夜は深まり、冷たい風が村の隅々まで吹き抜けていた。
どこか不気味な静けさの中で、一人の男がもがき苦しみながら暗い路地を這っていた。
「やめろォ....。俺の頭の中に入ってくるなァ!!!」
もがき苦しんでいる、その男の名はギルバート....。
片手には怪しく、そして禍々しい赤い光を放つ物質が握られていた。
"怒の魂"は、さらに輝きを強める。
男の眼の色が変貌する。
その目には、何とも形容しがたい微笑と共に底知れない狂気が宿っていた。
「さあ、“怒の魂”よ。お前の力でこの村に埋もれた憎悪を掘り起こしてやる……」
男の声は低く、不気味な響きを帯びていた。
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夢の中でマチルダは見ていた。
幼い頃の記憶──燃え盛る街、逃げ惑う人々、そして彼女を襲う恐怖。
その中心にいたのは、巨大な角を持つミノタウロス族の戦士達。
彼らが家族を、友人を、すべてを奪っていったあの夜を。
「許せない……絶対に……」
マチルダは呻き声を上げながら目を覚ました。
額には汗が滲み、心臓は激しく鼓動している。
その時、不意に耳元で囁くような声が聞こえた。
「憎いだろう?ミノタウロスが……彼らが君から奪ったすべてを思い出すんだ。」
「誰……?」
マチルダは周囲を見渡したが、部屋には誰もいない。
ただ、その声だけが頭の中に直接響いてくる。
「復讐しろ。お前の中に眠る怒りを解放するんだ。それがお前の"正義"だ……」
その声と共に、マチルダの中で抑え込んでいた憎悪が膨れ上がっていく。
次第に彼女の瞳は赤い光を帯び、その表情は険しさを増していった。
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翌朝、村に悲鳴が響き渡った。
アストリアがその声を聞いて駆けつけると、広場の真ん中で倒れているハウロンの姿が目に飛び込んできた。
ハウロンの体は傷だらけで、特に胸部には深い切り傷が刻まれている。
周囲には血の跡が散らばり、村人たちは恐怖に震えていた。
「ハウロン!大丈夫か!?」
アストリアが必死に声をかけるが、ハウロンはかすかなうめき声を上げるだけだった。
「……誰が……?」
アストリアは村人達の困惑した顔を見渡した。
誰もが怯え、口を閉ざしている。
その沈黙が、かえって真実を隠しているようで胸が痛んだ。
そこに、村の女性の一人が震える声で言った。
「昨夜、あの女の子が……マチルダが、ハウロン様の家に向かうのを見たんです。でも、その後どうなったかは……。」
その言葉に、一同は凍りついた。
アストリアの胸には疑念と不安が渦巻く。
「私は、ただ、ハウロンさんの大事な手帳を家に届けてあげようと思って....。明日の早朝の会議にどうしてもそれが必要だと言ってたから....。」
マチルダは即座に否定する。
「それより、あれを見て!」
彼女の指差す方向、門のそばには残された小さな布切れが落ちていた。
あの時、謎の黒フードの男が着ていた服の一部だ。
それが冷たい朝露に濡れて、ぽつんと地面に落ちていた。
「やっぱり!ギルバートの奴ッ!!!!」
アストリアはその布切れを握りしめ、空を仰いだ。
その眼は憎しみに満ちている。
いつもの明朗快活なアストリアからは想像もつかない程の形相だ。
晴々とした秋空の奥にはクライアイスランドの険しい山々がどこまでも連なっていた.....。