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第62話「僕はみんなを……人を、信じる」

 水瓶のごとき機影が青き光を放つ。無数の粒子が舞い上がり、その盾の表面から大きく広がるようにして、二枚の翼が形を取った。

『γフィールド』が描き出す光の翼。

 神々しさすら感じさせるその輝きに、セラは息を呑む。


「なんと……!?」


 空間を歪めながら極太のガンマ線レーザー砲が翼と激突する。

 通常の装甲ならば瞬時に蒸発する威力。その莫大なエネルギーの奔流を包み込むように、光の翼は激しく粒子を散らしながら展開する。

 暗黒の宇宙を白く染め上げる、光と光のせめぎ合い。

 セラたちも、『CFA』の兵士たちも、固唾を呑んでその決着を見守った。


 そして――爆発。


 激突の中心地から閃光と衝撃波が走る。

 やがてビームの奔流が消失し、静寂が戻った後、艦隊からもたらされた報告にセラは愕然とした。


『ヘーラー級一番、二番艦、撃沈!』『七番艦、八番艦も共にロストしています!』


 右翼と左翼を担う艦がそれぞれ沈み、残った艦は三番から六番のみ。

 半数の艦を失う痛恨の打撃に、セラは俯き、拳をコックピットのモニターに叩き付ける。


「この僕がいながら……何というざまだ……!」

『でも、半分は守れた。そうだろう?』


 聞こえてきた旧知の男の声に、セラは顔を上げた。

 視線の先、粒子の残滓が舞い散るなか、溶融した装甲をパージしてその【ノヴァ】の姿が露になる。

【ノヴァ・アクエリアス】。本来はベラ・アレクサンドラが乗っているべき機体だ。 

「航……!? 君が、やったのか……!? ベラはどうした!?」

『彼女は「アーレス」に連れ去られた。今は旗艦の「ケイオス」にいる』


 思いがけない情報にセラは瞠目し、言葉を失った。

 自分の失態で艦の半数を失った後悔。もう半数の艦を航が操る【アクエリアス】に守られた安堵。加えて、『星野号』にいたはずのベラが『アーレス』に拉致されたという衝撃。

 様々な感情が綯い交ぜになり狼狽える彼に、航は言い渡した。


『ベラちゃんのことはおれがなんとかする。だから――今は退くんだ、セラ。これ以上兵を死なせちゃいけない』


 兵を死なせるなという航の言葉が、胸を抉るように突き刺さる。

 しかし、だからこそセラは止まれない。『エクスカリバー』の次弾が発射されるまでの間に『フリーダム』を攻め落とせば、それが撃たれることによる犠牲を未然に防げるはずだ。


「ダメだ、できない」

『セラ……!』

「どいてくれ、航! 僕は『フリーダム』を落とす!」


 語気を強め、セラはビームサーベルを満身創痍の【ノヴァ・アクエリアス】へと向けた。

 身構える【アクエリアス】。だが、航は武器を手に取ることなくセラへ訴えかける。


『君の目的は既に頓挫したんだ。「CFA」はもはや「エクスカリバー」を撃つことを厭わず、それに対抗するため正規軍上層部は『エレス基地』のレーザー砲を行使するだろう。そうなれば起こるのは敵を滅ぼすまで止まらない絶滅戦争だ……! 誰かが止めなければ、戦争を終わらせなければ、人は人の手によって滅んでしまうんだよ! 二五〇年前の核戦争のように!』


 悲痛な声で航は叫ぶ。

 その言葉にセラの顔はくしゃりと歪んだ。

 分かっているのだ、そんなことは。だがどうやって止めるというのか。少数の理想家が蜂起したところで巨大な権力に叩き潰されて終わるだけだ。ゆえにセラは体制側について反乱分子を鎮圧しようと決めたのだ。


