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第17話

 宴が終わった次の日、神社は休日となった。

 突然楠葉が意識を失ったため、慣れないことに疲れたのだと親戚一同が判断し丸一日休暇を取らせる、という決定をしたのだ。

 とはいえずっと閉め続けると神社に足を運ぶ人々が減ってしまうので、明後日からは神社を開けることになっており、参拝やおみくじ、お守りの売店は開けることとなっている。ただ、お祓いだけにおいては楠葉しかできないため、そちらだけ3日間は楠葉のためにお休みとなり、ついでにその間に夫婦の時間を取ってもらって良き未来を楽しみにしよう、という企みも含めた休暇を設けることを決定した篠宮家。

 そんな企みが渦巻いていたことなどつゆ知らず、夫婦の部屋で寝かされた楠葉が目覚めた時に待っていたのは、鼻先がくっつきそうなほど目の前にいる貫という美しい顔を持った男のドアップであった。


「お前、一度自分の限界を知れ。もしくは限界にならんよう対策しろ」


 息がかかる距離で言い放たれた言葉に、楠葉はきゅっと唇を締めて固まった。

 目覚めてすぐ言い放たれた言葉は全く耳に入っていなかった。それよりも、目の毒とも言っていいほど美形すぎる貫の顔が視界を埋めていることに、異性に耐性のない楠葉は脳内がパンクしそうになっていた。心臓はもしかすると、一瞬爆発したのかもしれない、とも感じるほどの衝撃を受けていた、楠葉。

 しかし、そんな楠葉の心中など全くお構いなしに、貫は一旦顔の距離を話すと楠葉が寝ている布団の横にどっかりと偉そうな胡坐で座り、黒い瞳で楠葉を見据えた。その様子はどこか怒っている様子があり、何故そんなに不機嫌なのかというのもわからず楠葉は混乱するが、貫は仏頂面のまま言葉を続けた。


「宴のことでわかった。オレはこの金色の糸がある限り、お前を無意識に助けてしまうし、他の奴らがお前にちょっかい出してんの見てっと怒りが止まらねぇ。認めたくねぇが、もうこりゃダメだ。認めざるを得ない。妖怪化するまで暴走する羽目になるってことは、今のオレはお前を独占したいし誰にも渡したくないという欲が芽生えてるってこった。例え今のオレたちが愛し合っていなくとも、運命力が強すぎてオレの行動が自然にお前の夫として最善の動きになっちまう。腹立つことにオレはこれを自分で制御できねぇ。まぁ、妖怪っつーもんは欲のままに生きてきていたからそもそも抑制しようと思ったことねぇから、それを思うと当たり前なんだがな。オレにとって予想外なのは、まさかここまで金色の糸の運命力が強いってことだ」


 言葉尻でそっぽを向いた貫は不満そうに「はー、本当めんどくせぇ」とぶつくさ零し、楠葉に視線を戻す。

 一方で楠葉はひとまず貫の言いたいことは飲み込めたものの、自分自身対策を見つけられていないことからどう答えるべきかわからず、とりあえず起き上がってみたものの、数度瞬きを返してじぃっと貫を見つめることしかできなかった。

 そんな楠葉の様子を見て、貫は「あ、そーだ、この手があるじゃねぇか」と納得したように手を叩くと、左手を楠葉に向かって差し出した。


「最初の対策としてまずは指輪を取ろうぜ。これがあるからお前はむやみやたらに能力を使っちまうんだ」


 どうだ、どう考えてもいいアイデアだろう


 そう言わんばかりのどや顔で鼻を高くする貫に、楠葉は流石にその思惑だけは瞬時に察して返事をした。


「それって言霊を使ってほしくないって事よね」

「出来れば一生使わんでほしい」


 食い気味の真顔で言い切った貫に、楠葉は首をゆっくりと横に振った。


「それは無理ね」

「なんでだよ。糸がある限りオレはお前を無条件で守るのはわかっただろ?じゃあそれと引き換えにオレを好き勝手にさせてくれたらそれでお前は倒れないし、お互い良い事づくしで万事解決だろう」

