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第64話「人は獣でも、神でもない」

 双剣が閃光を描いて舞い踊る。メーヴの【ノヴァ・ジェミニ】が左右の手に装備した剣を自在に操り、まるで舞踊のような美しくも致命的な剣戟を繰り広げる。そして、その背後にもう一機の【ジェミニ】が控えていた。


 二機で一組の双子の【ノヴァ】。メーヴが操縦する機体の死角を、AI制御のもう一機が完璧にカバーする。


 狙われるのは得物のボウガンを構えた【ノヴァ・サジタリウス】。

 航は精密射撃で双剣の軌道を読み切ろうとするが、AI機の支援射撃が的確に狙撃を阻む。


『やらせはしない! 正規軍の横暴から同胞たちを解放するのは、我々だ!』


 メーヴの声には強い意志が込められていた。彼女の背後に控える【アリーズ】部隊が一斉に動き出し、完璧な連携でセラたちを包囲する。


「妙やな……動きが機械的すぎるで」


 かなめの【キャンサー】が腕部の巨大な鋏を振り回しながら呟く。敵の【アリーズ】たちは人間らしい迷いや癖が一切なく、まるで計算され尽くした動きを見せていた。


「これは……!」


 セラが驚愕の声を上げる。【アリーズ】部隊は寸分の狂いもない支援射撃を浴びせかけてきた。人間のパイロットなら恐怖や焦りで判断を誤るはずの状況でも、彼らは冷静に最適解を選択し続ける。


「まさか……AI制御か!?」


 セラの推測にメーヴが誇らしげに応える。


『そうだ! 【ノヴァ・ジェミニ】に実装したハッブルの技術力を舐めるな! 無人機部隊なら兵士を危険に晒すこともない!』


 AI制御の【アリーズ】たちは容赦ない攻撃を仕掛けてくる。感情に左右されることなく、純粋に戦闘効率だけを追求する機械の軍団。


「くそっ! 読みが効かへん!」


 かなめの【キャンサー】が苦戦している。人間相手なら癖や傾向を読んで先手を打てるが、AIは常に合理的な判断しか下さない。クローでの攻撃を仕掛けても、完璧な回避機動で躱される。


「こっちも厳しい!」


 航の【サジタリウス】はメーヴの【ジェミニ】との一騎討ちに加え、AI制御のもう一機からの精密な支援攻撃に晒されていた。メーヴが双剣で前面から襲いかかる瞬間、AI機が側面から射撃を浴びせ、航の回避行動を封じる。完璧な連携攻撃だった。


「この調子じゃ『フリーダム』に辿り着けない……!」


 セラも複数の敵機に囲まれ、劣勢を余儀なくされていた。


「メーヴさん! 話を聞いてくれ!」


 航が剣戟の合間に必死に呼びかける。メーヴの双剣が流麗な弧を描いて【サジタリウス】に迫り、AI機がその隙を縫って射撃を放つ。


「今は人類同士で戦っている場合じゃない! 『パラサイト』に寄生されたあなたなら分かるでしょう!? 人間が分裂している隙に、奴らはさらに侵食を進めているんだ!」


『黙れ! 正規軍こそが人類の敵だ! 民間人を虐殺し、自由を奪う独裁者ども!』


 メーヴは聞く耳を持たない。彼女の双剣が華麗な剣舞を演じて【サジタリウス】を追い詰める中、AI制御のもう一機の【ジェミニ】が絶妙なタイミングで支援攻撃を仕掛けてくる。二機一組の連携は、まさに双子のように息が合っていた。


「このままじゃ埒があかんで!」


 かなめが叫ぶ。三機掛かりで襲いかかってくる【アリーズ】を相手に、機体は損傷を重ねていた。


「くそっ! 奴らに隙はないのか……!?」


 セラの率いるモンゴメリー隊も苦戦を強いられていた。AI制御の【アリーズ】は人間の【アリーズ】と同型機でありながら、その性能を限界まで引き出している。無駄な動作が一切なく、常に最適な角度からビームライフルを放ってくる。


「隊長! 三番機、左翼部に被弾!」

「こちら五番機、推進器に損傷! 速度が出ません!」


 モンゴメリー隊の仲間たちから次々と被害報告が入る。人間のパイロットなら疲労や焦りで精度が落ちるはずだが、AIは一切の衰えを見せない。むしろ戦闘データを蓄積し、より効率的な攻撃パターンを編み出しているようだった。

