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第45話「わたしたちはどうして、こんなところまで来てしまったのかしら……?」

 エルルカ・シーカーの敗北を察知し、グレイ・ハッブルは憤激する。

 眼前には無数に集まる『蠕動者』の群れ。艦を挟んで背後には超大型級の『蠕動者』。

【ノヴァ】部隊の多くは満身創痍となり、ミサイルをはじめとする艦の兵装も残りわずかとなった絶望的な状況。

 それでもなお――彼は、希望を見た。


 星野航である。


「ここは君に託そう、星野くん。エルルカの仇……負けることは許さんぞ」


【ノヴァ・リオ】と相対する【ノヴァ・サジタリウス】を遠目に、ハッブルはそう口にする。

 前方の敵に背を向け、彼は艦に命じた。


「『エクスカリバー』放て。雑魚どもを根絶やしにするのだ!」

『はっ。しかし、超大型は――』

「私が討つ。私にはその資格がある!」


 確固とした口調で言い放ち、【ノヴァ・ジェミニ】を駆るハッブルは後方の超大型級のもとへ向かっていく。

 同時に『フリーダム』の砲門よりガンマ線レーザー『エクスカリバー』が放たれる。

 迸った白い輝きが黒い怪物たちを一瞬にして消し飛ばした。


「お前たち!!」


 ハッブルの命令で部下の【ノヴァ・ジェミニ】隊が一斉に超大型級への爆撃を開始する。

 ミサイルとビームを織り交ぜた高密度の弾幕。

 それに対し超大型級は巨大な口を開き、呑み込まんとした。

 ブラックホールのごとき口腔内へ、ことごとくが吸い寄せられ消失していく。

 この時、超大型級の意識は完全に弾幕へと向いていた。

 故に――すべての動作を止め、慣性に従って流れるように背後を取っていたハッブルの存在に、気づけなかった。


「……本命はこちらだ!」


 男が宣言に呼応するように、機体のカメラアイが覚醒を示すように青白く灯る。

 二挺のビームライフルを連結させて撃ち出す、高出力ビーム砲。

 起動とともに射出されたそれが超大型級の後頭部を抉るように穿ち、脳を蒸発させた。



「あはっ♪ さっさとケリつけよか、デカブツ!!」


 獣のような獰猛な笑みを浮かべ、かなめが衛星『ガンマ』に寄生していた超大型級へと襲いかかる。

 開かれた大口から発される強烈な引力。

 周囲のデブリや撃破された機体の残骸がみるみるうちに吸い込まれていくなか、かなめはスラスターに全エネルギーを込めて加速した。


「ぐッッ……!!」


 背後から引っ張ってくる圧倒的な力に抗う。

 機体が激しく軋み、装甲がばらばらと剥がれ落ちていく。

 それでもかなめは止まらなかった。

 たとえ機体が壊れても、ここで敵を討ってベラを助けに行く!


「うおあああああああああああああああッ!!」


 瞬間、背面部のスラスターが限界を迎えて爆発する。

 それと同時に【キャンサー】が引力の領域を脱し、弾かれるように超大型級の頭上へと躍り出た。

 手足のスラスターを器用に操って体勢を立て直し、螺旋を描きながら垂直に降下する。

 加速の勢いはほとんど乗せられない。それでも――。


「この【キャンサー】のパワーなら!!」


 叫び、かなめは両腕の鋏を敵の脳天へと叩き込む。

 突き刺した刃を回転させて抉るように皮下組織を破壊。

 噴出する血液を浴びながら肉をぐちゃぐちゃにし、脳髄を守る膜を引き裂く。


「じゃきじゃきじゃきっ、と!」


 脳漿をぶちまける。

 大口を開けて仰け反り、声なき断末魔を上げて、超大型級はその巨体を崩壊させていった。


「ベラちゃん――!」


 吹雪のごとく舞う灰燼を突っ切って、【キャンサー】はサブスラスターを用いてベラのもとへ走る。

 手足を引っ込め、装甲で全身を覆った【アクエリアス】に、小型の『蠕動者』が何体もへばりついている。その光景を視認した彼は、敵へ照準を定めて頭部ガトリング砲をぶっ放した。


「ばんばんばーんっ!」


 ばら撒かれたミサイル群が『蠕動者』に直撃して爆発、その肉体を木っ端微塵にする。

 敵の全滅を確認し、少年は少女へ呼びかけた。


「行ってベラちゃん! あの人を――艦長を助けたって!」


【アクエリアス】の装甲が解除される。姿を現した水色の機体は頷きを返し、身を翻して航のところへ向かっていった。



 そして、ベラ・アレクサンドラは【ノヴァ・リオ】の前に舞い降りた。

 放つ光線が赤い騎士の頸を貫き、焼き切る。

 胴体を離れた頭部が弾かれるように宙を飛んだ、その瞬間――。

 ケーブルの残骸が覗ける断面から、黒い肉塊が湧き出でた。


「こいつが……!」


 通常の『蠕動者』とは異なり、体長二メートルにも満たない矮小な体躯。

 これが『知性体』の本体にして、この戦いの黒幕たる存在。

 鋭く目を細めたベラは即座に『γフィールド』を展開し、敵の侵食に備える。

 悪あがきのつもりか『知性体』は黒いジェルを吐き出し、それが効かないとみるや否や、短い尾をのたうたせて逃れんとした。

 しかし、その刹那。


「――逝って」


 感情を抑えた硬質な声音で、青年が『知性体』へ引導を渡した。

 辛うじて持ち上がる右腕で『サジタリウス・ガン』を構え、トリガーを引く。

 残るエネルギーのすべてを込めて解き放った一撃。

 極太の光線が『知性体』の小さな肉体を呑み込んでいく。


「……終わった、の……?」


 その輝きが宇宙の果てへ過ぎ去っていった後。

『知性体』の消えた虚空を見上げ、ベラは切れ切れの息でそう呟いた。

 周囲を見ると、戦闘中だった【ノヴァ・トーラス】部隊は一斉に行動を停止していた。

 傀儡となり人類を襲う尖兵として利用されていた彼らは、寄生能力を持つ『知性体』の死をもって解放されたのだ。


「セラ……!」


 決着を確信し、ベラは一直線に【ノヴァ・リオ】のもとへと急ぐ。

 彼女は首を失って宙を漂う機体へと手を伸ばし、抱き留めるように引き寄せた。


「ねぇ、セラ……わたしたちはどうして、こんなところまで来てしまったのかしら……?」


 戦いは未だ、終わっていない。

『蠕動者』たちは主を失ってもなお暴れ続け、『フリーダム』がその対処にあたっている。

 停止した【トーラス】の中にはその戦闘に巻き込まれ、抵抗も叶わず散っていくものもいた。

 その光景にやりきれなさと虚しさを感じながら、ベラは婚約者へと問いかける。


 敵を殺して、殺されて。正規軍の奪還作戦から始まった一連の戦いで、一体何人のパイロットが命を落としたのだろう。

 戦わなければ、彼らは死ぬことはなかった。

 けれど『知性体』の脅威を放置してしまったら、いつかはより多くの人命が失われることも事実だった。


 では彼らの死は必要な犠牲だったのか。そうして一纏めに「英霊」とされて、やがて人々の記憶からは薄らいでいくのか。

 そんなのは嫌だ。

 だからせめて、彼らの戦いを胸に刻み、語り継いでいきたいとベラは思う。

 そうしてまた問いかけるのだ。自分たちはなぜ、どうして、戦い続けるのかということを――。


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