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第23話 ハウロンのおもてなし


 夕暮れの村は、柔らかな陽光に包まれていた。


 ハウロンは、村の広場の一角でマチルダを招待する準備を進めていた。


 彼の大きな手は不器用ながらも丁寧に、木製のテーブルに布を敷き、簡素な料理を並べていく。


「これでよし、と……」


 ハウロンは手の甲で汗を拭いながら呟いた。


 彼は自分がマチルダに怖がられていることを知っている。


 ミノタウロス族が彼女の心に刻み込んだ深い傷。


 同族である自分が、彼女の瞳にどう映っているかはわかっている。


 だが、それでも彼女の心に届きたいという思いがあった。


 その時、少し離れた木陰からマチルダが姿を現した。


 彼女の歩みはためらいがちで、視線はハウロンと地面の間を行き来している。


「よう、来てくれたな」


 ハウロンは笑顔で迎えた。


 その笑顔はどこかぎこちなかったが、真摯な気持ちが伝わってくる。


「……ええ」


 マチルダはそっけなく答えたが、ハウロンの努力を無下にするのも気が引けたのか、椅子に腰掛けた。


 テーブルには村で採れた野菜を使った温かいスープ、焼きたてのパン、それに果物が並べられていた。


 決して豪華ではないが、どれも心のこもった料理だった。


「ほら、まずはこれを飲んでみな。村の特産品で作ったスープだ。ちょっとしょっぱいかもしれないけど、疲れた体には効くぞ」


 彼は自信ありげにスープを勧めた。


 マチルダは小さく頷き、スプーンを手に取った。


 警戒心を完全に拭えたわけではないが、その湯気の立つスープの香りにはどこか懐かしさを覚えた。


 口に含むと、塩気の中に優しい甘みが広がる。


「……美味しい」


 ぽつりと漏らしたその言葉に、ハウロンの表情がぱっと明るくなった。


「そうか、それは良かった! 実はこれ、俺が作ったんだ。料理なんてあんまり得意じゃないけどな、頑張ってみた」


「あなたが……?」


 マチルダは驚いたようにハウロンを見た。


 大柄で荒々しい印象しかなかった彼が、自分のためにこんなことをするとは想像もしていなかったのだ。


 ハウロンは恥ずかしそうに頭を掻いた。


「まあ、俺たち魔獣も飯くらい作れるさ。お前に喜んでもらいたかっただけだよ」


 その言葉に、マチルダの心に少しずつ変化が生じていった。


 ハウロンがただの荒々しい魔獣ではなく、彼なりに誠実で、思いやりのある存在だということが伝わってきたのだ。


 彼女はスープを飲み干し、パンを少し口に運んだ。


 ハウロンはそれを見て満足げに笑いながら、果物の籠を差し出した。


「これも食べてみろよ。うちの村じゃ一番甘い果物だ。種は気をつけるんだぞ、歯に詰まるからな」


 マチルダはふっと小さく笑った。


 彼の不器用な親切心に、ようやく心がほぐれていくのを感じた。


「ありがとう。あなたのこと、少し怖いと思っていたけれど……」


 マチルダは言葉を途切れさせた。しかし、ハウロンは優しく続けた。


「怖くてもいいさ。俺達は違う種族だ。それをいきなり全て受け入れるのは無理な話だ。でも、こうやって少しずつわかり合えたら、それで十分だ」


 その言葉に、マチルダは思わず目を伏せた。


 ハウロンの言うことが、どこか自分に刺さるように感じたのだ。


 彼の優しさを感じながらも、心の奥底にはまだミノタウロスへの恐怖が残っている。


 それを克服できるのか、彼女自身にも答えはなかった。


 夕陽が沈み始め、空は紫色に染まっていった。


 ハウロンは彼女が最後まで食べ終えるのを見届け、立ち上がった。


「今日はこれくらいにしておくか。また明日、話そう。ゆっくりでいい。お前がどう思ってるか、いつか全部聞かせてくれればそれでいい」


 マチルダは小さく頷き、立ち上がった。


「ありがとう、ハウロン……」


 その声は、ほんの少し柔らかさを帯びていた。


 ハウロンはそれを聞き逃さなかった。


 彼女が村の宿舎へと戻っていく後ろ姿を見送りながら、彼は静かに呟いた。


「・・・・きっとわかり合えるさ。少しずつ、な。」


 彼はそう自分に言い聞かせるように呟いた。


 だが、この穏やかな時間が長く続かないことを、彼はまだ知らなかった....。

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