 その時、機体センサーが『フリーダム』からの高熱源反応を検知する。


「『エクスカリバー』のチャージが進んでいる! あれをまた撃たせるわけには……!」


 モンゴメリー隊の一人が警告するが、AI部隊の壁は厚い。まるで要塞のように『フリーダム』を守る無人機の軍団。


「メーヴさん、あなたの正義感は理解できる!」


 航が銃剣を交えながら叫ぶ。


「だけど、そのために『エクスカリバー』を撃つのは間違ってる! あの兵器がどれだけの数の命を奪うのか、知らないわけがないだろう!?」


『それが何だというのだ! 正規軍が今まで奪った命はどうなる!?』


 メーヴの怒りは収まらない。AI制御の【アリーズ】たちが更なる包囲網を敷く中、戦況は膠着状態に陥った。


「お願いだ、メーヴさん!」


 航が最後の呼びかけを行う。


「人は過ちを犯す! 正規軍も、CFAも、そしておれたちも……! だからこそ、その過ちを正すために手を取り合わなければならないんだ! 憎しみの連鎖を断ち切らなければ、本能のままに敵を貪る『蠕動者』と同じになってしまうよ!」


 航の言葉に、メーヴの動きが一瞬止まった。


『「蠕動者」と、同じ……』


 感情を持たず、ただ破壊だけを追求する機械の軍団。それは確かに、人の心を蝕む『蠕動者』と似た恐ろしさを持っていた。


『メーヴはん……』


 かなめが呟く。


『ボクらは……ボクらは人間や。間違いも犯すし、迷いもする。でもな、その人間らしさが、ボクらに前に進む力を与えてくれるんや』


 幼いながらも芯のあるかなめの声が戦場に響く。

 その最中、『フリーダム』から再び巨大なエネルギー反応が検出された。


「『エクスカリバー』第二射、発射予想時刻まであと三分!」


 モンゴメリー隊からの報告に、全員の顔が青ざめた。

 メーヴの【ジェミニ】が剣を下ろし、震え声で呟く。同時に、AI制御のもう一機も動きを止めた。


『私は……私は何をしているのだ……』

『メーヴさん!』


 航が呼びかけると、彼女は顔を上げた。

 寄生の後遺症で赤く染まった右眼を眇め、彼女は声をわななかせる。


『すまない……私は間違っていた。君たちと戦うべきではなかった』


 双子の【ジェミニ】が戦闘態勢を解除すると、周囲のAI【アリーズ】部隊も一時的に動きを止めた。

 その隙を突いて、航の【サジタリウス】が『フリーダム』に銃口を向ける。


「今だ!」


 青年の黒い目が『フリーダム』の砲塔部分を捉える。『エクスカリバー』の充電器構が露出している一瞬の隙を狙い、航が引き金を引いた。


「いけええええええええええええええッ!!」


 放たれる極太のガンマ線レーザー。

 一筋の光線が宇宙を切り裂き、『フリーダム』の主砲塔を直撃する。

 瞬間――巨大な爆発と共に、「エクスカリバー」の砲身が宙に舞った。


「よくやってくれた、航!」


 セラが歓声を上げる中、メーヴもその最後を見届け、静かに呟く。


『これで……これでよかったのだ。私たちが人であるためには……』


 彼女の言葉に、航は頷いた。


「ああ。でも、これで終わりじゃない。本当の戦いは、これからだ」


 しかし、喜びも束の間だった。レーダーに新たな反応が現れる。


「敵艦隊接近! 『CFA』所属と思われる巡洋艦三隻!」


 モンゴメリー隊の一人が報告する。『フリーダム』の救援に駆けつけたのか、それとも別の目的があるのか。いずれにせよ、メーヴたちとの戦いで消耗した今の状態では分が悪い。


「どうするんや、艦長! 機体の損傷が激しすぎるで……!」


 かなめの【キャンサー】は装甲に無数の傷を負い、セラのモンゴメリー隊も半数近くが戦闘継続困難な状態だった。航の【サジタリウス】もガンマ線レーザーを撃った反動で負荷がかかっている。


「――撤退しよう」


 航が苦渋の決断を下す。


「今の状態じゃ、新手の敵と戦うのは無謀だ」

『すまない……私のせいで……』


 メーヴが申し訳なさそうに呟くが、航は首を振った。


「いいんだ。あなたも一緒に来てもらえますか、メーヴさん」

『ああ……人は獣でも、神でもない。人が人らしくあるために、私はハッブル艦長を止める』


 かくして、航たちは新たな戦いへ向けて一時撤退を開始した。

「エクスカリバー」の破壊は成功したが、戦いはまだ終わっていない。

 CFA艦隊の影が、彼らの後を追うように迫ってきていた。


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