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第36話「歴史がつないだ希望」

「ゲーム?」


 突然、ヨシロウの口から出たその言葉に源二が首をかしげる。


「ほら、お前って古のオタクギーク文化の話を時々するし、息抜きに一人遊びソリティアとかやってるからゲームとか好きそうだしさ」

「それがなんで客相手にゲームに」


 自分の暇つぶしと客相手のゲームが結びつかず、源二はヨシロウの顔をまじまじと見た。

 実際、源二は完全に料理一筋という人間ではない。レストランで修行していた頃もスマートフォンでゲームをしていたら「そんなことをしている暇があるならもっと技術を磨け」と言われたこともある。


 源二としては「一つのことにのめり込みすぎたらそれを失った際に虚無になる」という思いがあったので興味は手広く、と料理以外にも色々手を出していた。学生時代からそうだったのでアニメやゲームといったサブカル文化もそこそこ知見があるしそれが料理のヒントにもなったことがある。

 だが、「客相手にゲーム」はどういうことだ、と源二は考え込んだ。


——いや、待てよ。


 ふと、一つの可能性に思い当たる。

 今までは既存客の離脱防止と新規顧客の開拓、という観念でメニューを打ち立てていたりしたが、最近はそれもマンネリ化していないかと懸念していたところである。

 つまり、ヨシロウの言う「ゲーム」とは。


「……客相手にゲームを仕掛けて、クリアした客に新メニューを食わせるってことか」

「そういうこと」


 なるほどね、と源二が頷く。

 同時に、ヨシロウの意図もなんとなく分かった。


「ゲームをプレイしてもらうことで『食事処 げん』のPRも兼ねる、ということか。本当に食べたい客ならゲームをプレイしてくれるだろうし、今までみたいに待っていれば増えるメニューでもない。遊び心もあるし、試してみる価値はあるな」


 ただ食べてもらうだけではない。「食事処 げん」からの挑戦を受け取った客が挑戦を乗り越えた先に新しい味を体験する——それは考えただけでわくわくする。

 ヨシロウの提案に源二は完全に食いついていた。


「どういうゲームにする?」


 善は急げとばかりに源二がヨシロウに尋ねる。

 そうだな、と呟いたヨシロウは少し考え、口を開いた。


「あまりにも難しいゲームだと食べられる奴が限られる。俺としては宝探しができるといいなと思う」

「宝探し」


 源二が繰り返すと、ヨシロウもああ、宝探しだと頷いた。


「例えば、キーワードを隠していて、そのキーワードを言った奴だけが食べられる、みたいな」

「いいなそれ。ワクワクする」


 元の時代にいた時もSNSで謎解きや宝探しの投稿を見かけたことがある。パズル作家による日替わりの謎解きなど、見ているだけで楽しかったのだ。難易度が高すぎると逆に離脱されるが、大抵は少し考えればぎりぎり解ける難易度で出題されているため源二も気づけば時間を溶かしていたことすらある。

 そこまでの難易度にすることはなくても、キーワードを見つけたら秘密のメニューが食べられる、というのはリスクとリターンがうまく噛み合えばとても気持ちのいいものになる。


 よし、と源二は両手を合わせた。


「今度の新メニューは合言葉を言ったら食べられるようにしよう」

「じゃあ、合言葉は何にする?」


 話がまとまればあとは詳細を詰めていくだけ。

 ヨシロウの問いに、源二は目を閉じた。

 合言葉——折角なら、遊び心のあるものがいい。

 できればこの時代の人間には馴染みはなくとも源二ならすぐ分かるもの。

 そう考えていると、なぜかこの時代に転がり込んできた直後のことを思い出した。


 ホロサイネージが煌めき、空飛ぶ車が往来するトーキョー・ギンザ・シティを初めて見た時感じたことを思い出す。

 それはまるで有名なサイバーパンク映画のような——。


「『四つくれGive me four.』」

「ん?」


 突然、源二の口からこぼれた言葉をヨシロウは聞き返した。

 ありきたりの言葉のようで、そう簡単に使うフレーズでもない。

 どういうことだ、とヨシロウが源二に視線を投げると、源二はにやり、と笑って言葉を続けた。


「客は『四つくれGive me four.』と言う。俺はそれに対して『二つで十分ですよ』と言う。それに対して『「いやNo四つだ。four.二と Two,二でtwo,四つだfour.」』と言えればクリアだ」

