そう話を切り出された瞬間、セラの表情は強ばった。
その反応に航は眉をひそめつつ、本題に入る。
「単刀直入に言うよ。正規軍と『CFA』との戦争を止めるために、力を貸してほしい」
サングラスを外して頭を下げ、航はセラに懇願した。
だが続く答えに、彼は低頭したまま目を見開く。
「……ごめん。できない」
「なんで!?」
勢いよく顔を上げ、航は問いただした。
美しい緑色の瞳を泳がせ、形のいい唇を引き結んだモンゴメリー家の令息は、食い縛った歯の隙間から苦渋の息を漏らす。
「……理由を聞かせてよ」
セラが葛藤しているのは明らかだった。
一呼吸置いてから声音を和らげて訊ねる航に、セラは視線を俯けたまま話し始める。
「『ジュゼッペ基地奪還作戦』の失態で、僕の立場は地に落ちた。この状況で体制に逆らうようなことをすれば、今度こそモンゴメリー家は立ちゆかなくなる。僕がどうして軍人になったか、それを知っている君ならば……今の僕の気持ち、理解してくれるだろう?」
声を震わせ、縋るようにセラは言った。
セラが軍人になったのは、没落したモンゴメリー家を復興させるためだ。それだけを目指して彼は士官学校を首席で卒業し、超大型級の蠕動者『アビス』を討った英雄として名を残し、わずか五年という異例の短期間で大佐にまで昇進した。
彼は家の再興に人生を懸けている。それは航も重々承知していた。
「亡くなったお父上の悲願を果たしたいという君の思いは分かる。そのためにどれだけ努力してきたかも分かってる。でも――」
航は拳を握り締め、逃げずにセラを正視した。
仮に戦いを終結させられたとしても、自分たちが讃えられるかは分からない。正規軍に追われる日陰者へと追いやられるかもしれない。モンゴメリー家の復興が遂げられる保証もない。
それでも、航にはどうしても譲れない思いがあった。
「正規軍と『CFA』が全面戦争に突入すれば、両軍ともに戦力を損耗する。そうなれば最後に笑うのは誰だと思う?」
「……『蠕動者』だ」
ぽつりと答えたセラに、航は力強く頷いてみせた。
「そうだよ。おれはこの戦争を引き起こした元凶こそ、彼らだと考えている。いや……正しくは彼らに与する人間だ。おれは見たんだ。あの戦いの後、『ジュゼッペ基地』の中で、直前まで人間がいたであろう痕跡を……!」
顔を上げて瞠目し、セラは引きつった声で言う。
「そんな……そんなことが、あるものか。『蠕動者』は人類の敵だぞ。奴らに手を貸すなんて、ありえない」
「でも、事実なんだ。この事実がなければおれだって、両軍の間に割って入るなんて無茶はしなかっただろうさ」
セラをまっすぐ見つめ、航は淡々とした口調で言った。
いつものおふざけが鳴りをひそめた彼の口振りに、セラはそこに嘘がないと悟る。
「人の滅びを望む人間……そいつを止めれば、この戦いは終わるのか?」
「そいつの正体がおれの推測通りであるなら、そうだね」
ごくり、とセラは生唾を呑んだ。
「教えてくれ、航。そいつは誰だ?」
深呼吸した後、航はその人物の名前を告げた。
セラの瞳が限界まで見開かれる。
カフェの喧騒が二人の沈黙を埋めるなか、航は近くを通ったウエーターに追加のコーヒーを頼み、親友の返答を待った。
「……航」
まだ口をつけていない航のコーヒーの湯気が立たなくなった頃。
セラはようやく口を開き、かつての戦友の名を呼んだ。
「ごめん。どれだけ考えてみても、君たちが勝てるビジョンが見えない。戦力差は一対千、いや一対万はあるだろう。正規軍だけを想定してこれだ。『CFA』も含めればさらに膨れ上がる。数の暴力に押し潰されるだけだよ」
反論せず航はセラの言葉を傾聴する。
葛藤の末に導き出した結論を、セラは語った。
「要は『蠕動者』が漁夫の利を得る前に、人間同士の戦争を終わらせればいいんだろう? 勝てぬ戦に挑んで地位を失うことなどできない。なら僕は、戦力で勝る正規軍として戦って、『CFA』を降伏させる。その後に軍に潜む密通者を捕らえてやるさ」
モンゴメリー家を守り、且つ『蠕動者』から人類を守る最善の方法。
理屈としては適っている。この理論武装に対して何を言ってももはや通用しないだろうと、航は察した。
「残念だ。おれはおれのやり方で、この戦争を止めてみせる。人同士が殺し合う不幸の連鎖……このウロボロスの輪を、必ず断ち切ってやる」
そう確固とした信念を語り、航は席を立った。
残されたセラを鋭い瞳で見下ろし、彼は宣言する。
「次に会うときは戦場だ。たとえ君が立ちはだかろうとも、おれは負けない」
「同じ言葉を返すよ。君を理想に殉じさせたくはない……僕が止めてやる」
強い光を目に宿し、セラは航を睨み上げる。
その会話を最後に、航はセラに背を向けてその場を去った。
交渉は決裂した。これで軍内部からの干渉は完全に不可能となった。
正規軍と『CFA』。双方と対峙する第三勢力となるには、『星野号』の戦力はあまりに心許ない。
それでも。
理想論でも絵空事でも、戦いを止めるために声を上げたいと航は思う。
(セラのやり方では、生き残った『CFA』の兵たちに禍根が残る。それは次の戦いの火種になって、また誰かを傷つける……続けちゃいけないんだ、そんな悲しいことは)
次に向かうべきは『CFA』のユージーン会長のもとだ。
だが、それよりも先ほど遭遇した未確認の【ノヴァ】が気になる。
一刻も早く『星野号』に戻り、戦力を整えて発進しなければ――。
航は逸る心を抑えつつ、『ネオシンジュク』の宇宙港へと走るのだった。