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第17話「ブレイクスルーからの第一歩」

「いや、いきなり大きく出すぎだろ!」


 サイトの告知に目を通しながら源二が声を上げる。


「何言ってんだ、このイベント、企業だけじゃなくて一般市民もかなり来るんだぞ、ここでお前の料理をプロモーションすれば絶対店が開いたときの初動はすごくなる」

「そうかなぁ……」


 半信半疑の源二。確かにここでのプロモーション活動は無意味だとは断言できないが、それでもイベントに対して期待が持てないのは何故なのか。


「いや、まぁフードプリンタの展示会イベントってのは分かるぞ? フードプリンタだから当然試食もあるしそれ目当てに一般人が来るってことだろ? だがそううまくいくか……?」

「そこはほらお前が開発してる秘密兵器で」


 なんとかなるなる、とヨシロウが自信たっぷりに言う。


「多くの客に味覚投影オフ料理を体験してもらうにはぴったりのイベントだぞ。店でいきなり『味覚投影オフにしろ』というよりはハードルは下がるし、これがきっかけで店の常連になる可能性もある」

「そうかなぁ……」


 料理に関しては自信満々のはずの源二が妙に不安そうである。

 源二としても味覚投影オフは他の店との差別化ができてもそれは食べてみるまで分からない、という弱点を理解していたところだ。それに対しては「匂い」という分かりやすい客寄せ手段を使うつもりだったが。


「なんだよ、やけに落ち込んでるじゃねえか。調合ミスったか?」


 いつになく消極的な源二に、ヨシロウがこれは何かあったなとばかりに質問する。

 まあな、と頷き、源二は皿に乗せた料理のかけらをヨシロウに差し出した。


「匂い、嗅いでみろ」

「え、普通に焼き魚の切り身じゃ——!?」


 皿を受け取った瞬間、ヨシロウは思わずそれをテーブルに戻した。


「くっさ!」

「……流石に調味用添加物だけじゃ匂いの再現は難しかったぜ……」


 やや気落ちしながらも皿を回収する源二に、ヨシロウは「こいつでも苦労することあるんだ……」とふと考えてしまう。

 それはそうとして、匂いといえばヨシロウには少しだけ心当たりがあった。

 棚に歩み寄り、中から小さな瓶をいくつか取り出す。


「匂いって、結局フレーバーなんだろ? こういうのがあるが、何かの役に立たないか?」

「ん?」


 ヨシロウから瓶を受け取り、源二が不思議そうにそれを見る。


「なんだこれ」

「ウォーターフレーバー。水に香りだけ付けるフレーバーリキッドだ」


 水だけだと味気ないから香りづけして気分を変えたりしてる、とヨシロウが説明すると、源二はふむふむと頷きながら瓶のふたを開けて匂いを嗅いだ。


「……やばい」


 匂いを嗅いだ瞬間、源二が呆然と呟く。


「……これはバニラ、こっちはリンゴ……。なんでこんなに揃ってんだよ」

「え、だって色々あると面白いだろうが」


 源二に言われ、ヨシロウが頭を掻く。

 取り出したウォーターフレーバーは十本ほどあった。

 単純に気分で様々な香りの水を楽しみたいだけであったが、普通はこんなもの一つか二つあれば十分である。それなのにこんなに集めているなんて、と源二は内心、呆れてしまっていた。


