『アーレス』が旗艦『ケイオス』を発進させた、同時刻。
セラ・モンゴメリー大佐の率いる正規軍第九艦隊は、『アステラ』へと近づきつつある『フリーダム』を迎え撃つべく出港していた。
「【ノヴァ】部隊、先行せよ! 私に続けッ!」
部隊の先陣に立ってセラは号令をかける。
古代の鎧兜のごとき仮面状の装甲を頭部に装着した漆黒の機体――【ノヴァ・リオMk-Ⅱ】は剣を掲げ、行く先を示した。
その勇壮なる鼓舞に兵士たちの士気は一気に引き上げられる。
艦を飛び出した二百機もの【ノヴァ】が行進する光景は、まさしく壮観であった。
「『フリーダム』のハッブルがこれで怖じ気づくとは思えないが……他の『CFA』艦を威圧する効果はあるはずだ」
部隊を全速前進させつつセラは呟く。
マザー司令に命じられたのは敵の殲滅。この命令に直接歯向かうわけにはいかない。ゆえにセラが導き出した折衷案が、「包囲して殲滅する姿勢を見せながら相手の降伏を待つ」というものだった。
「無駄な殺生はしたくない。頼むからすぐに降伏してくれよ……!」
【ノヴァ】の大軍勢の背後には八隻からなる艦隊が構えている。
対する敵は『フリーダム』とその他の護衛艦三隻。まともな指揮官ならば白旗を上げる戦力差だ。
「『フリーダム』に動きあり! 敵艦前方からの熱源反応、急速に高まっています!」
だが敵は、まともではない。
旗艦『ゼウス』のオペレーターからもたらされた報告にセラは顔を歪める。
どうしてそうも死に急ぐほうに向かっていくのか。戦わなければ殺されることもないというのに――。
「各隊、そのまま前進! モンゴメリー隊は私とともに来い! 撃たれる前に『エクスカリバー』を止める!」
『エクスカリバー』と聞いて兵士たちは戦慄する。
だが勇敢にも突き進む隊長機の姿に、一人また一人と恐怖を払拭して進軍していった。
「どこまでもお供します、大佐!」
圧倒的な推力をもって猛進する【リオMk-Ⅱ】にモンゴメリー隊の【ノヴァ・アリーズ】が十機、追随する。
背面部の追加スラスターによって【Mk-Ⅱ】にも引き離されない速度で駆ける彼らは、セラと運命を共にする覚悟であった。
「ふっ、僕は良い部下に恵まれたようだ。――敵【ノヴァ】部隊来るぞ、フォーメーションA2、散開しろ!」
『フリーダム』と僚艦からミサイルの弾幕が一斉に放たれる。
ミサイルの発射と合わせて出撃してきた敵の姿を認め、セラはすかさず指示を打った。
「新型の【ノヴァ】か! 随分と小さい!」
ミサイルの雨をかわし、その真後ろを付けていた小型の【ノヴァ】へと頭部のビームガトリング砲を浴びせかける【リオMk-Ⅱ】。
小型機をミサイルの影に隠し、敵陣へ突入させる作戦は見事。
だが悲しいかな、セラの眼を前にそのような小細工は通用しない。
「僕がエクスカリバーを止める! 君たちは敵の新型を足止めしてくれ!」
最優先事項は敵のガンマ線レーザー砲の破壊であり、それ以外は些事。
身を翻してビームライフルを射かけてくる【ノヴァ・ジェミニ】を無視し、セラは『フリーダム』へと直進する。
追跡してくる【ジェミニ】たちには剣の一振りで対処。
斬撃に乗せて放たれたガンマ線の波動が、迫り来る双子の【ノヴァ】を一瞬にして蒸発させた。
「邪魔するからこうなる……!」
断末魔すら上げられず死んでいった敵パイロットたちへ、セラは唇を噛む。
操縦桿を握る手にぐっと力を込めた彼は、前方から来る弾幕を『ガンマラジエーション』にて一掃。
