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第44話「怒りに任せて人を殺して、それで何になるっていうんだ!」

 こちらの接近を察知して禍々しくカメラアイを瞬かせる機体の名を、航は叫ぶ。

 躊躇う時間は死に直結する。

 逡巡を振り切って高出力ビーム砲を撃ち放ったその瞬間、【ノヴァ・リオ】もまた動いた。

 身を翻して赤黒い光の砲撃をかわし、剣を上段に構えて猛進する。


「くっ――!」


 顔を歪めて航はビーム砲を乱射した。しかし【リオ】は一切速度を緩めることなくそれらを回避し、【サジタリウス】へと肉薄する。

 振り下ろされる銀の刃。

 避けきれない――そう判断した航は咄嗟にビームサーベルを抜き、剣を受けた。


「ぐぅッ……!!」


【リオ】の剣が纏う赤い粒子が、サーベルのエネルギーを弾いて無効化する。

 胴体へと差し込まれようとしている刃を前に、航はサーベルの柄を手放して後退。

『サジタリウス・ガン』のビームで牽制しつつ、距離を取った。


「くそっ……セラ!!」


【リオ】に乗っているのは間違いなくセラ・モンゴメリーその人だ。

 そして取り憑いているのはおそらく、『知性体』の本体。


「目を覚ませ、セラ! 君は正規軍のエースだろ! 君の剣は、同じ人類を斬るためのものじゃないはずだ!」


 必死に訴えかけるもその声は届かない。

 火線をすり抜けて【リオ】は加速する。圧倒的な推力をもって間合いを詰めてきた赤き騎士は、剣を振り抜いて翠の射手へと襲いかかった。

 刃が機体の頸へと迫る、その瞬間。


「させへんで!」


 割り込んだかなめの【キャンサー】が、その腕の鋏で【リオ】の剣を受け止める。

 勝ち気な笑みを浮かべるかなめ。

 刃を挟み、ねじ切ろうとする彼に対し、【リオ】は――


「下がってかなめくん!」


 航が警告を飛ばすと同時に、【リオ】の剣が赤い粒子を一気に放出した。

 たちまち拡散する高周波のガンマ線が【キャンサー】の鋏を急速に加熱していく。

 ボコボコボコッ! と赤くなった鋏が形を歪めて膨張する光景を目にしたかなめは、即座に右腕をパージして離脱。機体本体への致命的なダメージは避けることができた。


「くっ、なんやあれ……!?」

「『ガンマラジエーション』――原理は電子レンジと同じ技だよ」


 そう言って航は歯噛みする。

『ガンマラジエーション』がある限り接近しての攻撃は難しい。だが、セラを救出するためには近づいてコックピットブロックを回収しなければならない。

 攻略の鍵となるのは――


「ベラちゃん!」



 呼ばれた少女が航たちのもとへ急行する。


「艦長、エルルカさんを保護しました!」

「よくやった!」


 直後、新手の登場を感知した【リオ】が動く。

 指揮棒を振るうように左腕を挙げた機体に呼応するように、どこからともなく現れた『蠕動者』たちが【アクエリアス】の道を阻んだ。


「鬱陶しい!」


 悪態を吐きつつガンマ線レーザー『ガニメデハドロン』を撃とうとするベラ。

 しかしその射線上に正規軍の【ノヴァ・トーラス】の姿を認め、彼女は照射を中断した。

 対蠕動者ミサイル『ハンター』に切り換える、一瞬の隙。

 そこを突いて『蠕動者』たちが一斉に大口を開き、襲いかかった。


「っ……!」


 装甲を展開して防御する彼女だが、へばりついた『蠕動者』に遮られて視界を奪われる。

 センサーによる索敵は高濃度の宇宙線によって機能しない。

 完全に暗黒の世界に閉じ込められたベラは迂闊に動くこともできず、唇を噛んだ。



「いま助けるで、ベラちゃん!!」


 少女の危機にかなめが飛んでいく。

 彼女の装甲が耐えてくれると信じてミサイルを撃ち込もうとする彼だったが、ゆらりと大薙ぎされる巨大な尾に遮られ、舌打ちした。


「ほんま、しんどいわ……!」


 五〇〇〇メートルは超えるであろう超大型の体躯。

 いまにも押し潰されるのではないかと思えるほどのプレッシャーに脂汗を滲ませ、かなめはその『蠕動者』を見上げた。


「ここはボクが! 艦長は【リオ】を!」


 目指すはジャイアントキリング。

 獰猛な笑みを浮かべ、かなめは超大型級の『蠕動者』へと立ち向かっていった。



 浅く息を吐き、航は相対する機体を見据える。

 ベラの動きは封じられた。かなめは『超大型』にかかりきりで加勢を望めない。

 誰に助けを求めることもできない、一対一の勝負。

 果たしていまの自分の実力で、セラ・モンゴメリーの【ノヴァ・リオ】に勝てるのか。

 正直に言えば自信はない。正規軍の大佐でありながらパイロットとして前線にも出ている彼と、艦長になってからパイロットとしてはブランクのある自分とでは、経験の差がありすぎる。


