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第40話「それでも、希望は見えたわ……!」

【ノヴァ・キャンサー】を駆るかなめは苦戦を強いられていた。


「メーヴはん……!」


【ノヴァ・トーラス】部隊に加え、続々と集結してくる『蠕動者』の群れ。

 その波状攻撃に阻まれ、彼は味方の援護に向かうことも叶わず孤立してしまっていた。


「チッ……!」


 振り向きざまに放った左腕のビームガトリングは【トーラス】部隊を寄せ付けない。だが、腕を失ったために弱点となった右側から攻められ、ついに【キャンサー】は被弾してしまった。


「ぐっ――!?」


 体勢を崩した【キャンサー】へと『蠕動者』たちが迫る。

 頭部のビームバルカン砲で迎撃するも、大群の敵を前にしては焼け石に水であった。

 倒れた個体の奥から無傷の新手が乗り出し、少年の機体へと飛びかかる。


「まだっ、死ねへんのや!!」


 かなめは気力を振り絞り、喉が焼けんばかりの声で叫んだ。

 身体を捻り、左腕のビームガトリングを眼前の巨大な口蓋へぶっ放す。

 光の乱打が虚無の怪物を消し飛ばすなか、同時に背後と直上から刺すように放たれたビームを彼は感知した。


「ッ――!」


 右手で『蠕動者』の死骸の破片を掴み、直上からの光線に対する盾とする。背後からの攻撃は機体を翻してかわし、即座に迎撃。

 振り向きざまの一撃で【トーラス】のビームライフルを撃ち落とす。

 それでもなお頭部のバルカン砲で攻撃してくる【トーラス】に、かなめは顔を歪めた。


「完全にぶっ壊せれば楽なんやけど……!」


 中のパイロットが生きている可能性がある以上、殺すことはできない。

 歯噛みして『蠕動者』の集団の中に飛び込み、彼らの身体を肉壁として利用するかなめは、どうにかメーヴのもとに合流できないか機を窺う。

 ビームガトリングとバルカン砲を駆使して『蠕動者』たちを妨害しつつ、彼は締め付けるような頭の痛みに喘いだ。


「あ゛ッ……!」


 機械の脳を酷使した反動だ。未来予測にも近しい超人的な機動を実現した、代償。このペースで戦い続ければ間もなくオーバーヒートが起こり、最悪の場合、脳が一時停止する。


「せめてメーヴはんだけでも……!」


 痛みを堪えて気炎を吐き、少年はビームガトリングを乱射して『蠕動者』の大群を殲滅。

 一気に加速し、玉砕覚悟で【トーラス】部隊の放つ弾幕の中へ突っ切っていった。

 光線の一本を避けるごとに、錐で突き刺すような痛みが走る。

 悶え、苦しみ、涙を流してもなお、かなめは止まらずに飛翔した。


「メーヴは――」


 数十メートル先にメーヴ機の姿を捉えた、その瞬間。

 彼は、【トーラス】に羽交い締めにされたメーヴ機が、僚機であった【アリーズ】の失われた腕の断面から湧き上がった黒いジェルに侵食されていく様を、目にした。


『なぜ……頸だけでは、なかったのか……!?』


 女の最後の声が脳に響く。

 極限状態で感覚を拡張した機械の脳がメーヴの脳波を読み取って、何もかもを失う恐怖を反映させた。


「ああああああああああああああああああああああああッッ!!?」


 絶叫し錯乱する少年へと『蠕動者』たちが押し寄せていく。

 情報の渦を前に視界が虹色に歪んでしまうかなめに、もはや抵抗の術はなかった。

 自己防衛のため分泌されるアドレナリンが少年を恍惚状態に誘うなか――一人の少女の声が、彼を現実に引き戻した。


『――かなめ!!』


 刹那、放たれた漆黒の砲撃が『蠕動者』たちを呑み込んでいく。

 圧倒的な威力で敵を消滅させたハドロン砲が止んだ後、そこにいたのは【ノヴァ・アクエリアス】であった。

 新たな敵の出現に赤黒いカメラアイを禍々しく輝かせ、メーヴの乗る【アリーズ】がビームライフルを抜く。


『いま助けるわ――メーヴさん!』


 ビームを乱射してくるメーヴ機に対し、ベラは両肩の装甲を展開し『γフィールド』を発生させた。

 広がる緑色の粒子のバリアが光線を受け流していく。

 そのままスラスターを最大出力にして加速。後退とともに撃たれるビームも完封し、メーヴ機へと突進した。


『はああああああああッッ!!』


 咄嗟に抜かれたビームサーベルを高出力の『γフィールド』で弾き、生じた隙を突いて肩部シールドを解除。

 盾の裏に仕込んでいたサーベルを抜刀、一太刀でメーヴ機の頸部を切断した。

 続けて流れるような剣捌きで胸部コックピットブロックを切り出し、確保する。


『よしッ――』


 黒いジェルがたちまち噴き上がるが――これも、即座に再展開した『γフィールド』にて対処。

 触れたそばから対象を消滅させるその盾は、黒いジェルの侵食も一切許さなかった。