「でも、僕はもう止まれない! ここで止まっては失った兵たちに顔向けできない! 僕は彼らを勝利者の側へ連れていく!」


 操縦桿を握る手に固く力を込め、セラは罅割れた声で言い募る。

 感情のままにビームサーベルで虚空を切り裂いた彼に、航はなおも真正面から向き合ったまま、ぴしゃりと吐き捨てた。


『それは逃げだ! 言い訳だ! もたらされる結果を知りながら目を背けて、無駄だと諦めて! そんなに人が信じられないか、セラ・モンゴメリー!!』

「何だと!?」

『そうじゃないか! 人を動かすカリスマを持ちながら、それを戦いを終わらせる方向に使おうとしないのは、部下たちから失望されるのが怖いからだろ! 君ほど立派な人間が、なんでそんなに器が小さい!』


 思わず頭に血が上り、ビームサーベルで斬りかかるセラ。

 彼の暴行に、合流してきた【ノヴァ・キャンサー】が制止しに入ろうとするが、航はそれを拒んで自ら抜いたサーベルで刃を受けた。


「僕の器が小さいだと! 知った風な口を――!」

『知ってるさ! ともに学び、ともに死線をくぐり抜けた仲だろう! 君はおれに劣等感を抱いてるかもしれないけど、おれだって君にしかない才能を羨ましく思ってた!』


 セラの腕にこもる力が弱まる。その隙を突いて航はサーベルを押し返し、畳みかけた。


『おれは君のことを認めてるし、信じてる! でも誰より君のことを理解して支え、信頼してくれているのはモンゴメリー隊の彼らだ! 彼らを信じて言ってみなよ! 「僕についてこい」って!』


 航の言葉にセラはハッとした。

 それは、あまりにも真っ直ぐな言葉だった。

 戦場の只中にあってなお、信頼という名の光を投げかけてくる男。

 過去の劣等感も嫉妬も、今の怒りすらも吹き飛ばすほどの情熱。

 セラは震えた。怒りではない。恐怖でもない。

 胸の奥に積もっていた黒いもの――無力感と自己嫌悪――それが一気に溶かされていくのを感じた。


(……僕は、逃げていたのか?)


 部下たちの死を勝利という結果で意味づけしなければ、自分は壊れてしまうと思っていた。

 彼らの犠牲に応えるには、血で血を洗う勝利しかないと、思い込んでいた。

 だが、それは彼らが望んでいた未来なのか?

 いや――違う。


 通信回線が開いたままの艦隊から、仲間たちの声が届いてくる。


『大佐、ご命令を! 我々はまだ戦えます!』

『ともに「フリーダム」を討ちましょう、大佐!』

『大佐!』

『モンゴメリー大佐!』


 それらの声に、セラの指が自然と操縦桿を離れた。

 ビームサーベルが、力を失ってふらりと虚空を切る。

 モニターに映る【アクエリアス】の姿――傷だらけで、それでもまっすぐな眼差し――が、視界を曇らせた。

 セラは唇を噛みしめ、震える声で問いかけた。


「……信じられるのかな、僕は。彼らを、君を……この世界の行く末を……」

『信じよう。信じなきゃ何も始まらない』


 航の声は、静かで力強かった。


『君が一歩を踏み出せば、みんなついてくる。それを証明してきたのは、誰でもない、君自身じゃないか』


 ……ああ、そうだ。

 セラはそっと目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 そして次の瞬間、艦隊の通信回線を一斉に開く。


「総員、戦線から後退せよ! 『アステラ』を背に布陣を敷き直す! これ以上の犠牲は望まない――君たちは生きて戻れ! 第九艦隊の指揮権はムーア中佐に引き継ぐ!」


 兵士たちからは臆病風に吹かれたと笑われるだろう。それでもセラは、彼らに生きてほしかった。

 彼の命令に全軍がどよめく。だが、三番艦が最初に動いたことで他の艦や【ノヴァ】部隊も後に続き始めた。


『モンゴメリー大佐……いえ、セラ殿』


 モンゴメリー隊の最年長格である三十路のパイロットが、静かな声音で彼の名を呼ぶ。

 自分のもとに集ったモンゴメリー隊の【アリーズ】たちを見渡して、セラは言った。


「みんな……ごめん。この戦いが始まってから、僕は自分の本心を押し隠していた。戦いを止めたいと、誰一人として犠牲にしたくないと思いながら、敵を殺せば早く戦いが終わるのだと兵たちを戦場に差し向けた。その結果がこのざまだ。僕に失望したのならそれで構わない。だが……それでもなお、僕を信じてくれる者がいるのなら、ついてきてほしい。僕は戦う――たとえ無謀でも、絵空事でも、本気でこの戦争を止めたいんだ」


