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第42話「ともに戦いを終わらせよう」

『フリーダム』より【ノヴァ】部隊四八機が出撃。

 艦の全兵力を投入した最終決戦が火蓋を切った。


「敵の進路を誘導する! 『フリーダム』は『トライデント』をばら撒きつつ転進、針路三二〇! 【ノヴァ】部隊は散開し、敵の正面に回らないよう留意せよ!」


【ノヴァ・ジェミニ】を駆るグレイ・ハッブル艦長の指令で、全軍が動き始める。

『対蠕動者ミサイル』を射出しながら、『フリーダム』は取り舵を切って長大な船体を方向転換させた。

 向かう先は衛星『アルファ』――エルルカたちの部隊が戦う宙域である。


『――――――――!!』


 広大な湖面のごとき大口を開き、超大型の『蠕動者』が声なき咆吼を上げる。

 その束の間、ばら撒かれたミサイル群は敵の口内に吸い寄せられ、消えていった。

 何もかもを呑み込むブラックホールのごとき引力。

 周辺に漂う隕石も、デブリも、整備不良で初動が遅れた一機の【アリーズ】も、目の前にあったものはすべからく消え失せるが定め。

 無論、『フリーダム』も例外ではない。


「全スラスター出力全開ッ!! 何としても逃げ切れ、ここで喰われるわけにはいかん!!」


 激しく揺られ固定されていたものも宙を舞う状況のなか、副艦長が絶叫する。

 この『フリーダム』は囮なのだ。超大型の『蠕動者』を衛星『ベータ』の宙域から遠ざけ、『星野号』を基地へ通すための囮。


「いけええええええええええッ!!」


 散開したことで『蠕動者』の吸引範囲から逃れた【ノヴァ】部隊の面々が固唾を呑んで見守るなか――『フリーダム』は、飛び立った。

 自由を象徴する両翼を側面から展開。『エクスカリバー』再充填のために使っていたガンマ粒子をそちらへ回し、一気にブーストをかける。

 白い光の翼を羽ばたかせ、『フリーダム』は強大な引力からの脱出に成功した。


「よくやってくれた! 針路修正、『蠕動者』の斜め前に陣取りつつ前進!」


 すかさず下されたハッブル艦長の号令に『フリーダム』は軌道修正を行った。

【ノヴァ】部隊とともに艦と並走しながら、ハッブルは推察する。

 あの超大型の『蠕動者』は図抜けて大きいだけで知能はみられない。ならばこのまま目的地への誘導も可能。艦が加速度的に前進している現状、衛星『アルファ』への接近は三分後だ。

 衛星『アルファ』の攻撃を誘導し超大型の『蠕動者』に命中させる。たとえ五〇〇〇キロメートルにも及ぶ巨体であろうと、無数のガンマ線レーザーを浴びてしまえば無傷ではいられないはずだ。


