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第58話「行きます。おれがおれである限り」

 爆煙が薄れ、漂っていたデブリの向こう側から、漆黒のマントを纏いし【ノヴァ】がゆっくりと姿を現す。

 銃口を下げたその様に殺意はない。戦場にあって異質な気配を放つ機体を前に、正規軍強襲部隊の隊長は声をわななかせた。


『無意味な戦争を、止めるだと……!? ふざけるんじゃねえ!』


 沸き上がる怒りを堪えるように男は歯を食いしばる。

『俺たちは軍人として与えられた任務を全うしようとしただけだ! そのためなら命も散らす覚悟だった! それを否定するってのか、てめえは!』


 鬼気迫る男の問いに、航の胸は締め付けられるように痛んだ。

 彼らは何も間違ってはいない。上官の命令に従うのが軍人のあるべき姿なのだから。

 間違っているのは作戦を立案し、指示を出した軍上層部。この戦争の黒幕たる存在である。


「戦いにかけるあなたたちの思いを、否定するつもりはありません。でも、どうか今一度見つめ直してもらいたいんです」


 すぅ、と深呼吸して一拍置き、航は続けた。


「あなたたちは何のために軍人になったんですか。『蠕動者』を討って人々を守るためではなかったんですか。――人間を殺すことが、あなたたちの使命なんですか」


 怒りに満ちていた隊長の瞳に、迷いの色が兆す。

 それは彼の部下たちも、相対していた『CFA』の兵士たちも同様だった。

【ノヴァ】パイロットの誰もが抱く初志。

 それに立ち返ってほしいという航の訴えに、彼らは葛藤していた。


『だが、俺たちは軍人だ。家族を守るためには、上からの指示には従うしかない。……理想論じゃガキに飯は食わせてやれないんだよ』


 深いやるせなさを滲ませて壮年の隊長は言葉を絞り出した。

 湧き上がる義憤に拳を固く握り込み、航は言う。


「人が人を殺すなんて、あっちゃいけないことなんだ。高みから嘲笑って、それを強制するやつがおれは許せない――」


 眉間に皺を深く刻み込み、紫髪の女の凍て付くような顔を幻視する。

 エレミヤ・マザー。この戦争を演出した、すべての元凶。

 彼女を止め、罪なき人々を戦いから解放しなければならない。

 戦いという悲劇を、繰り返してはならない。


 ほどなくして『CFA』の輸送船団は戦闘不能となった【ノヴァ】部隊を回収。

 先の航の呼びかけもあり、彼らは正規軍とこれ以上交戦することなく『ディアナ』へと針路を取った。

 そして残された正規軍強襲部隊は、航が撃ち上げた白い信号弾によって味方が合流してくれるのを待つこととなった。

 次に『CFA』の哨戒班がここを通るのは一時間後。救助隊が問題なく来られれば助かるだろうと、航は隊長たちに告げるのだった。


『修羅の道だぞ。それでも行くのか』


【サジタリウス】が踵を返したその時、隊長の男が険しい声で問いかけてくる。

 一拍の沈黙のあと、航は静かに、そしてどこまでも芯の通った声で答えた。


「行きます。おれがおれである限り」

『……そうか。なら突っ走ってけ、若造! おっさんに希望見せてくれや!』

「ありがとうございます。どうかご武運を」


 背中を押してくれた年長の彼に、航はふっと笑みを浮かべ、無事を祈るのだった。



「ねえ、艦長」


『星野号』へ帰投するべく【キャンサー】を駆るかなめは、並走する【サジタリウス】の航にぽつりと呼びかけた。


「ん?」

「ボクら、戦争を止めるために戦ってるんやろ。けど、さっきの輸送船にはきっと兵器も積まれとった。本当にこれでよかったんかな」


 かなめは葛藤していた。

 先程の戦闘を止めたからといって、戦争の早期解決にはならない。むしろ『CFA』側を支援する結果となってしまっている。正規軍の彼らを撃たなかったのも、問題の先送りでしかないのかもしれない、と。


「けれど、食糧や水、他にも必要な生活物資だってあったはずだ。その補給が断たれれば、兵士だけじゃなく『ディアナ』にいる非戦闘員まで苦しむことになる」

「それは、そうやけどっ」

「それにね、かなめくん」


 反論しようとしたが航に遮られる。

 彼は通信越しにかなめをまっすぐ見つめ、諭すように言ってきた。


「戦争を止めるっていうのはあくまでも手段であって、目的じゃない。おれは一人でも多くの人に生きていてほしいから、戦っているんだ」


 その言葉にかなめは大きく目を見開き、そして視線を落とした。

 ベラを奪われた怒りに任せて、自分は正規軍の兵たちを無差別に殺害した。航の語る理念に真っ向から反する存在だ。


「でも、ボクは……」

「人を死なせた罪を背負ったのなら、人を生かすことで償えばいい。立花さんも、おれ自身も、そうしてきた」

「か、艦長も……?」


 衝撃が鈍く胸にのしかかった。

 黒曜石のような瞳に自嘲の色を滲ませながら、青年は罅割れた声で吐く。


「たくさんの断末魔の声を聞いた。救えるはずの命も諦めて、見逃して……」


 彼の過去に何があったのか。訊ねたい衝動をかなめはぐっと堪えた。

 記憶をなくしたからこそ、その大切さも、不躾に覗き込まれる不快感も分かっている。


「人類が生み出してきた戦いにピリオドを打つ。誰が何と言おうともおれは遂げる。この命に代えてでも」


 揺るぎない口調で航はそう決意を表明した。

 その信念にかなめは胸を打たれる。

 悲壮にも思える彼の願いを、ともに叶えたい。

 空っぽな自分にもできることがあるなら、一緒に戦いたい。

 心の底から湧き上がった望みに、かなめは正直に従うことを決めた。


「ずっとついていくで、艦長」

「――ああ。ありがとう、かなめくん」


 最後のその時まで自分たちは一蓮托生だ。

 そう気持ちを通じ合わせる二人は、待機していた『星野号』へと着艦していく。


『報告です! A225宙域にて戦闘が勃発、「CFA」艦五隻と正規軍艦一隻を確認しています!』


 ドックに到着した直後、カミラからもたらされた情報に航は目を見張る。

 いよいよ艦隊戦が始まってしまった。しかし一番気になるのは、『CFA』の艦隊に対して正規軍が一隻のみであるということ。


「正規軍艦の識別番号は?」

『AWS1192-Cです』


 その番号には航も覚えがあった。

 正規軍時代に一度見学したことのある、これまで稼働実績のなかった新造艦。

 案内してくれた士官が誇らしげに語った異名は「眠れる獅子」。

 またの名を――


「正規軍コロンビア独立部隊『アーレス』旗艦、『ケイオス』……!」


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