「それでも……やるしかない」


 そう呟き、航は覚悟を決めて銃を構えた。

 互いに睨み合い、相手の動きを待つ。

 掌や背中が冷たい汗でじっとりと濡れるなか、先に動いたのは【リオ】のほうだった。


「――来る!」


 休眠状態で漂っていたであろう『蠕動者』たちが目覚め、【リオ】の背後から一斉に前進してくる。

 その初動を捉え、すぐさま『サジタリウス・ガン』で迎撃する航。

 そこへ残像を引き連れて【リオ】が急迫する。


「早い!?」


 圧倒的な推力に任せた殺人的な加速。

 振り払われた刃にどうにか光線の一射を合わせるも、畳みかけるように撃ち込まれた頭部ガトリングガンの乱射をもろに浴びてしまう。


「あうっ!?」


 航は瞠目した。

 セラ・モンゴメリーは【リオ】を受領してから、剣で真正面から戦うスタイルに拘っていたのだ。それはかつての航と同じ戦い方で彼を上回りたいというコンプレックスの表れだった。

 しかし、いまの【リオ】は違う。

 目の前にいる「彼」はセラであって、セラではない存在なのだ。


「君はっ――君たちは、なぜ戦う!?」


 背中のマントで全身を隠し、ガトリングガンから身を守りながら航が叫ぶ。

『蠕動者』は人類を喰らう。だが、彼らは宇宙線を浴びさえすれば生きていられる。彼らにとって捕食とは生命維持に必須ではないのだ。

 ではどうして、彼らは人を襲うのか。

 その答えの一端を航は知っている。

 五年前、『アビス』と名付けられた超大型級の『蠕動者』を討った時に、航は彼らの怨嗟の叫びを一身に受けた。


「怒りに任せて人を殺して、それで何になるっていうんだ! 怒りは次の怒りを生む――君たちのことだって多くの人類が憎んでいる! それでは戦いは終わらない――」


 なぜ、彼らは人類に深い恨みを抱いているのか。

 その理由は航には分からない。けれどその理由が人類にあるのなら、航は彼らの声を聞ける唯一の人間として、彼らと対話し和睦を模索したい。


「おれはきみたちの最期の声を何度も聞いてきた! 怒りを叫ぶ者もいれば、死にたくないと泣き叫ぶ者もいた! おれには君たち全員が戦いたくて戦っているとは思えない! それなのに君たちが戦い続けているのは、君のような知性を持つ者が指示しているからじゃないのか!」


 剣撃を躱し、航は武器を持つ手元を狙って粒子砲を放った。

【リオ】は無言を貫き続ける。砲撃に対し剣を振り抜いて『ガンマラジエーション』を拡散させて打ち消し、その勢いのまま回転して次の斬撃を繰り出す。


「ぐっ――!」


 もう一本のビームサーベルを抜いて攻撃を受ける航。

 サーベルにありったけのエネルギーを流し込んで対抗するも、波紋を描いて放散される赤い粒子の前には、もはや風前の灯火であった。


「おれたちはっ……!」


 苦境に立たされてもなお、航は訴えるのを止めなかった。

『ガンマラジエーション』をマントで防御し、彼は頭部ガトリング砲を速射しつつサーベルを引っ込めて後退する。


「戦っちゃ、いけないんだ!!」


 剣を抜いた体勢では咄嗟に防護マントを纏うこともできない。ようやく初めて被弾した【リオ】は怯んだように一瞬、動きを止める。

 その隙に航は戦場を俯瞰し、状況を確認した。

 ベラは未だに静止している。正しい判断だ。迂闊にシールドを解除して動いて損傷を受けるより余程いい。

 かなめは超大型級と交戦中。敵のうなじ付近を集中的に攻めているようだが、致命打には至っていない。撃破にはもう少しかかるだろう。


(このままじゃジリ貧……!)