「妖怪に神社の周りで好き勝手にされたら巫女として名折れでしょうが。それは絶対に認めないわ」

「チッ。だから正義感のある巫女はめんどくせぇんだよ」


 大げさに舌打ちをしてそっぽを向き胡坐の上に頬杖をつく貫。

 しかし、自分の限界を知るために力を使うタイミングを制限しなければならないということは最もな言い分であった。

 何より、こんな頻度で倒れていれば本業であるお祓いが全くできない。

 もし、宴の時のような黒い糸が現れた時に対処できないとあれば、楠葉が人生を捧げると覚悟した巫女としてのプライドが許さなかった。


「対策を探すために、神社の巫女像がある社に籠って、初代巫女の道具を使ってみるのはありかもしれないわ」

「初代巫女?……ああ!楠子のことか」

「一応篠宮家の家系では伝説の巫女だから、人前で呼び捨てするのはやめてよね?……まぁ、とりあえず、あんたが言うには私はその伝説の巫女様に似ているのでしょう?だから、ひいばあちゃんたちがどうしても触れなかったり扱い方がわからなかった道具も、私ならわかるかもしれないんじゃないかと思って。あんたに指輪を嵌めた時みたいに、咄嗟に言霊が浮かんだりするかもじゃない」

「なるほどな。確かに、道具を介すると力が分散されて限界までいかずに済む可能性は充分にあんのか。オレが力をバンバン使えるのも、なんだかんだ道具を媒体にしてるしな」


 そう言って貫は懐から顔程ある大きな葉っぱを取り出しひらひらと振る。

 変化の時に一度使った様子を見たことのある楠葉は、貫の言わんとしていることを理解し頷いた。


「じゃあ、やっぱり道具に頼るって方法は悪くないわね。ただ、問題は……1日2日で出来ることじゃないから、せめて扱いに慣れるまで一週間は神社に籠らせてほしいのよね。だけどそうなるとお祓いが出来なくなるし……うーん」

「なんだ、やっぱお前がいねぇと神社は成り立たねぇのか?」

「お守りや参拝については他の人の対応で大丈夫だけど、お祓いに関しては私しかできないわ。だって、糸を燃やしてるから」

「は!?あれ燃えんの!?」

「え、知らなかったの?」


 楠葉にとっては“黒い糸を燃やし浄化し、浄化により白い糸となったものを手繰り寄せ運を寄せる”というお祓い方法は当たり前になっていた為、妖怪である貫も知っているものとして話してしまっていたのだが、予想外の反応に楠葉は目を丸くした。


「知らねぇも何も、そもそも操れんのが可笑しいって言っただろ!マジか、それが出来る……てことは、オレもお前を食ったら出来るようになるのか?」

「物騒なこと言わないでよ」

「いや、だってよ。お前と接触するようになってから、ほれ」


 貫の言葉に楠葉が顔をしかめていると、貫は片手を上げて白い糸を一つ、摘んだ。

 それは楠葉にとってはいつでもできることだが、以前貫は、糸は空気のようなもので操れることがそもそもおかしいと話していたことを思い出し「え、なんで……!?」とその姿に驚愕した。


「いや、だからお前と接触するようになってからなんかこしょばいなーって思ったら、オレも掴めるようになってて……なんつーか、空中に漂ってる糸の感触がわかるようになったんだよな。まぁ常にじゃねぇし、摘めるのもこうして一本を一瞬つかめる程度だが」


 貫がそう言っている間に、貫が摘んでいたはずの色が貫の指が閉じた状態であるにもかかわらずするりとすり抜けて空へ漂う。その光景が、貫が糸を触れるのは楠葉ほどの力を持っていないと示していたので楠葉は納得した。


「あ」


 突如、貫が顔を上げ楠葉を凝視する。

 あまりにも突然だったので、楠葉は面食らいながらも、次の言葉を促すようにこてんと首を傾げる。

 すると数秒の間をおいて貫は「あー!あるじゃねぇか、いい手が!」と立ち上がった。


「えっと、何かいい案が、浮かんだ、の?」


 尋ねてみたものの、貫がにぃんまりと悪い笑顔を浮かべるものだから、楠葉はあまりいい予感がしなかった。

 そしてその悪い予感というものは、残念ながら当たるものだったらしい。


「オレがお前になればいいんだ。で、その前に」


 貫が、楠葉に覆いかぶさる。

 瞬きをした次の瞬間、楠葉は貫の手によって肩を抑え込むように布団に押し付けられていることに気づき、狼狽える。


「え、え?」

「お前を食う」


 言葉に対し楠葉が何か言葉を返す前に。

 その口は、貫の唇に塞がれた。



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