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第57話「――この戦争を止めるため」

「セラ・モンゴメリー大佐、ただいま復帰いたしました」


 司令官席に鎮座する紫髪の女性の前に馳せ参じ、金髪の美青年は洗練された所作で敬礼した。

 彼を迎え入れた女性――エレミヤ・マザー司令はその怜悧な顔に薄く笑みをたたえ、訊ねてくる。


「よく戻ってきた。身体の具合はどうか?」

「問題ございません。むしろ眼はよく見えます」 


 赤く変色した左の瞳を指差して、セラは言う。

『ジュゼッペ基地』奪還作戦にて『知性体』・『パラサイト』に寄生されたときの後遺症だった。


「司令こそ……ここまでお早い到着となるとは驚きました。兵たちの士気も上がるでしょう」


 マザー司令率いる正規軍『エレス基地』艦隊は、戦争開始からたった二日という異例の速度で『アステラ』に近づきつつあった。

 彼女らはこの仕組まれた戦争の実行前から密かに艦隊を動かしていたのである。


「そうだな」


 セラの言葉に含みを感じ取ったマザーはすっと目を細め、短く返した。

 彼女は腕組みしながら視線をブリッジのメインモニターへ移す。


「既に『フリーダム』は『アステラ』への射程圏内へと接近している。先行した独立部隊『アーレス』が抑えに回っているが、奴らだけでは戦力として不十分だ。貴様の部隊もハッブルへぶつけてみたいものだが……行けるか、セラ?」


 そこに複数の思惑を感じ取り、セラは表情を固くした。

 一つは『アーレス』に戦果を独占させまいという野心。

 そしてもう一つは、目障りなセラとハッブルとを激突させ、共倒れを狙う邪心。

 自分は彼女に試されているのだ。だが、ここで屈するわけにはいかない。『アステラ』を守るため、この戦争の裏にいる黒幕を討つため、戦争を早期に終結させてみせる。


「不肖セラ・モンゴメリー、『アステラ』を守り抜くためならば、どのような戦いにも参じましょう」

「……その覚悟、しかと受け取った」


 エレミヤ・マザー司令はわずかに頷くと、再びセラの左眼を見た。

 射抜くようなその視線からも逃げず、セラはまっすぐ紫髪の司令官を見つめ返す。

 頷き、それからマザー司令は無感情にセラへ言い渡した。


「ならば命ずる。セラ・モンゴメリー大佐、第九遊撃隊を率い、『フリーダム』の迎撃に向かえ。目標は撃退ではない――殲滅だ」


 その命令にセラはぐっと歯を食いしばった。

 自分は戦争を終わらせに来たのだ。虐殺がしたいわけではない。

 セラの思考を見透かしたようにマザーは酷薄な笑みを浮かべる。

 ここで従わねば味方に撃たれる。そう確信したセラは湧き上がった怒りを堪え、首を縦に振るほかなかった。


「よろしい。では出撃せよ。お前のための機体も用意してある」

「はっ」


 妖しく嗤うマザーに敬礼で応え、セラは床を蹴ってブリッジを出た。

 無重力空間を滑るように進みながら、彼は自らの左眼に微かな疼きを感じていた。


(――殲滅、か)


 その言葉が胸に残す重みは、かつてどれほどの修羅場をくぐってきたセラであっても、容易に受け入れられるものではなかった。

『戦争を終わらせる』という彼自身の信念と、『敵を殲滅せよ』という命令。相容れぬふたつの意志が、心の奥底で鋭く衝突していた。


 通路の先、格納庫の隔壁が静かに開かれる。そこにあったのは、かつての愛機【ノヴァ・リオ】のフレームを基に改修された最新鋭機――【ノヴァ・リオMk-Ⅱ】。

 漆黒の機体に真紅のラインが鋭く走り、頭部には戦神を彷彿とさせる仮面状の装甲が装着されていた。その姿はまるで、夜を喰らう影。


「……この機体が、僕の『檻』というわけか」


 ふと呟いたセラの背後に、メカニックのカレンが無言で現れる。彼の表情には、気遣いと諦めの混じった複雑な色が浮かんでいた。


「大佐。あの方の言葉は……あまり、真に受けないほうがいい」

「受けないわけにはいかない立場だよ、カレン」


 静かに笑って見せるセラの横顔に、カレンは目を伏せた。数多の修羅場をくぐってきた彼が、今や味方の中にすら敵を持たねばならぬ現実。それがひどくやるせなかった。


「……機体は完璧に仕上がっています。あなたを、殺しには行かせません」

「ありがとう。……それだけで、十分だ」


 セラはヘルメットを手にし、搭乗リフトへと足を進める。リフトが上昇し、【ノヴァ・リオMk-Ⅱ】のコックピットが口を開けた。

 その中に身を沈めながら、セラは左眼をそっと閉じる。


 ――『次に会うときは戦場だ』。


 決別した友の言葉が脳裏を過り、胸の奥底から疼痛が湧き上がった。


「航……僕は僕のやり方で、戦争を終わらせてみせる」


 マザーの筋書き通りにはさせない。自分の剣は、ただ戦争を終わらせるために振るうのだ。

 エンジンが始動し、漆黒の機体がゆっくりと浮上する。


(これは命令ではない。これは、僕の意志だ)