『ガンマラジエーション』がある以上、高出力ビーム砲は通用しないとみていい。

 つまるところ、あの剣を奪わなければ勝機はない。

 どうするべきか。脳内で演算を進めていく航だったが、迫る殺気を感じて視線を正面に戻した。


「ちっ――!」


【リオ】の隙を埋めるように『蠕動者』の軍団が再び突撃をかける。

 舌打ちする航はビーム砲を薙ぎ払うように照射し、敵を一掃した。

 しかし間を置かず背後からの奇襲を受け、振り向きざまに『サジタリウス・ガン』のモードを切り換えて実弾銃を連射する。


「……!」


 だが、外れた。わずかに逸れた弾丸たちが虚空の彼方に消えていく。

『蠕動者』たちの接近を許した航は、咄嗟に左手で抜いたサーベルですれ違いざまに一体を撃破。

 他の個体も流れるような剣捌きで解体していった。


「その程度で――」


 不敵な笑みを浮かべかけた刹那、頭上から赤い粒子の波紋が降り注ぐ。

 マントで全身を包み、即座に離脱。しかし二度目の直射を食らったマントは赤熱し、耐久の限度を超えて燃え尽きていった。

 灰燼と化したマントを脱ぎ捨て、航は『ハンター』を背後にばら撒く。

『ガンマラジエーション』の残滓に触れてたちまちミサイルが起爆し、黒煙が一帯に広がった。


(センサーが機能しないのは『彼』も同じなはず――)


 一手ミスれば敗北は必至だ。もう『ガンマラジエーション』の直撃は受けられない。

 相手が次にどう動いてくるか。敵に知性があるのならこちらの行動を先読みしてくるはず。ならばその先を読む――!


「ッ――!」


 航と【リオ】の行動は同時だった。

 黒煙を透過して赤い粒子が拡散する。航は一気に上方に躍り上がり、その照射範囲から逃れる。

 煙幕から脱出した【サジタリウス】を視認して【リオ】はすかさず後を追った。

 航は『ハンター』の残弾をすべて吐き出し、ビーム砲を乱射してミサイルを起爆させる。

 それも『ガンマラジエーション』でことごとく防御されるが、問題はない。


(『ガンマラジエーション』はエネルギー消費が著しい。おれのデータが正しければ、これ以上は撃てない!)


 必殺の切り札として基本的にそれを温存していたセラと違って、この『知性体』は己を守るためなら躊躇なく使用してきた。

 戦士としてはセラよりも格下。ならば負ける道理などない!

 そう確信を持って航はビーム砲を連射した。

 巧みな射撃で敵の回避コースを絞り込み、追い立てる。

 後がない【リオ】は強引な高速機動で射線を振り切り、【サジタリウス】への接近を図るが――


「見切った!」


 右へ避ける相手の動きを先読みし、頭部を狙ってとどめの一射を刺す航。

 もはや回避は不可能。

 獲った――そう思った瞬間だった。


「なッ!?」


 振り抜かれた【リオ】の剣が一瞬、赤い粒子の波紋を放ったのだ。

 わずかに残していたエネルギーを使った、たった一秒の発動。

 しかし、それは光線の一条を打ち消すには十分すぎる効力を発揮した。


『――――!!』


 スラスターが壊れることも厭わない爆発的な加速で【リオ】が急迫する。

 刹那にして詰められる間合い。

 突き込まれる白銀の実体剣。サーベルを抜くのはもう間に合わない。咄嗟に『サジタリウス・ガン』で受け止めるも、攻撃の威力に耐えきれず銃身が破壊される。


「――ぐあっ!?」


 絶体絶命の危機に航は顔を歪めた。

 剣の切っ先が首元まで肉薄するなか、航は捨て身の覚悟を決めた。

【サジタリウス】の左手で刃を掴み、身体ごと使って【リオ】を押し込む。


「ああああああああああああッ!!!」


 頭部ガトリング砲の直撃を見舞われ、装甲が蜂の巣にされてもなお、航は足掻く。

 右足で相手の胴体を蹴飛ばし、その勢いで後退する。

 直後――衝撃が、【リオ】を襲った。


『――――!?』


 背後から飛来したのは幾つもの実弾。

 意識外からの攻撃に【リオ】の対処は叶わず、爆撃にも等しい威力に背中をのけ反らせて体勢を崩す。

 にやりと笑みを浮かべ、航は言った。


「蠕動者に対して放ち、外した銃弾……そいつが衛星の周回軌道上を回って、ここまで戻ってきたんだ。回っていく間にも銃弾は加速し、君のもとに届く頃には音速も超え――バンっ! てね」


 親指を下げるハンドサイン。

 その意味を察して顔を上げた【リオ】がガトリング砲を乱れ撃つなか、その視界の外から乱入したのは水色の影であった。


「セラを返してもらうわよ、『知性体』!!」


 前面に装甲を展開した状態で、その表面から突き出した砲口よりビームを放つ。

 威力を殺したその一撃は【リオ】の頸だけを的確に撃ち抜き――そして、胴体と切り離した。

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