『オールト基地』は本日も平和であった。
『アステラ』からおよそ50万キロメートル、『エレス』への航行ルート上に位置する宇宙ステーション型の基地である。
その歴史はアステラ正規軍の軍事基地で最も古く、建造から五十年が経過している。全長二キロメートルにも及ぶ巨大空母型のこの基地は、正規軍にとっての補給の要衝だ。長い任務を終えた兵士たちが『アステラ』に戻る前に立ち寄るオアシスとして親しまれている。
余談にはなるが、『オールト基地』の建造に2000万ドルにも上る莫大な費用がかかったため、その後の基地は小惑星を利用したものになっていた。
「『ジュゼッペ基地』が復活したってことはさぁ。俺たちもワンチャン、異動とかありえんのかな?」
「ないない。そーいうのは無駄にやる気に満ちあふれた上官殿がやるべきでしょ。俺たちはここで定時の哨戒と、たまに来る『蠕動者』の駆除だけしてればいいの」
「だよなー。あ、流れ星」
アステラ標準時23時22分。Gエリア哨戒班の青年パイロット二人がのんびりと無駄話を交わしている。
これが彼らの日常だ。【ノヴァ・トーラス】に乗り、定時に決まったコースを巡回する。『蠕動者』が現れたら少数であれば自分たちで対処、数が多ければ基地本部に通報して撤退。とはいえ後者はほとんど起こり得ないため、危機的状況に陥ることもない。代わり映えのない業務だが、給料はそれなりに貰えて割がいい。
「マジか。願い事言わなきゃな」
「え、何秒以内に言わなきゃいけないとかあったっけ」
「ちげーよ、流れ星が消える前に三回言うんだよ。あーもう、そう言ってる間に消えちゃったじゃねーか」
「いや、また来たぞ! ほら!」
全天周囲モニターの端に一筋の光がきらめく。
それを指差してテンションを上げる天然パーマの青年だったが、その光が妙な軌道を描いたのに気づいて眉をひそめた。
「……んっ?」
「なんだよ」
「なんか変なんだよ、あの流れ星!」
「はあ? 何が……」
挙動不審な相方に若干苛つきつつ、そばかすの青年は機体のカメラアイを動かした。
光を捉え、モニター上で拡大する。天パが言うように、確かにその光はこちらへとまっすぐ近づいてきていた。
「っ、すぐに本部に――」
そばかすが叫んだそのときにはもう、彼の【ノヴァ】は胴体を一刀両断されていた。
何が起こったのか理解する間もなく機体が爆発する。
「お、おいッ!?」
操縦桿をがちゃがちゃと押し引きし、爆発に巻き込まれまいと無我夢中で逃げる天パ。
直後、硝煙を切り裂いて白い光が姿を現した。
「なんだよ、なんなんだよッ!?」
青年はビームライフルを構えて乱射する。
だが白い光はそれらの間隙をすり抜けて、彼の胸元に迫った。
白刃一閃。
視界が赤熱し、衝撃とともに彼の肉体は粉砕された。
二機の【トーラス】が散った後。
白い光を放つ機影は『オールト基地』を見つめるように、わずかに動きを止めていた。
装甲を極限まで削った華奢な体躯。エンジンなどを詰め込んだ胸部は膨らんで女性的で、頭部から背中にかけてはベールにも似た防護マントを纏っている。
名を、【ノヴァ・ヴァーゴ改】。
パイロットは、立花という。
「また、人を殺してしまったのか……私は」
端正な顔を歪め、唇を噛み締めて、亜麻色の髪の女性は懺悔する。
首元を戒める銀色の箱に手を触れ、彼女は忌々しさを払うように頭を振った。
「だけど、仕方がないじゃないか。私は死刑囚で、誰に対しても逆らう権利もない。恨むなら先に仕掛けた自分たちの上官を恨んでおくれよ」
『オールト基地』の罪なき兵士たちにそう告げて、立花はベールに隠れた機体背面部に潜ませていた大型のビーム砲を取り出し、構える。
『ガンマメガランチャー』。アーク工房が『エレス事変』の折に【ノヴァ・サジタリウス】用の武装として開発したガンマ粒子砲を参考に製造された、最新鋭の兵器だ。
「報復攻撃だ」
既に充填済みのエネルギーを一気に解放、放たれた光の砲撃が『オールト基地』の横っ腹に直撃する。
風穴を穿たれ、たちまち炎上し始める『基地』を見据え、立花は控えていた後続の部隊へと命じた。
「【ノヴァ】部隊前進! 目標は基地司令部! 腐抜けた奴らから基地を奪い取ってやれ!」
反逆者を率いる者としての仮面を被り、立花は先陣を切って基地へと接近していく。
その後から一隻の護衛艦より出撃した【ノヴァ】部隊が発進。
基地中央の司令部を狙った奇襲攻撃を敢行した。
宇宙漂流時代二五七年、七月一日。
『オールト基地』を『民間護衛艦連盟』――通称『CFA』――の【ノヴァ】部隊が襲撃。彼らはわずか十五分の電撃作戦を制し、司令部の高官らを人質に基地の引き渡しを要求。司令官はこれに応じ、『オールト基地』は『CFA』に制圧される。
六月末の正規軍による『CFA』の補給艦攻撃から、たった一日後の出来事であった。