 モンゴメリー家としての立場もかなぐり捨て、セラ個人として彼は己の意志を語る。

 家の復興がなんだ。人類が滅べばもはやそんな場合ではなくなるのだ。家のことは戦争を止め、『蠕動者』の脅威を解決した後に考えればいい。


「僕はみんなを……人を、信じる。だからどうか、お願いします」


 映像越しに頭を深く下げるセラ。

 そんな彼に、モンゴメリー隊のパイロットたちは笑みを向けた。


『なーんだ、そんなこと考えてたんですね』

『青いねぇ。ま、それくらいがいいんじゃないですか?』

『頭上げてくださいよ、大佐! 俺ら下っ端なんすから』


 困ったように髪をくしゃくしゃと掻く一人の青年に、セラは首を横に振ってみせた。


「ここからは一心同体だ。僕は君たちの上官としてではなく、対等な仲間として戦う。これも、僕の希望だよ」


 正規軍大佐ではなくただのセラとして、彼は幾分か柔らかい口調で言った。


『一緒に戦いましょう、隊長。俺たちの敵は蠕動者です、人類同士やり合ってる場合じゃないですからね!』

『隊長!』『隊長!』


 温かく呼びかけてくれる仲間たちにセラはようやく、心から微笑むことができた。

 そして航に向かって、少し湿り気を帯びた掠れ声で言った。


「ありがとう、航。……君の言葉に、救われた」


 航もまた、疲れた顔で笑った。


『こっからが本当の戦いさ。終わらせるための、ね』


 セラは頷く。背後で艦隊が静かに転進を始め、『エクスカリバー』と『光の翼』による衝撃波に停止していた『フリーダム』もまた、体勢を立て直して動き出した。


「これで僕らは自由の身だ。どうする、航? 『フリーダム』を叩くかい?」

『「エクスカリバー」を撃たせるわけにはいかない。迅速に破壊するよ』


 方針は決定し、セラはモンゴメリー隊とともに航との共同戦線を張ることとなった。

 ほどなくして『星野号』が彼らと合流。ぼろぼろになった【アクエリアス】を艦に預け、航は再び愛機【サジタリウス】へと乗り込んだ。


『【ノヴァ・サジタリウス】、星野航、出るよー』

『CFAの牙を引っこ抜く、ってことやな。いっちょやったるで!』


 航に続き、【キャンサー】のかなめも出撃する。

 セラたちモンゴメリー隊と並走して『フリーダム』へと飛翔する彼らだったが、現れた【ノヴァ】部隊を前に足を止めた。


『やらせはしない! 横暴なる正規軍に鉄槌を下すまでは……!』


 凜とした女の声が彼らを阻む。

 メーヴ・マイヤーズ。『ジュゼッペ基地奪還作戦』にて『蠕動者』に寄生された【ノヴァ】パイロットのうち、ベラの活躍によって幸運にも解放された一人だった。


『ボクらと戦うん、メーヴはん!?』

『恩を仇で返す真似は承知。だが、私は君たちを行かせるわけにはいかない……!』


 言い放ち、立ち塞がるメーヴの【ノヴァ・ジェミニ】。

 その背後には三十機以上にも上る【ノヴァ・アリーズ】の軍団が控え、散開してセラたちを取り囲むように布陣を敷いた。


『いざ、勝負……!』


 双剣を抜き、一気に肉薄する双子の【ノヴァ】。

 戦いの火蓋が切って落とされた。

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