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第41話「すまんが、君たちの命をくれ」

 その漆黒の光線が放たれた後。

 クルーたちが固唾を呑んでモニターを凝視するなか、状況を確認したオペレーターの一人が声を上げる。 


「目標、完全に消失しました! 衛星『ベータ』、撃沈!!」


 衛星が浮かんでいたはずの座標はいまや虚空と化していた。

 顔を見合わせて沸き立つクルーたち。

『ジュゼッペ基地』を防衛する衛星の一つを撃破できた。ベラ・アレクサンドラの【アクエリアス】という希望も生まれた。この機を逃す手はない。


「『フリーダム』進軍せよ! 目標は『ジュゼッペ基地』、本体!」


 艦長代理を務めるちょび髭の男が高らかに命じる。 

 ぽっかりと空いた基地の防衛網の穴へと全速前進で飛び込んでいく『フリーダム』。

 だが、その時だった。


「衛星ベータ跡地付近に異常なガンマ線反応を確認!」

「『エクスカリバー』の残留波だろう! このまま突っ込め!」

「しかし――」


 オペレーターの警告を一蹴する艦長代理。

 なおも懸念するオペレーターの女性が言い淀むなか、ハッブルからの通信が割り込んでくる。


『いや……彼女の警告は正しいよ、ヴァリス副艦長。私にも見える……あの衛星もまた、「蠕動者」に喰われた存在だったのだ』


 彼がそう言った直後。

 闇よりも深い暗黒を引き裂いて、その怪物は姿を現した。

 赤黒い長大な体躯がとぐろを解き、虚空を揺らめかせる。

 笑みを形作るように弓なりに開いた口腔は、まるでこちらを嘲笑うかのようだった。

 体長五キロメートルは下らないであろう超大型の『蠕動者』。その規模は『エレス事変』の知性体を超えている。


「かっ、艦長……!」

『総員傾聴! 『エクスカリバー』の再充填には最低でもあと三十分はかかる。それまで悠長に待っていられる余裕も既にない……』


 最強のガンマ線レーザーも使えず、【ノヴァ】部隊は半壊している圧倒的不利な状況。

 しかしハッブルはなおも屈さず、己の本分を果たそうとしていた。


『知性体を討ち、寄生の連鎖を止める。【ノヴァ・アクエリアス】こそあの『知性体』にとって特効となる存在……ならば彼女とそのサポートを行う『星野号』を基地本体へ送り届けることが、我々の使命なのだ。大いなる善のため――すまんが、君たちの命をくれ』


 使命のため、クルーたちの命を犠牲とする。

 そう言い切ったハッブルに対し、副館長以下クルーたちは最上級の敬礼で応え、誰一人として異論を唱える者はいなかった。

 そうだ。逃げるくらいなら最初からこの場所にはいない。『フリーダム』クルーは常に高潔で、自己を顧みず、他者を救う。


『正義の旗のもとに! 我が後に続け!』


 ハッブルを載せた【ノヴァ・ジェミニ】が再出撃する。

 その後に予備パイロットを含めた全部隊が飛び立っていった。

 この戦いに終止符を打ち、人類すべてを守るために。



「メーヴさん! 大丈夫ですか!? 意識は――」


 星野号への帰投を果たしたベラは、回収したコックピットブロックを機体の指でこじ開けた。

 中には黒いジェルに塗れた緑髪の女性の姿がある。カメラを拡大して彼女の胸元を見ると、上下しているのがわかった。まだ息があるのだ。


「スミスさん、救護を!」


 彼女のコールに至急スミスが対応する。

 ジェルに触れては自らも侵食されるおそれがあったが、それも構わずスミスは動いた。

 駆けつけてきた彼は自慢の腕力でメーヴを横抱きに抱え、医務室へと移送していった。

 幸いにも寄生された【ノヴァ】本体から離れたジェルは、その効力を発揮しなかったらしい。

 メーヴが無事に運ばれていったことに安堵しつつ、ベラは開かれた格納庫の外を見やった。


「かなめは――」


 カミラの【トーラス】が【キャンサー】を牽引して格納庫へと帰還する。

 コックピットを飛び出して【キャンサー】へと駆け寄ったベラは、ハッチのロックを手動で外し、中のかなめを引っ張り出した。


「かなめ、かなめっ! 生きてるの、あんた!?」


 ヘルメットの内側に涙の粒を浮かべながら、ベラは激しく彼を揺さぶる。

 目を閉じて動かないかなめの顔面は蒼白で、死人のように見えた。

 だが、ほどなくして。


「……っ、ベラ、ちゃん……?」

「かなめ!!」


 意識を取り戻した少年が、彼女の名を呼んだ。

 ぎゅっと抱きしめた拍子にコツンとヘルメットのバイザー同士がぶつかって、かなめは力なく苦笑する。


「あかん、頭使いすぎたわ。……だいじょぶ、ちょい冷却したら治るさかい」

「よかった……わたし、もうダメかと……」

「あは……泣きすぎや、ベラちゃん。せっかくのかわいい顔がぐちゃぐちゃやで」


 堪らず泣き出すベラの背中を、軽口を叩きながらかなめは優しく擦ってくれた。


「ほんとに……もう……!」

「ボクなんかよりメーヴはんを心配してやって。あの人には生きていてほしいんや」


 かなめがそう言った、その時。

 格納庫内に航の声が響いた。


『みんな聞いて。『フリーダム』が今衛星「ベータ」を破壊した。けど、その衛星の内部に超大型の『蠕動者』が潜んでいたらしい。そいつに対し、現在ハッブル艦長らが新型【ノヴァ】で交戦中だ』


 もたらされた情報の衝撃にベラもかなめも言葉を失った。

『蠕動者』を倒して、寄生された【ノヴァ】と戦って、その果てに一基の衛星を撃沈させたというのに、まだ終わらないというのか。


『残る二つの衛星も同じように超大型の『蠕動者』だとすると、おれたちに勝ち目はない。仮に倒せたとしても『知性体』に辿り着く頃には満身創痍だ。だから――おれたちは最短ルートで『基地』突入を目指す。『ベータ』の砲門がすべてダメになった今しか、チャンスはない』


 ハッブル艦長らが超大型の『蠕動者』を足止めしている間に、自分たちが基地内部に侵入して『知性体』を探し出す。

 それしか勝機はないと航は語った。


『まずは「フリーダム」と合流する。おれたちの戦いにすべてがかかってる――心して臨んでくれ』


 バイザーを開け、流した涙を拭い取ってベラは前を向く。

 戦いを終わらせる。そしてセラを助け出す。

 勇壮なる決意を胸に、彼女は戦士として敬礼するのだった。


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