 ――いける。


 だが、男が確信を得た、そのときだった。

 前方より『蠕動者』の大軍勢が出現する。


「挟撃か。やはり簡単にはいかせてもらえないようだな」


 空間をびっしりと埋め尽くすほどの怪物たち。数はおそらく千を超えている。

 それを前にしてハッブルは不敵に笑ってのけた。


「【ノヴァ】部隊出陣! 『フリーダム』進軍の露払いを行う!」


 そう宣言した彼は、【ジェミニ】のAI側の機体からビームライフルを一丁受け取り、自らのそれと連結させた。

 合体して大型の砲となったビームライフルは、双方のサブジェネレーターを直結させることでより高威力の射撃を実現する。

 それを肩に担ぎ、構え、ハッブルは敵軍のど真ん中へとぶっ放した。


「――散れ。我が艦の歩みは止めさせん」



 衛星『アルファ』方面では、エルルカの部隊が敵の異変を感じ取っていた。


「っ、待ちなさいよ!」


 戦闘の最中、突如自分に背を向けて離脱していった『蠕動者』にエルルカは舌打ちする。

 その個体のみならず、周囲の『蠕動者』や【ノヴァ・トーラス】部隊が一斉に、ある一点を目指して大移動を始めていた。

 それはまるで大海を泳ぐ小魚の群れのようだった。


「いきなりどうして……!? あいつらが向かっている先は――」


 自分たちを放置して動き出した敵に呆気に取られるエルルカ。

 だがその行き先が衛星『ベータ』の方角であることに気づき、すぐに部下たちへ指示を出す。


「きっと『知性体』のオーダーで『フリーダム』を討つために動き出したんだわ。あたしたちも『ベータ』方面に行く!」

「し、しかしあれだけの数の『蠕動者』がいては……!」

「『ガンマ』方面から回り込む迂回ルートを取るわ。それならついでにベラちゃんたちともランデブーできるでしょ」


 方針を決めた彼女たちの行動は迅速だった。



 航の号令のもと、『星野号』はガンマ粒子の白い光を纏って加速する。


「全スラスターフルブースト! 最大速度で『ジュゼッペ基地』を目指す!」


 背後から追い立ててくる衛星『ガンマ』の超長射程ビーム砲を避け、すれ違う大型のデブリをぎりぎりのところで舵を取って回避し、向かってくる『蠕動者』も艦首を上げてその頭上を越えていく。

