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第63話「――この時を待っていた!!」

【ノヴァ・ジェミニ】がゆっくりと前に出る。

 その操縦席に座すグレイ・ハッブルは、凪のように静かな表情のまま、【カプリコーン】を見据えた。


『立花、下がれ。ここは私が片付ける』


 端的な通信。けれどその一言にこもる圧は凄まじい。

 立花が反論しかけたその瞬間には既に、【ジェミニ】は疾駆していた。

 緑の稲妻が走ったようだった。

 対するエイバ・メイソンの【ノヴァ・カプリコーン】が構える間もなく、その懐に滑り込んでいく。


『――なんて機動……!』


 思わず漏れるエイバの驚愕。

【ジェミニ】はその小型の機体を最大限に活かし、反応速度と運動性を武器に猛スピードで彼女を翻弄した。

 正面のビームサーベルを弾き、横合いから切りつける。

 その切っ先が【カプリコーン】の肩装甲を捉えた。


『その程度ッ!』


 即座に反撃。『ドローンビット』が周囲に展開し、集中砲火を浴びせるが――


『遅い』


 ハッブルは囁くように言い、【ジェミニ】を紙一重で弾幕の隙間に滑り込ませた。

 機体の表層にはわずかな焦げすら残らず、その動きはまるで予知していたかのようだ。


 そして、再び懐へ。


 全方位からの斉射すら意味を成さないほどの図抜けた操縦技術。

【ジェミニ】は性能こそ【カプリコーン】に劣るはずだった。

 しかし、操るグレイ・ハッブルの技量がその差を埋め、いや、凌駕する。


『はあああッ!!』


 強烈な斬撃が【カプリコーン】の胸部装甲を裂く。

 エイバは舌打ちをしながら後退し、間合いを取ろうとする。


『この私が被弾するなんて……!』

『戦いを知らぬ者が、驕るなッ!』


 顔を歪めるエイバにハッブルは言い放ち、追撃を浴びせる。

 装甲の剥がれた胸部を腕で庇いつつ、エイバは『ドローンビット』の照準を【ジェミニ】へと一斉に合わせた。


『メイソン家の二五〇年を、舐めるなッ!!』


 最後の火力を振り絞り、全解放される砲門。

 怒濤のごとき光がすべてを呑み込んでいく。

 だが、その直後。


『なっ……!?』


 その中心を、緑の閃光が突き破った。

【ジェミニ】が真正面からその砲撃を裂き、飛び出してきたのだ。

 エイバの放った、闇を穿つ巨大な光の柱。

 しかし、それはあくまでも『ドローンビット』の照射する光線の集合体。

 前傾姿勢で猛然と加速する【ジェミニ】は極限の機体制御でビームの間隙を縫うように迫る。

 一見すれば光線を切り裂いて突き進んでいるように思えるその姿に、エイバの表情が恐怖に染まった。


『……こいつ!?』


 そして――【ジェミニ】のビームサーベルが、【カプリコーン】の頭部を切り裂こうとした、その瞬間。


『なっ――!』


 ハッブルの予測をわずかに上回る反応速度で【カプリコーン】のビームサーベルが閃き、【ジェミニ】の光刃を打ち消した。

 圧倒的な出力差を前に吹き飛ばされる【ジェミニ】へと畳みかけるようにエイバは『ドローンビット』を差し向けた。


『あらあら、おかしいですね? もうちょっとで倒せるところだったのに!』


 その言葉にハッブルは目を剥く。

 体勢を立て直しながらの高速機動で光線の雨をかわし、隙間に差し込むようなビームライフルの射撃で『ドローンビット』たちを撃ち落とそうとする彼だったが――


『ちぃッ!』


 直撃の寸前、その射線を完全に読んだかのような機動で『ドローンビット』がビームを回避する。

 息つく間もなく叩き込まれる【カプリコーン】のビームサーベルの横薙ぎ。

 後退を余儀なくされるハッブルをなおも執拗にエイバは追い立て、『ドローンビット』による飽和攻撃で彼をすり潰さんとした。


『あなたの操縦技術も、戦い方も、癖も、ぜーんぶ学習させていただきました。あと一歩及びませんでしたね、ハッブルさん?』


 くくっと喉を鳴らして嘲笑するエイバ。

 貴公子然とした顔を歪め、ハッブルは無言で【ジェミニ】のカメラアイを数回瞬かせる。

 それは今や傍観者となっていた立花に向けられた合図だった。

 満身創痍の【ノヴァ・ヴァーゴ改】が最後の力を振り絞って放つ、一射。

 だが、それも『ドローンビット』の撃ち出す光線に相殺されてしまう。


『バレバレなんですよ、お馬鹿さん』


 エイバにせせら笑われ、立花は唇を噛んだ。

【カプリコーン】の『ドローンビット』が撃つ光線が【ジェミニ】を揺さぶり、翻弄し、パイロットにじわじわと絶望を植えつける。

 ハッブルが被弾するのも時間の問題だ。

 この悪魔には勝てない――立花がそう確信した、その時だった。


『……!』


 縦横無尽に飛び回っていた『ドローンビット』が、その動きの精彩を欠いたのは。


『――この時を待っていた!!』

『っ……!?』


 ハッブルの気力は尽きてなどいなかった。

 ここまで絶えず光線を打ち続けてきたことによる、エネルギー切れ。

 宇宙線を動力に変換できる【ノヴァ】とはいえ、一度底を突いたエネルギーを回復させるには時間がかかる。

【カプリコーン】の首を落とし損ねたその時点から、ハッブルはこの好機を狙い続けていたのだ。


『勝利とは必然ではない! 最後まで勝ち筋を追い続けて初めて、手に入れられるものなのだ!』


 一喝。

 過酷なる宇宙の最前線で生き抜いてきた男の鬼神のごとき一刀が、【カプリコーン】の角の生えた頭部へと肉薄する。


『散れぃ!!』

『――ちッ!』


 刃が首に触れようとした直前、エイバは予備電源のエネルギーをスラスターに注ぎ込んで回避する。

 そのまま『ドローンビット』も置いて撤退していく【カプリコーン】。

 追跡しようと前に出た立花の【ヴァーゴ改】を【ジェミニ】が後ろから抱えて後退した、刹那。

『ドローンビット』たちが一斉に爆発し、二機は衝撃に煽られる。


「ッ……!」


 こちらへのダメージを狙った上で『ビット』の情報解析の余地も与えない自爆攻撃。

 してやられた、と唇を噛む立花に対し、ハッブルは嗄れた声で噛み締めるように言う。


『奴を撤退させた。今はそれだけでも十分な戦果だ。……我々は撤退して体勢を立て直す。次に奴と相まみえた時が、決戦になるぞ』


 彼が視線を向ける先、『フリーダム』の守る宙域では正規軍艦隊が後退を始めている。

 この緒戦は誰が勝利者となることもなく幕を閉じた。

 だが、戦争はまだ終わってなどいない。

 あるべき終着点へと辿り着くため、男は脳内に描き出した戦略図を修正するのであった。


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