巻き起こった爆発の連鎖が宇宙を赤く染めた。
「僕の道を阻むな!」
背負う漆黒のマントを身体に巻き付け、セラは爆炎の中に突っ込んでいく。
熱も衝撃もものともしない【リオMk-Ⅱ】の進撃。
炎を引き裂き、マントを翻して出現したその姿は『フリーダム』勢の衝撃をさらう。
「――そこか!」
『エクスカリバー』を射程圏内に収め、セラは剣を振りかぶる。
だが、その刹那。
真下から昇る極太のビームに、彼は飛び退かざるを得なくなった。
その隙を付け狙うように『フリーダム』から撃ち出された弾幕が【Mk-Ⅱ】を襲う。
『グレイト! さっさと片付けるわよ!』
「その声、エルルカ・シーカーか……!」
弾幕を『ガンマラジエーション』で起爆させた【Mk-Ⅱ】のもとに、異形の機影が肉薄する。
翼のような大型スラスターを背負い、下半身は脚を退化させた鯨の尾のごとき姿。
【ノヴァ・パイシーズ】。
大推力で宇宙を自在に泳ぐ、エルルカ・シーカーの専用機だ。
『ワオ、光栄だわ! あなたに名前を知ってもらえてるなんて!』
「『フリーダム』ナンバーツーの力、見せてもらおう!」
こいつを倒さなければ作戦目標は遂げられない。
そう確信をもって二人は切り結んだ。
【パイシーズ】が振り抜いた大槍と【リオMk-Ⅱ】の長剣とが激突し、激しく火花を散らす。
「ぐッ――!」
『これが【パイシーズ】の力よ!』
腕部を軋ませるほどの膂力にセラは目を見張った。
剣を押し返され後退を強いられる彼に対し、エルルカが追撃の連続突きを叩き込む。
頭部ビームガトリング砲にて迎撃するセラだったが、それも装甲で受け流してエルルカは彼の間合いに侵入した。
「チッ!」
咄嗟にセラはマントを展開、目くらましの閃光を発しながら後方へ跳ぶ。だがエルルカの【パイシーズ】は獲物を逃がすまいと、推進剤を噴射して一気に間合いを詰めた。
『逃げても無駄よ、大佐!』
漆黒の宇宙空間に散る閃光――そこに舞うのは、猛る鯨と黒騎士の熾烈な戦い。
【パイシーズ】の大槍が薙ぎ払い、周囲の残骸すら粉砕するほどの突撃が【リオMk-Ⅱ】に襲いかかる。
「――舐めるなッ!」
柳眉を吊り上げ、裂帛の気合いを放つセラ。
剣を振り上げる動作で『ガンマラジエーション』を警戒させ、エルルカの機動を誘導することで回避に成功する。
その隙に右腕のマウントから副武装の【ハードライト・ブーメラン】を繰り出し、畳みかけるように剣を振りかぶった。
『――ッ!』
今度もフェイントか本当に撃ってくるのか。
セラの駆け引きに揺さぶられるエルルカの背後へと、回転する光の刃が弧を描いて急迫。
紫電のような一閃が【パイシーズ】の装甲を斬り裂き、白煙が舞う。
『……へえ、やるじゃない!』
「遊びのつもりなら今すぐやめろ。これは――戦争なんだ!」
【リオMk-Ⅱ】の剣が翻り、ガンマ波動が空間を灼く。だが【パイシーズ】は流れるような動きでそれをかわし、尾部ユニットに格納されていたミサイルを一挙に解放した。
「っく……!」
物量に任せた飽和攻撃。それを【Mk-Ⅱ】はマントの展開で凌ぎ、装甲に焦げ痕を刻みながらも突き進む。
その瞳――光学センサーの奥には、今まさに『エクスカリバー』を撃たんとする『フリーダム』の艦影が見えていた。
「エルルカ・シーカー! ここで君を沈める……!」
『あら、できるものならやってみなさい!』
機体の全エネルギーをスラスターに回した【パイシーズ】が急上昇。軌道をずらしたと思った刹那、今度は背後へと回り込んでくる。
