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第60話「――ここで地獄へ道連れだ」

 女の身体から発されたとは思えないほどの破鐘のごとき叫びとともに、光線の乱打が襲い来る。

 立花はそれを視認する前に本能的に感知し、そして気づく。


 ――避けられない。


 ならば取るべき手段は何か。彼女の選択は迅速だった。


「くッ――!」


【ノヴァ・ヴァーゴ改】の頭部から垂れるベールのような防護マント。

『γフィールド』の膜を表面に纏った最新鋭の兵装を展開、全身を包み込むようにしてビームの威力を低減させる。

 それでも護衛艦の装甲を焼き溶かす灼熱は完全に防ぎきれない。

 けたたましいアラートが耳朶を打つなか、食いしばった歯の隙間から熱を孕んだ息を漏らす立花は、身を翻しながら焼き切れたマントをひと思いに脱ぎ捨てた。


『何!?』

「そこだッ!」


 光の中から現れて背後に躍り出た【ヴァーゴ改】の姿に驚愕するエイバ。

 即座に『ドローンビット』を差し向けて応戦する彼女だったが、その挙動は既に立花に見切られていた。

 薙ぎ払われる極太のガンマ線レーザーが、ビットごと光線を呑み込んでいく。


『チッ――!』


 舌打ちするエイバへと立花は間髪入れず迫る。

 取り回しの悪い『ガンマメガランチャー』を手放してビームサーベルへ持ち替え。

 敵の間合いの中に侵入し光刃にて肉薄した。


『はッ、私がビット頼りだとでも?』


 だが、敵機の左胸に刃が吸い込まれようとした直前、抜かれた大型のビームサーベルがそれを受け止める。

 振り払われる大出力のビーム刃に【ヴァーゴ改】は弾き飛ばされ、空中で体勢を崩した。

 すかさずそこへ叩き込まれるのは視界の外からの連携攻撃。

 前後左右から射出される光線の乱舞に、まだ残機があったのかと立花は瞠目する。


『油断しましたね!』

「ぐっ!?」


 不覚を取った立花は身を捻り、白いビームをぎりぎりのところで躱そうとした。

 しかし機体が彼女の反応速度に追いつけず、被弾を余儀なくされる。


「クソがッ――!」


 腕、肩、胸、脚。

 いたぶるような光線が装甲を焦がし、溶かし、剥がし落とした。

 赤熱した内部フレームを露出させる【ヴァーゴ改】。

 その機体を眺めてエイバはせせら笑う。

『チェックメイトです。我が軍門に降りなさい、立花さん』


『ドローンビット』の砲口を突きつけられ、立花は顔を歪めた。

 エイバの【ノヴァ・カプリコーン】を止められなければ『CFA』は終わる。

 残る艦隊もあの『ドローンビット』の砲撃になすすべもなく沈められるだろう。

 もし奮戦の末に止められたとしても、消耗したところを正規軍の本隊に叩かれて制圧されるのみ。

 どちらにしても早期に【カプリコーン】を押さえられなければ詰みだ。


「……っ」


 もはや『CFA』に勝ち目はない。だが正規軍に降るなど願い下げだ。

 奴らは立花からすべてを奪った。


 政府が正規軍の隠密部隊を使って行った棄民政策。


 限られた『アステラ』のリソースを保つため、不要と判断された貧民街の住民たちを拉致し、『蠕動者』を討たせることを名目に人柱同然の扱いで宇宙に放り出したのだ。

 結果、『アステラ』全体で百万を超える人命が失われた。その中には立花の唯一の肉親であった妹も含まれていた。


 彼女がその事実を知ったのは、正規軍に入った後のことだった。

 政府は情報統制を敷いてその棄民政策を隠蔽。中流層以上の人々には知るよしもなく、それどころか、当事者たる下層民の間でも都市伝説的に噂されるのみであった。

 正規軍内で知る者も一部の高級将校に留まり、立花がその真実を掴んだのも、偶然その話をしている佐官同士の会話を耳に挟んだからだった。


 それを当たり前のように語る上官たちに、立花は愕然とした。

 そして、人を守るために戦うはずの正規軍が人を棄てる行為に加担していたという事実に、深い失望と怒りを覚えた。

 故に立花は軍を辞め、テロを起こした。だが彼女の声明は政府の意向によって一切報じられることはなく、闇に葬られた。

 だが、今こうして運命の歯車は再び回り出した。

『CFA』の九条管理官に脅迫まがいの勧誘を受けた彼女は、正規軍への復讐と粛清のため、それを承諾した。

 忘れようとしていてもなお胸の奥底に燻っていた怒り。

 それを再燃させた立花は罪を重ねることも覚悟で、修羅の道に舞い戻った。


「――ここで地獄へ道連れだ、正規軍の女!!」


 何もかもをかなぐり捨て、立花は眼前の【ノヴァ・カプリコーン】へと突貫した。

 たとえ自分が死のうとも、残された『CFA』の兵たちが反撃の刃を振るう。

 それによって開いた正規軍の傷跡は、後に誰かがその闇を暴くための道筋になる。

 妹や死んでいったたくさんの人々の無念は、晴らされるのだ。


(惜しむらくは、ベラ、君に謝れなかったことだ――)


 立花が起こしたテロの犠牲者こそが、アレクサンドラ夫人と娘のベラであった。

 ベラと出会ったとき、立花は謝ろうと思った。だが、言えなかった。彼女にショックを与えるわけにはいかないからと自分に言い聞かせてきたが、本当はただ、彼女に嫌われるのが怖かっただけだ。


『愚かな――!』


 その特攻をエイバは唾棄する。

 すべてをなげうつ捨て身の突撃を前に、『ドローンビット』へ一斉射撃を命じた。

 だが、瞬間。

 割って入った何者かの影に、エイバも立花も瞠目した。


 直後、乱舞する光線の中で巻き起こる爆発。


 真空を伝播する衝撃に機体がノックバックするなか、硝煙に目を細める両者は見た。

 光が止み、爆発の後に舞い散る装甲の破片。

 そして、二人を頭上から見下ろしている一機の【ノヴァ】を。


『あれは……!』


 通常の【ノヴァ】よりも小さな体躯。緑色を基調とした流線型の装甲。

【ノヴァ・ジェミニ】。『フリーダム』にて独自開発され、少数生産された量産機である。

 通常機とは異なり頭頂部に一本のアンテナを立てたその姿を目にして、立花は息を呑んだ。


「グレイ・ハッブル……!」

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