリーズ】の胸部を一息に突き刺した。

 激しく火花が散り、やがて機体はエンジンの爆発に呑まれていく。


「艦長……これで、これで良かったのですか。あたしは、正しいことを、したのですか……?」


 神に縋るようなか細い震え声で、エルルカは呟く。

 その問いに答える者はいない。誰もが出現した『蠕動者』や【ノヴァ】との戦いで精一杯で、慰めの言葉すらもかける余裕はなかった。



『フリーダム』から放たれた『対蠕動者ミサイル』の飽和攻撃が降り注ぐ。

 それに対しリアム機は、指揮棒を振るうように腕を突き出し、のたうつ黒い大群を前進させた。

 ミサイルと肉壁の激突。

 着弾したそばから巻き起こる爆発の連鎖が、『蠕動者』たちの粘性の肉体をたちまち蒸発させていく。


「『エクスカリバー』充填。『ジャベリン』にてミサイルの波状攻撃続行」

「え、『エクスカリバー』ですか!? ここで?」


 淡々と命じるハッブルに火器管制官の男性が素っ頓狂な声を上げる。

『エクスカリバー』は『フリーダム』が持つ最大火力のガンマ線砲撃だ。火力は【ノヴァ・アクエリアス】のハドロン砲を優に上回る。本来は『知性体』本体を葬るための切り札として、温存しておく予定のものだった。


「状況が変わった。ノヴァに寄生する『蠕動者』が『知性体』によるものであるとすれば、奴の本体も同様の能力を持っている可能性が高い。【ノヴァ】という小さい的に砲撃をピンポイントで当てるのは針に糸を通すようなものだ。高確率で外す賭けなど、私の好みではない」


 故に、『衛星』或いは『ジュゼッペ基地』本体を潰すために使う。

 そう語るハッブルにオペレーターたちは得心し、コンソールにコマンドを入力していった。


「艦長! 六時の方角に敵出現! 数、一〇〇を超えています!」

「やはり物量戦で来たか。――応じてやれ! 『エクスカリバー』の発射まで堪えてみせろ!」

「はっ! 『トライデント』、『ジャベリン』仰角一五! 撃てぇ――ッ!!」


 衛星『ベータ』を目前にして、艦は敵の包囲網にかかってしまった。

 しかしなおも顔色一つ変えず、ハッブルは迎撃にあたる。

 持久戦はもとより想定済みだ。問題は敵が知性を有し、【ノヴァ】を傀儡にできること。


「艦長ッ! 直上より敵機出現! 【ノヴァ・アリーズ】、リアム隊長の機体です!」


 その報告にハッブルは小さく舌打ちした。


「やはり『エクスカリバー』を落としに来るか。やむを得ん――私が出る」


 銀の長髪を翻し、ハッブルはブリッジを後にせんとした。

 悠然と歩むその背中に宿るのは、圧倒的な闘気オーラだ。 

 艦内の空気が一変する。その言葉にブリッジの全員が動きを止め、彼を見送る。その姿は戦場の全てを支配しているかのような、まさに戦闘の化身のような存在感を放っていた。


「艦長……」


 オペレーターの一人が言葉を呑み込む。その胸中にあるのは、ただ一つの確信だった。

 ――この男が出る以上、戦局がどう動くかは分かりきっている。

 彼こそが戦場の支配者。すべては彼の手の中で踊る駒に過ぎないのだ。


「【ノヴァ・ジェミニ】で出る」


 格納庫へと到着したハッブルを、緊張に強ばった顔のメカニックたちが敬礼で迎える。

 待機中の予備機の脇に鎮座している二体の【ノヴァ】を見上げ、ハッブルは床を蹴った。

 無重力下でふわりと舞い上がった彼は、既に開いているコックピットハッチに乗り込んでいく。

 パイロットスーツではなく軍服のままなのは自信の表れだ。被弾しないのならば宇宙に投げ出されることもなく、気密スーツも必要ない。


「試作機の初陣が同士討ちになろうとは……罪深き運命だな」


 発進シークエンスを完了させ、ハッブルは馴染んだ手つきで【ノヴァ】を起動させた。

 カタパルトデッキより彼の乗る一機が出撃し、もう一機がその後に続く。

 かなり小型な八メートル前後の体高。緑色のボディは華奢で、他の【ノヴァ】と比べれば子供のように見える。ビームライフルとビームピストルを腰に下げ、背中にはビームサーベルの柄を装備した、扱いやすさ重視のプレーンな武装。


【ノヴァ・ジェミニ】。


 その最大の特徴は、双子座の名を冠する通り「二対一機」であることだ。

 パイロットの搭乗する一機に随伴する二機目にはAIが搭載されており、完全自律稼働したうえでパイロット側のデータを瞬時に学習、反映して連携を取る。

 いわば一人で「ロッテ戦術」を可能とする機体なのだ。正規軍と比して寡兵である『フリーダム』にとって、人材不足への一つの回答となる存在である。


「――いざ!」


 飛び交うミサイルの中を掻い潜り、艦の上方より接近してくる【ノヴァ・アリーズ】の前に【ジェミニ】は躍り出る。

 ビームライフルを連射しつつ急降下してくる【アリーズ】に対し、ハッブルは同じくライフルで迎撃。

 寸分違わぬ狙いで光線と光線を激突させ、打ち消してのけた。


「見切れぬものなどないのだよ! 私には!」


 背後からの射撃――AIを載せた双子の片割れが【アリーズ】を追い立てる。

 二対一の状況に持ち込んだハッブルに、リアム機は神懸かった回避術で光線を往なし、肉薄した。


「お見事。だが――」


 至近距離からライフルの一射を叩き込もうとしたリアム機へ、ハッブルは不敵に笑う。


「言ったろう。私に見切れぬものなどないと」


 ビームサーベル、一閃。

 神速の居合が射撃の速度をわずかに上回り、その銃身を切り落とした。

 即座の切り返しで右腕を奪う。背後へ回り込み、熱線の刀身をコックピットブロックへと捻じ込む。


「リアム。お前は良い戦士だった」


 その言葉を餞に、ハッブルはサーベルを抜いて離脱した。

 ほどなくしてリアム機のメインエンジンが灼熱に焼かれ、爆発する。

 硝煙の中に散っていった部下へ最大級の敬礼を送った後、ハッブルは『フリーダム』へと帰投していった。


「仇は討つ。人の誇りを踏みにじった罪、必ず裁いてくれよう」


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