「く――!」
【リオMk-Ⅱ】の背面に槍が突き立てられたかと思われた瞬間――。
「負けられないんだッ!」
その瞬間、【Mk-Ⅱ】は瞬時に一八〇度回転。
反撃の剣が炸裂した。
「うおおおおおおおおおおおおおッ!!」
『っ、なんで反応できる――!?』
音なき宇宙で炸裂する光の衝撃波。
互いの機体が弾き飛ばされる。
『……っ、まだ動ける!』
「――僕もだッ!」
装甲から煙を上げつつも構え直す両者の機体。
一瞬の間も置かず、二人は再度激突した。
「でぇええええええええいッ!」
『はああああああああああッ!』
咆吼と共に放たれた剣と槍とが幾度もぶつかり合い、閃光を散らし、壮絶なる死闘を演じていく。
『大いなる善のため! ハッブル艦長のために! あたしは、あんたを倒すッ!!』
「彼は勝利者などではない! 奴と心中するつもりか、エルルカ・シーカー!」
喉が裂けるような濁った声でエルルカは叫ぶ。
狂気的にも思えるその叫びをセラは一蹴し、刃の連撃を浴びせかけた。
『ぐっ――あたしは、まだッ!』
セラの猛攻にエルルカは死に物狂いで食らいつく。
巧みに槍を操って応戦、同時に尾部ユニットにわずかながら残していたミサイルも射出した。
(まだ残していたのか!?)
マントを纏って防御しようにも間に合わない。
敗北を覚悟したセラだったが、そのとき――。
『蠕動者』に寄生された後遺症で赤く変色していた彼の左眼が、激しく熱を宿し始める。
(これは……!?)
瞬間、世界が変わった。
赤熱する眼に映る世界は、まるで水中に沈んだかのように緩慢だった。
【パイシーズ】のスラスターの噴射、ミサイルの軌道、僅かな指の動きまで――すべてがスローモーションで流れていく。
自分に何が起こったのかは分からない。
だがこれだけは確信していた。
「今なら……勝てる!」
エルルカの【パイシーズ】が再び槍を構えて突進してくる。
だがセラの中では、その動きはすでに止まっていた。
「無謀な思想から解放してやる!」
セラは【リオMk-Ⅱ】の左腕を捻る。
内蔵されたガンマ線ビームサーベル『ハードライト・ブレード』が発振し、青白い光刃を形成。
同時に、右腕の剣を高速回転させながら、【パイシーズ】の軌道へ斜めに突き出す。
『――!?』
驚愕の表情を浮かべるエルルカ。
だがそれが脳内で処理されるより早く、セラの連撃が彼女を襲った。
回転する剣が槍の柄を絡め取り、反対側から叩き込まれた光刃が【パイシーズ】の胴体に深く食い込む。
『くッ、まだ……っ!』
エルルカの機体が爆ぜる寸前、尾部ユニットから煙を撒き散らし後退する。
推進剤の爆発的な噴射が、瞬時に戦場から彼女を引き離した。
「逃がすか――!」
セラが追撃に移ろうとした、その時。
『熱源反応急速上昇しています! 大佐、回避を!!』
【ノヴァ・ジェミニ】を足止めしていた部下からの警告に、セラは歯噛みした。
間に合わなかった。
ここで『エクスカリバー』を撃たれれば、第九艦隊は壊滅する――。
苦悶に顔を歪め、その場に佇むセラ。
お逃げくださいと叫ぶ部下たちの声ももはや届かず、深い自責の念に駆られるセラは、両腕を広げて『エクスカリバー』の射線上に飛び出した。
『大佐ッ、モンゴメリー大佐――――!!!』
モンゴメリー隊のパイロットたちが絶叫するなか、セラは巨大な白い光を目の前に見た。
美しくも残酷な死の光。これが裁きか、と呟いて瞼を閉じた、刹那。
舞い降りた黒い影が、その輝きを遮った。