 じっ……と源二がヨシロウの顔を見る。


「う……」


 源二の視線が何故か痛く、ヨシロウが目を逸らす。

 分かっている。源二が何を言いたいのかはよく分かる。


「……なんだよ、調味用添加物は全種類買っただろうが」

「ウォーターフレーバー十本も買った人間がよく『一つか二つでいい』って言ったよな」

「……サーセン」


 ここは素直に謝る。下手に源二の機嫌を損ねて「もう試食させない」とは言われたくない。

 しかし、そんなヨシロウとは裏腹に、源二は面白そうに瓶を眺めていた。


「単体でしか使えないものもあるが、いくつかは組み合わせ出来そうだな。まぁ料理に強烈な匂いを付けると近所迷惑にもなるからこれくらいでちょうどいいだろ」

「……使える?」


 恐る恐るヨシロウが尋ねる。

 ああ、と源二が力強く頷いた。


「これをうまく使えばアレとか再現できそうだな。ありがとうヨシロウ、何とかなりそうだ」

「マジか」


 何かのヒントになれば、と思って出したウォーターフレーバーだが、どうやら源二にとっては渡りに船だったようだ。


「よし、これなら匂いで客引き作戦もできそうだし、イベントでうまく使えばオープン前に固定客を掴めるかもしれない」

「そこまで」


 先ほどまでの消極的な態度とは一転、源二はイベント参加に対して意欲を見せ始めていた。


「ヨシロウ、このイベントにどうやって参加するんだ?」


 改めて展示会イベントのサイトを眺め、源二が尋ねる。


「見たところ、フードプリンタメーカーの展示会だろ? 作り手が参加する余地なんて——」

「そこは俺に任せろ。主催にちょーっと心当たりがあってな」


 源二と会話しつつも、ヨシロウは展示会イベントについてより詳細に調べ上げていた。

 主催や協賛、参加企業のプロフィールなど普段のハッキングに比べれば会話の片手間にできてしまう。これも全てBMSの処理能力のおかげ、BMSのおかげでヨシロウは時間を有効に使うことができた。


 ほい、とヨシロウが再度指を弾くと源二に主催企業の詳細が表示される。


「この企業は俺を門前払いできないからな。話を聞いてもらうくらいはできる」

「ヨシロウ、あんた本当にヤバい人間だな」


 裏社会の人間怖い、と冗談めかして呟きながら源二が笑う。


「じゃあ、交渉は任せた。とはいえ俺の力も必要だろうから俺も行くよ」

「ああ、お前の料理で社長を黙らせてやれ」


 自然と、二人の手が挙がる。

 空中でぱん、と手のひらを合わせた二人はそのまま互いの手を取り、しっかりと握りあった。


「やるぞゲンジ」

「ああ、あんたやニンベン屋の期待には応えないとな」


 それなら俺は準備する、と源二は調理台の隅に置かれているフードプリンタに視線を投げた。



◆◇◆  ◆◇◆



 調味用添加物の時と同じように、ウォーターフレーバーを小皿に一滴ずつ垂らし、源二は丁寧にそれぞれの匂いと味を確認した。

 流石フレーバーとあって、水などに余計な味が付かないようにと付いているのは香りだけで味はしない。ただ、一滴でもそれなりの量の水に香りづけできるよう原液はかなり強めの香りがしていた。


「……なるほど」


 新しくスプレッドシートを用意し、香りのデータベースを作る。

 調味用添加物ほど種類もなく、データベース自体はあっという間に完成し、源二はふむ、と呟いた。


「……展示会イベント、ねえ」


 データベースを眺めながら、源二が独り言ちる。

 確かに元の時代でも様々な機械やサービスの展示会というイベントは頻繁に行われていた。


 こういったイベントは企業が自社製品をメディアや一般市民にアピールするものだからかなり派手に行われるのは知っている。


 もし、まだ開催しているならあの大規模ゲームイベントとか行ってみたいな、と思いつつ、源二はフードプリンタを起動し、添加物投入口に調合した調味用添加物に一滴だけウォーターフレーバーを混ぜたものを投入した。

 まずは単体で利用してみて、うまくいくようなら混合したものを。


 そう思っているうちにピリッとした香りが台所に漂い、料理が形を作っていく。

 フードプリンタに登録されていないものでも別々に作って組み合わせれば再現できる。


「……もし参加できるなら、あっと言わせてやるよ」


 フードプリンタの展示会がどのような規模で、どのような来場者が来るかは全く分からないが、交渉次第では様々なメーカーのプリンタのPRにもつながるはず。源二にとってもメーカーにとってもメリットしかない話だと考える。来場者は新型のフードプリンタに興味を持って来るはずだし、その上で源二の新しい料理も体験できればイベント参加の満足度も高まるはずだ。


——まだヨシロウとニンベン屋の驚いた顔しか見ていないが、その顔をもっと増やしてやる。


 イベントも必ず成功させてやる、と心に誓い、源二はフードプリンタが料理を出力していく様を見守っていた。

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