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第43話「『知性体』を追う!」

 外で戦いが起こっているとは思えないほど、基地内は静寂に満ちていた。

 三機の【ノヴァ】は各々の得物を構え、縦列を組んで天井の高い幅広な通路を進んでいく。


「レーダーに反応ありません。敵はほとんど出払ってるみたいですね、艦長」

「彼らを引き出したハッブル艦長と『フリーダム』に感謝しなくちゃね。おかげでこうして楽に進める」


 先頭には『γフィールド』の盾を持つベラの【アクエリアス】、中央にかなめの【キャンサー】、そして殿を航の【サジタリウス】が務める布陣。

 索敵するベラの報告に頷きを返し、航は背後に警戒を払う。

 侵入者の存在をシステムが感知したのだろう――天井から鋼鉄の隔壁が勢いよく降り、進路も退路も塞がれてしまった。


「ここはボクに任せとき♪」


 一切動じることなくむしろ楽しむようにかなめが言う。

 片方が破壊されたガトリングガンに代わって換装されているのは、巨大な鋏『ギガスシザー』。

 蟹のそれを模した赤い鋏を振りかぶり、【キャンサー】は思いっきり隔壁を殴りつけた。


「らくしょー♪」


 穿った穴を両腕でさらにこじ開け、そこに身を滑り込ませるかなめ。

 ベラと航もそのあとに続き、しばらく同じ要領で先へ進んだ。


「南C4ブロック隔壁突破。間もなく中央部に到達します」

「案外よゆーやったね、艦長?」


 順調すぎる、と航は胸中で呟いた。

『知性体』が潜んでいるとすれば最も守りの強固な基地最奥部だと予想していた。

 だがそこを目前にしてもなお、『蠕動者』の姿は未だ一体も確認できていない。

 もしや自分たちは誘い込まれたのではないか――その思考が脳裏を過った、刹那。


「まさか」


 南ブロック最後の隔壁を突破し、中央ブロックに出る。

 だがそこにあったのは司令室へ通じる廊下ではなく、余計なものをすべて排した広大な空間であり――


『『『『『――――――――――――!!!』』』』』


 声なき咆吼の重奏が轟いた。

 膨れ上がり迫る殺気に身構えたときには既に、天井から雪崩のごとく『蠕動者』の群れが降ってきている。いずれも小型だ。


「チッ――!」

「あかんっ!?」「もぉ何なのよっ!?」


 咄嗟に『サジタリウス・ガン』の高出力ビーム砲を頭上へぶっ放し、掃射する航。

 だが基地を崩壊させないよう威力を落とした攻撃では敵を殺しきるには至らず、生き残った個体が彼の機体へと迫った。

 ビームサーベルを抜いて白兵戦へ切り換える。


「ベラちゃん、かなめくん!」


 通信が乱れ呼びかけも届かない。

 視界は降って湧いた『蠕動者』の黒い体躯に遮られ、状況をまともに確認することもできない。

 ――謀られた。

 ここには『知性体』など存在しない。これは自分たちを潰すための罠であり、奴が逃げるための時間稼ぎに過ぎなかったのだ。


「くそっ――!!」


 悔しさに吼え、航は敵を切り払いつつビーム砲を天井へ照準する。

 悠長にしている時間はない。危険は承知だがやるしかない。


「行くッ!」


 飛びかかってきた『蠕動者』を左手のサーベルで刻み、右手でトリガーを引く。

 撃ち上がった赤黒い砲撃が合図だ。

 飛び立った【ノヴァ・サジタリウス】に続き、【キャンサー】も動き出す。


「っ、ベラちゃん――!」


 だが【アクエリアス】は遅れていた。

 シールドを閉じて防御態勢を取ってはいるが、複数の敵にのし掛かられて身動きを取れずにいる。

 航は振り返りざまにビーム砲を照射。

【アクエリアス】の装甲ならば耐えられると信じて、『蠕動者』の集団を一掃した。


「すみません、艦長――!」


 忸怩たる思いを滲ませてベラが言う。

 彼女は熱された装甲表面を急速冷却しつつ、【アクエリアス】を一気に浮上させた。

 天井に開いた大穴から三機の【ノヴァ】が脱出を果たす。


「『知性体』を追う! 彼はまだ近くにいるはず、何としても探し出すんだ!」



「見なさい! スーパー『パイシーズ』の覚醒よ!」


 背面部に装着した大型スラスターを噴かして強引に加速し、一気に超大型級の『蠕動者』の裏を取るエルルカ。

 両翼の付け根から伸びるビーム刃をすれ違いざまに敵のうなじへ叩き付け、去り際にたたみかけるようにビームライフルの乱射を浴びせる。

 急所を的確に抉る攻撃に、超大型の一体がたまらず声なき絶叫を上げた。


「とどめを刺すわ!」


 肉眼ではもはや観測不可能な速度で敵へと急迫し、脳天へと二本のビーム刃をX字に刻み込む。

 脳を焼き切られた『蠕動者』は最後に大口を開き、周囲のデブリを道連れに吸い込みながら、肉体を崩壊させていった。

 怪物の残骸、灰の雨が散っていく。


「もう一体――」


 仲間が討たれて怒りを燃やしているのだろうか、衛星『ガンマ』であった超大型『蠕動者』がエルルカ隊へと巨大な尾を横薙ぎにする。

 それを躱して頭上へと駆け上がるエルルカは、ふと背後に違和感を覚えて振り返る。

 散りゆく灰のなか、手足を切り取られた味方機の残骸が流れていく。

 あの尾にやられたのか。いや、たかが尾の横薙ぎ程度でやられるわけが――。


「何……!?」


 一機、もう一機と立て続けに、何者かに味方が倒されていく。

 エルルカが瞠目するなか、灰燼を切り裂いてその影は姿を現した。


「ッ――!!」


 ガンマ粒子の輝きを帯びて煌めく銀色の刃。

 それに対しエルルカは咄嗟にビームサーベルを抜いて鍔迫り合いを演じる。

 視線を上げた先にいるのは、一機の【ノヴァ】だ。


「オーマイガー……!」



 基地の天井を撃ち破り、航たちは再び宇宙へ出る。

 逃走した『知性体』の『蠕動者』を探すべく、カメラアイを目まぐるしく回転させて周囲を哨戒した。


「怪しい動きの【ノヴァ】を探して! 彼の能力が『寄生』なら、本体もまた同じなはず――」


 指示を出しつつ航は戦場を俯瞰する。

 衛星『ベータ』方面では『フリーダム』が敵の大軍勢と交戦中。ハッブル艦長の【ノヴァ・ジェミニ】部隊は超大型級の『蠕動者』と相対している。

 それに対して『星野号』が突入していった衛星『ガンマ』方面は、動きが少ない。

 既に超大型級の片割れは撃破され、残るはあと一体といった様子だが――。


「エルルカ・シーカーは……!?」


 彼女の部隊はどこに消えた? まさか、やられたのか――?


「二人とも!」


 ベラとかなめに鋭く呼びかけ、航は衛星『ガンマ』方面へ急行する。

 見えてきたのは硝煙の尾を引いて漂う、両腕を失った【ノヴァ・パイシーズ】の姿。

 そして、灰の中に浮かび上がる一機のシルエットだった。


「あれは――」


 ゆらゆらとたなびくマント。騎士の兜を思わせる鶏冠のごとき頭部のアンテナ。長剣を足元に突き立て、その柄の上に両手を添えた悠然とした佇まい。

 その容貌を航は知っている。

 信じたくはない。だが、間違うわけがない。


「【ノヴァ・リオ】……!!」


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