 一切速度を落とさぬまま突き進む強引な操舵。

 スミスのそれよりさらに過激な航の運転に、クルーたちはその場にしがみ付いているのがやっとだった。


「悪いけど、おれの辞書に安全運転なんて言葉はないんでね」


 にやりと笑って航は急ハンドルを切る。

 飛びかかってきた巨体の『蠕動者』を激突寸前で回避した彼は「ファインプレー!」と親指を立てて自画自賛した。


「あっははは! たまには自分で操舵するのもいいねー!」


 ハイになって笑い声を上げる彼に、補佐担当のカミラが眉をひそめる。


「どうかできればこの一回きりにしてください。命が持ちません」

「もー、失礼なー。右舷敵出現、『ハンター』撃って! 避けきれない!」

「はっ!」


 軽口から間を置かず切り換え、航が指示を打つ。

 回避が間に合わない敵の一団へカミラは対蠕動者ミサイル『ハンター』を撃ち込み、一掃した。


「旧式のミサイルでも雑魚相手には十分通用するねー」

「ええ。それにしても『星野号』がここまで加速できるなんて、私知りませんでした」

「企業秘密だったからね。【ノヴァ・サジタリウス】のことは」


【ノヴァ・サジタリウス】。

 航が『アーク工房』に依頼して極秘に作らせた、特注のノヴァである。

 その機体は普段は『星野号』内部に隠匿されており、艦の補助動力としての役割も果たしているのだ。その力を解放すれば、旧型艦であっても新型と違わぬ加速力を実現できる。


「見えてきました」


 黒く蠢く『蠕動者』の集団と、その反対側でうねりを描く超大型の『蠕動者』。そして両者の間で板挟みになっている『フリーダム』。

 助けに行きたいのはやまやまだが、自分たちには使命がある。

 止まるわけにはいかない。


「ごめんよ、ハッブル艦長……!」

『謝る必要はナッシングよ、星野艦長!』


 背面部に翼のごとき大型スラスターを装着した【パイシーズ】が、ブリッジの強化ガラス窓に映り込む。

 味方機と手を繋ぎ、或いは背中にしがみついてもらってここまで来たエルルカ・シーカーは、通信越しに航へ笑みを贈った。


『ここはあたしたちに任せて先に行って!』


 道を阻む【ノヴァ・トーラス】部隊へと容赦なくミサイルを撃ち込み、エルルカは叫ぶ。


「感謝するよ! エルルカ・シーカー!」


 直線距離はあと一〇〇〇〇メートルを切った。

 音速を超えた加速を繰り返している今、辿り着くまではもはや一瞬。

 だが敵もそれは理解している。残る二基の衛星を『星野号』の進行ルート上に呼び寄せ、光条の弾幕で阻まんとした。


「――ベラちゃん!!」


【ノヴァ・アクエリアス】が再起動する。

 カタパルトから飛び出した【アクエリアス】は装甲を即座に展開、『星野号』の艦首に取りついて艦全体を覆う『γフィールド』を発生させた。


「ぐうううううッ……!!」


 巨大なエネルギーの奔流が【アクエリアス】の周囲で荒れ狂う。

『γフィールド』越しに感じる灼熱にベラは滝のような汗を流す。

 警告音の重奏が鳴り響くなか、彼女は歯を食いしばって衝撃と恐怖を堪えた。


「――抜けます!」


 カミラがそう叫んだ瞬間、『星野号』は二基の衛星の真上を通過していた。

 勢いよく腕を前に突き出し、航は鋭く命じる。


「今がチャンスだ! 全速! 前進ッ!」


 白い光のバリアを纏う『星野号』が弾丸のごとく小惑星基地へと急行していく。

 その背後ではエルルカたちの部隊が、『γフィールド』に受け流された光線を浴びて半壊した衛星へ集中砲火を叩き込んでいるところだった。


「脅威は片付けておかなきゃね♡」


 すれ違いざまの爆撃が衛星の中心、急所を的確に破壊する。

 だが、爆風に吹き飛ばされた衛星の砲座は所詮、表面の装甲に過ぎず。

 内部から超大型の『蠕動者』が二体、それぞれ現れた。


「ワオ、おっきい♡ けど……負けないわぁ、あたし」



「エルルカさんたち……大丈夫でしょうか」


 後方の光景を見やり、カミラが心配そうに呟く。

 航は前だけをまっすぐ見据えたまま、揺るぎない声音で答えた。


「大丈夫だ。彼女たちならきっと」


 超大型の『蠕動者』たちは『フリーダム』のハッブル艦長らと、エルルカたちが倒してくれる。だから自分たちは後顧の憂いなく、進むのみだ。


「十時の方向に発着口がある! そこに突入するよ! 衝撃に備えて!!」

「はっ!」


 小惑星基地の一角、張り出した埠頭のごときそこを指して航は号令を出す。

 加速を続けていた艦に急制動をかけ、左側へ強引に寄せる。

 轟音を上げて船底を削りながら基地のドックにめり込む形で、『星野号』は着艦を果たした。


「っ、いてて……。みんな無事かい!?」


 ブリッジは左へ大きく傾いていた。艦長席の肘掛けに掴まりつつ、航は通信で艦内全域に呼びかける。

 異常を知らせる声がないのを問題なしと受け取って、航は艦長として作戦上最後の指示を打った。


「これより『ジュゼッペ基地』に突入する! おれの【ノヴァ・サジタリウス】、ベラちゃんの【アクエリアス】、かなめくんの【キャンサー】で内部へ侵入する! 他のメンバーはここで待機だ!」


 気密スーツを手早く纏う航の背中に、声を投じたのはカミラだった。


「なぜです!? 【トーラス】には余力がある、私も一緒に戦えます!」

「この艦にはメーヴさんもいる。余力があるなら、なおさら彼女を守るために戦ってほしい」


 そう諭され、カミラは凜然と顔を上げて覚悟を示した。

 彼女の肩をぽんと叩き、「頼んだよ」と言い残して航はブリッジを後にする。

 廊下を抜けてハシゴを伝い甲板へ。

 γフィールドの残滓で熱を持ったそこに上がると、既に【ノヴァ・サジタリウス】は彼を待っていた。スミスが機体の船体との分離コマンドを入力してくれていたのだ。


「ともに戦いを終わらせよう。おれの分身」


 黒い襤褸切れのようなマントに身を包んだ、エメラルドグリーンの装甲を持つ【ノヴァ】。

 その二つのカメラアイが青年の意思に応えるように、遠い戦闘の光を反射して瞬く。


「……『知性体』と話すの? 艦長」

「可能なら。それが彼らの声を聞ける、おれの役割だから」


 ベラに訊かれ、コックピットに乗り込みながら航は決然と答えた。


「あいつらの言ってることわかるん? ええなぁ……ボクも聞きたかったわ」

「聞こえないほうが幸せだよ。けど……悪いことばかりじゃないと思いたい」


 羨ましそうに言うかなめに苦笑を返し、【サジタリウス】を起動させた。

 新たに得た『サジタリウス・ガン』――クロスボウに似た形状の、実弾銃と高出力ビーム砲を一体化させた兵装――を背面部のラックから外し、構える。

 目覚めた射手座の化身は二機の仲間たちとともに、『星野号』着艦の衝撃で開いた基地の入り口へと踏み込んでいった。


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