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第52話「そいつは誰だ?」

 そう話を切り出された瞬間、セラの表情は強ばった。

 その反応に航は眉をひそめつつ、本題に入る。


「単刀直入に言うよ。正規軍と『CFA』との戦争を止めるために、力を貸してほしい」


 サングラスを外して頭を下げ、航はセラに懇願した。

 だが続く答えに、彼は低頭したまま目を見開く。


「……ごめん。できない」

「なんで!?」


 勢いよく顔を上げ、航は問いただした。

 美しい緑色の瞳を泳がせ、形のいい唇を引き結んだモンゴメリー家の令息は、食い縛った歯の隙間から苦渋の息を漏らす。


「……理由を聞かせてよ」


 セラが葛藤しているのは明らかだった。

 一呼吸置いてから声音を和らげて訊ねる航に、セラは視線を俯けたまま話し始める。


「『ジュゼッペ基地奪還作戦』の失態で、僕の立場は地に落ちた。この状況で体制に逆らうようなことをすれば、今度こそモンゴメリー家は立ちゆかなくなる。僕がどうして軍人になったか、それを知っている君ならば……今の僕の気持ち、理解してくれるだろう?」


 声を震わせ、縋るようにセラは言った。

 セラが軍人になったのは、没落したモンゴメリー家を復興させるためだ。それだけを目指して彼は士官学校を首席で卒業し、超大型級の蠕動者『アビス』を討った英雄として名を残し、わずか五年という異例の短期間で大佐にまで昇進した。

 彼は家の再興に人生を懸けている。それは航も重々承知していた。


「亡くなったお父上の悲願を果たしたいという君の思いは分かる。そのためにどれだけ努力してきたかも分かってる。でも――」


 航は拳を握り締め、逃げずにセラを正視した。

 仮に戦いを終結させられたとしても、自分たちが讃えられるかは分からない。正規軍に追われる日陰者へと追いやられるかもしれない。モンゴメリー家の復興が遂げられる保証もない。

 それでも、航にはどうしても譲れない思いがあった。


「正規軍と『CFA』が全面戦争に突入すれば、両軍ともに戦力を損耗する。そうなれば最後に笑うのは誰だと思う?」

「……『蠕動者』だ」


 ぽつりと答えたセラに、航は力強く頷いてみせた。


「そうだよ。おれはこの戦争を引き起こした元凶こそ、彼らだと考えている。いや……正しくは彼らに与する人間だ。おれは見たんだ。あの戦いの後、『ジュゼッペ基地』の中で、直前まで人間がいたであろう痕跡を……!」


 顔を上げて瞠目し、セラは引きつった声で言う。


「そんな……そんなことが、あるものか。『蠕動者』は人類の敵だぞ。奴らに手を貸すなんて、ありえない」

「でも、事実なんだ。この事実がなければおれだって、両軍の間に割って入るなんて無茶はしなかっただろうさ」


 セラをまっすぐ見つめ、航は淡々とした口調で言った。

 いつものおふざけが鳴りをひそめた彼の口振りに、セラはそこに嘘がないと悟る。


「人の滅びを望む人間……そいつを止めれば、この戦いは終わるのか?」

「そいつの正体がおれの推測通りであるなら、そうだね」


 ごくり、とセラは生唾を呑んだ。


「教えてくれ、航。そいつは誰だ?」


 深呼吸した後、航はその人物の名前を告げた。

 セラの瞳が限界まで見開かれる。

 カフェの喧騒が二人の沈黙を埋めるなか、航は近くを通ったウエーターに追加のコーヒーを頼み、親友の返答を待った。


「……航」


 まだ口をつけていない航のコーヒーの湯気が立たなくなった頃。

 セラはようやく口を開き、かつての戦友の名を呼んだ。


「ごめん。どれだけ考えてみても、君たちが勝てるビジョンが見えない。戦力差は一対千、いや一対万はあるだろう。正規軍だけを想定してこれだ。『CFA』も含めればさらに膨れ上がる。数の暴力に押し潰されるだけだよ」


 反論せず航はセラの言葉を傾聴する。

 葛藤の末に導き出した結論を、セラは語った。


「要は『蠕動者』が漁夫の利を得る前に、人間同士の戦争を終わらせればいいんだろう? 勝てぬ戦に挑んで地位を失うことなどできない。なら僕は、戦力で勝る正規軍として戦って、『CFA』を降伏させる。その後に軍に潜む密通者を捕らえてやるさ」


 モンゴメリー家を守り、且つ『蠕動者』から人類を守る最善の方法。

 理屈としては適っている。この理論武装に対して何を言ってももはや通用しないだろうと、航は察した。


「残念だ。おれはおれのやり方で、この戦争を止めてみせる。人同士が殺し合う不幸の連鎖……このウロボロスの輪を、必ず断ち切ってやる」


 そう確固とした信念を語り、航は席を立った。

 残されたセラを鋭い瞳で見下ろし、彼は宣言する。


「次に会うときは戦場だ。たとえ君が立ちはだかろうとも、おれは負けない」

「同じ言葉を返すよ。君を理想に殉じさせたくはない……僕が止めてやる」


 強い光を目に宿し、セラは航を睨み上げる。

 その会話を最後に、航はセラに背を向けてその場を去った。

 交渉は決裂した。これで軍内部からの干渉は完全に不可能となった。

 正規軍と『CFA』。双方と対峙する第三勢力となるには、『星野号』の戦力はあまりに心許ない。

 それでも。

 理想論でも絵空事でも、戦いを止めるために声を上げたいと航は思う。


(セラのやり方では、生き残った『CFA』の兵たちに禍根が残る。それは次の戦いの火種になって、また誰かを傷つける……続けちゃいけないんだ、そんな悲しいことは)


 次に向かうべきは『CFA』のユージーン会長のもとだ。

 だが、それよりも先ほど遭遇した未確認の【ノヴァ】が気になる。

 一刻も早く『星野号』に戻り、戦力を整えて発進しなければ――。

 航は逸る心を抑えつつ、『ネオシンジュク』の宇宙港へと走るのだった。

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