 確かな決意の光を瞳に宿し、青年は【ノヴァ・リオMk-Ⅱ】を駆って飛び立った。

 向かう先は『フリーダム』擁する『オールト基地』。

 そして狙うはグレイ・ハッブル、ただ一人である。



『「ネオシブヤ」ブロックより目標を確認』

「よし。間違っても早まるなよ、領空を離れてからだ」


 薄暗いコックピットの中、僚機からの通信に隊長を務める男が応じる。

 彼らは高機動型の【ノヴァ】、【アリーズ】で構成された正規軍の小隊であった。

 黒く塗装した機体で宇宙に潜伏する彼らが観測していたのは、『アステラ』の『ネオシブヤ』ブロックの宇宙港である。

『ネオシブヤ』から『ディアナ』へと向かう物資の輸送船団。

 それらを撃墜し、『オールト基地』への補給を間接的に断つことが彼らの任務だった。


「バレねえように色々手を尽くしたようだが……シブヤ側に裏切り者がいたのが、運の尽きだったなぁ」


 敵の不幸に男はほくそ笑み、目を細めてスナイパーライフルのスコープを覗き込んだ。

 モニターに拡大表示される、黒い迷彩を施された輸送船。

 それが『アステラ』の領空をはみ出る瞬間を、彼らは固唾を呑んで待っていたが――。


『何だ――ぐあああああああッ!?』


 部下の絶叫に男は目を剥き、振り返りざまに狙撃銃をぶっ放す。

 突如として爆発した僚機を尻目に、隊長は血眼になって敵の居所を探った。


「敵襲……! 奴ら、『ネオシブヤ』に裏切り者がいると見抜いてやがったか!」


『CFA』側に出し抜かれたと理解して男は舌打ちする。

 その束の間、前方から弾幕がばら撒かれ、彼らは回避を余儀なくされた。


「隊列を崩すな! 敵は少数のはずだ、連携を取って各個撃破するんだ!」


 散開する部下たちに男はがなり立てるように命じた。

 ミサイルによる爆撃のせいで熱源探知が攪乱されている。敵の正確な位置が分からないのなら狙撃しようがない。他にあるのは射程の短い装備のみ。やるしかないのか――と、男は腹を括らざるを得なかった。


「狙撃手に格闘戦ができねえと思ったか!」


 爆炎の中に突っ込んでいき、男は吼えた。突撃する隊長機の後に部下たちも二機一組のロッテで続いていく。

『CFA』側もそれは予測していなかったのだろう。

 炎を切り裂き、怒濤の勢いで迫り来る黒い機体に対応しきれず、奇襲をまともに食らってしまった。


「雑兵風情が! 俺たちの作戦を邪魔したツケ、払ってもらおうか!」


 蜂のごとく刺した一撃で一機の【トーラス】を沈め、【アリーズ】の隊長機は次の獲物を求めてカメラ・アイをぐりんと動かす。

 血走った獣を思わせる両眼が敵の姿を捉え、飛びかかろうとした次の瞬間。

 視界の下方から昇り来る一条の光線が、彼と敵機との間に割って入った。


「何だッ、増援か!?」


 驚愕する隊長の男。

 怯んだ一瞬の隙を突くように彼の視界には赤色の閃光が走り、直後、四肢を分断される。

 そして、衝撃に激しく揺れ動くコックピットの中、彼は目にした。

 巨大な鋏を両腕に取り付けた、赤い装甲の異形な機体を。


「何なんだ、こいつは――!?」


 人外じみた高速機動で飛び回り、その赤い【ノヴァ】は正規軍の【トーラス】たちから次々と四肢を断ち切っていく。


「まずい、これでは!」


 腕がなければ武器が使えない。然らば待ち受ける運命は死――男の表情が絶望に染まったその時、彼は気づいた。


「どういうことだ、こりゃあ……!?」


『CFA』側の機体も、遠方から飛来したビームにピンポイントで頭部と手持ち武器を破壊され、戦闘継続が困難となっていた。

 この相手は『CFA』でも正規軍でもない。

 そう理解しても納得はできない男は、眉間に深い皺を刻んで口角泡を飛ばした。


「何のつもりで横槍を入れやがった、てめえら!」

『――この戦争を止めるため』


 存外に若い声が届き、男は瞠目する。

 もはや動くこともできず漂うだけの彼らに、その人物は静かに名乗るのだった。


『おれは星野航。そしておれたちは『星野号』。この無意味な戦争を止めるため、立ち上がった者だ』

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