「た、助かった……? ボクも、メーヴはんも……?」


 朧気な意識のなか、かなめは呟く。

 舞い降りた青き機体はこの瞬間、まさしく救世主のように見えた。



 メーヴ機からコックピットブロックを救出したベラより、カミラ・ベイリーへと通信が入る。


『カミラ! かなめの回収をお願い!』

「了解。『星野号』、援護頼みます」


 入れ替わりで出撃したカミラの【ノヴァ・トーラス】が、動かなくなった【キャンサー】のもとへと急行する。

 周囲の『蠕動者』はベラがハドロン砲で一掃してくれた。救出のチャンスは今だ。

 自分はあくまでも予備のパイロット。実力でも才能でも二人には劣る。それでも、必要だからここにいる。今はただ、その本分を果たすのみだ。


「任務を遂行します。かなめさん――あなたは『星野号』に不可欠な人材だ。奴らの手に落とさせるわけにはいかない」


 冷静に。淡々と。どこまでも落ち着き払った口調で己のやるべきことを言語化し、カミラは【トーラス】を駆る。


「させません」


 格好の餌となっているかなめへ近づく正規軍の【トーラス】へ銃撃。

 頭部バルカン砲と手持ちのビームライフルだけを立て続けにスナイパーライフルで狙い撃ち、武装の無力化を図る。

 戦場を俯瞰し、正確無比な射撃を実現する「狙撃手の眼」。これこそがカミラ・ベイリーの真価であった。


「脇役だと甘んじたこと、後悔させてあげますよ。『知性体』の『蠕動者』」


 敵を追い払い、ただちに【キャンサー】を回収。

 左腕で【キャンサー】を引き、使えるのが片腕のみとなった隙は『星野号』の援護射撃がカバーした。

 艦より射出されるミサイルが邪魔者の行く手を阻み、撤退ルートを描き出す。


「ジャストな位置。感謝します、スミスさん」

『それはこっちの台詞だ。よくやってくれた、カミラくん』


 スミスからの称賛にほんの少し口角を上げ、目隠れ少女は一直線に『星野号』へと帰投していくのだった。



 遠目から目撃したその光景に、エルルカ・シーカーは瞠目した。

 衛星『アルファ』の攻略を一時中止し、『フリーダム』へ戻ろうとしている最中のことだった。

【ノヴァ・アクエリアス】が囚われの【ノヴァ】からコックピットのみを切り離し、パイロットを救出したのだ。


「アメイジング……! あんたが救ったのね、ベラちゃん……!」


 それはまさに、絶望の戦場に差し込んだ一筋の光だった。

『γフィールド』さえあれば、一人でも多くのパイロットを救うことが叶う。

 だが現状、それが実装できているのはベラの【アクエリアス】ただ一機だ。

 この戦場を飛び交う正規軍の【トーラス】すべてを救うことは、到底不可能。

 その現実が歯がゆく、やるせなかった。


「それでも、希望は見えたわ……!」



 同時刻、『フリーダム』ブリッジでもその出来事は観測されていた。

 傀儡にされた仲間や正規軍の兵たちを解放する手立てが生まれた。

 その事実にクルーたちが歓喜し、望みを抱く中、【ノヴァ・ジェミニ】にて帰投したハッブルだけは冷徹に状況を見極めていた。


「救出の可能性が芽生えたとはいえ、それに縋って引き金を引くことを躊躇ってはならん。そのために自らや仲間の命を失っては本末転倒だ。我々が生き残り、『フリーダム』という艦を守らなければ、救えた命をアステラへ帰すこともできんのだからな」


 男は独りごつ。

 リアム・リーを討ったことに後悔はない。

『エクスカリバー』を撃つためには彼を止める必要があり、彼ほどの実力者を止めるには討つほかなかったのだ。

 ハッブルはコンソールを操作して艦全体へ通信を繋ぎ、演説した。


「見たか諸君! ベラ・アレクサンドラはその身を以て、寄生されたパイロットを『蠕動者』から救い出してみせた! それは我々人類が、『知性体』の支配に抗えることの証左である! 彼女こそが希望の光! なんとしても彼女を『ジュゼッペ基地』本体へ送り出し、『知性体』のもとへ辿り着かせるのだ!!」


 機体を傀儡にする力に対抗できる彼女こそが、『知性体』を撃つ「銀の弾丸シルバーバレット」となり得る。


「道を切り開け――『エクスカリバー』照準! 目標は衛星『ベータ』!」


 この戦いを終わらせることこそ、リアム・リーへの手向けとなろう。

 衛星を守る【トーラス】のパイロットたちへ敬礼を送り、グレイ・ハッブル艦長は厳粛に命じる。


「『エクスカリバー』、てぇーーッ!!」


『フリーダム』上部からせり出した砲門が、赤い稲妻を纏った漆黒の光線を解き放つ。

 その極太のガンマ線レーザーは射線上に存在するすべてのものを薙ぎ払い、焼き飛ばし、そして消滅させた。


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