「なるほど、一つのフレーズにせず会話を成立させるタイプの合言葉か」


 それならうっかり合言葉を口にしてしまっても会話を成立させることができずにクリアにならない。

 二つの言葉なら別々に隠したところで探す手間もそうかからないだろう。


「じゃあ、決まりだな。『げん』のサイトに隠しておけばいいだろ」

「そうだな。下手にネットに放流するよりはサイト内に隠しておいて見つけ出せればご褒美、は古のサイトあるあるだ」


 そういえばインターネット黎明期の個人サイトってそんな感じだったよなあ、と源二は口にせず呟く。

 一九九〇年代後半から二〇〇〇年代前半の話をしたところでヨシロウには分かるはずがないし、今言った「古のサイトあるある」も理解できていないはず。

 また昔のこと話してるよ程度に思われればいいが、あまり昔のことを言いすぎるとそれはそれで老害と言われても仕方ない。


 それでも、ヨシロウが「サイトに隠しておけばいい」と言ったということはこの時代でもそういった遊び心はまだ残っているということなのか。


「古のサイトって、通信ネットワークが『インターネット』と呼ばれていた時代のものだろ。ネットワークの歴史は授業で聞いたから少しだけ知ってる」


 さてと、「げん」のどこにキーワードを仕込みますかね、と呟きながらヨシロウが源二に話しかける。


「インターネットのこと、分かるのか?」

「いーや、そんなネットワークがあったってことだけ。今の通信ネットワークの先駆けだし、宣伝用のサイトも形は違えどインターネットが普及し始めたころからあったものの進化系だしな」


 そう言いながら、ヨシロウはブラウザを開いてとあるサイトを呼び出した。


「これを見てみろ」


 開いたページを、ヨシロウは源二にスワイプして転送する。

 それを開き——源二は目を見開いた。


「これは——!」


 それはとある俳優が出演情報などを告知するために作られていたサイトだった。

 左右に分割されたウィンドウ、俳優の顔写真、背景には俳優の名前がタイリングされている。

 このサイトに源二は見覚えがあった。

 見覚えがあるどころではない、これは——。


「なんでこのサイトがこの時代に残ってるんだ!?」


 源二が思わず声を上げる。

 この俳優は源二が元いた時代に活動していた人物だ。日本人離れした顔つきゆえに邦画でも古代の異邦人役として抜擢されたくらいである。

 今のこの時代を考えると没して何百年と経過しているはずなのに、サイトだけはしっかり残っている。


 どういうことだ、と源二がヨシロウを見ると、ヨシロウはわざとらしく肩をすくめて見せた。


「これ、ネットワークの歴史の授業で見させられるやつ。マスタデータは消失しているらしいが、有志が保存していたものが何世代ものサーバを渡り歩いて今も残っているということらしい」


 まぁ、見ようと思ったらエミュレーターが必要なんだが、と言いつつもヨシロウは視界に映り込む俳優の顔写真を眺めていた。


「構造的に、初期のHTMLサイト構築コードを使ってるみたいだが、ゲンジの時代だよな、このコードって」

「あー……厳密にはこれより少しバージョンアップしたやつだがな」


 そう言いながらも源氏も俳優の顔写真を眺めている。


「うわあ、久々に見たよこの人……」

「有名人なのか?」

「ってか、ぶっちゃけ、ファン」


 まさか、この時代で知っている人間の顔を見ることになるなんて、と源二は目頭が熱くなったような錯覚を覚えた。

 未来に転がり込んで、知っている人とはもう会えない、そんな覚悟をしていたのに知っている人間の顔を見ることができるのはどれほど心強いことか。


 時代的にもう没しているとはいえ、それでも源二はこの写真で自分が完全に異世界ではなく元いた時代とつながっている未来にいることを実感した。


——もしかすると、いつかは。


 戻りたいと思っていない、と言えば嘘になる。心のどこかで戻りたい、と思うことはある。

 両親に「未来の世界で夢を叶えた」と誇りたい気持ちもある。


——それなら、今の俺にできることは。


 合言葉を成功させて、多くの人に俺の料理を楽しんでもらう、そう、源二は改めて思った。

 希望は見えたかもしれないが、それはあまりにも細く、脆い糸だ。その糸がいくら引っ張っても切れないロープになるまでは引っ張ってはいけない。


「ところでゲンジ?」


 この時代で頑張る、と改めて気合を入れている源二にヨシロウが声をかける。


「お前、『四つくれGive me four.』を合言葉にって言ってたが、何か元ネタがあるのか?」


 ヨシロウの質問に、源二はああ、と力強く答えた。


「俺が昔観た映画のワンシーンなんだ。主人公が料理を注文する、店主が『二つで十分ですよ』と答えるが主人公はそれでも四つ要求する——な」

「へえ」


 源二が観たということは相当な古典映画だろうが、それでも印象に残っているシーンの台詞を合言葉にするとはなかなか粋である。

 そう、ヨシロウが感心していると、源二は苦笑して窓の外を見た。

 ホロサイネージや3Dホログラム広告が揺らめく夜の街。


「——ここみたいな世界を描いた映画だったんだ」


 ぽつり、と源二が呟く。


「俺がここに来た時はそんなことを考える余裕もなかったが、今思えばあの映画の街並みみたいなんだよな。あの映画が想像した未来が、実現してるんだなって」

「ゲンジ……」


 源二の言葉があまりにも寂しそうで、ヨシロウが思わず源二の名を呼ぶ。

 やっぱりゲンジは元の時代に戻りたいんだろうか、そんなことを考えていると源二は首を振ってにっこりと笑う。


「ま、戻りたいっちゃ戻りたいがそれでも『食事処 げん』の運営も楽しいからな! まだまだ帰ったりしないよ」


 じゃ、合言葉の準備よろしく! とテーブルにあった丼を手に取り、源二は意気揚々とキッチンへと戻っていった。

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