突然の状況に楠葉は硬直していたが、口内に侵入してきた温かいものにピリっと全身に震えを感じ、慌てて両手を突き出した。
「んっ……!」
しかし、そんなことなど予測済みだとばかりに貫が素早く楠葉の両手首を捕まえ、そのまま布団に押し付ける。
馬乗りになられた状態で両手も封じられ、さらに口も塞がれていては、楠葉に抵抗する術などなかった。
抵抗として口内に侵入してきた貫の舌を噛もうとするが、逆に舌で歯をなぞられながら無理矢理口をこじ開けられ、自分の舌を吸われた。
「……っ」
言葉にならない感覚がつま先からゾゾゾと走り、同時に抵抗する気力を奪われていく。
呼吸をしたいが、しっかりと口を塞がれて口内を貪られているため、視界もぼやけ始めていた。
貫の宣言通り、口内を食べられ、体の奥にある何かを吸われているような感覚に、段々と楠葉の意識は朧げになり、思考も麻痺し始めていた。
このままでは、自分が溶けてしまうのではないか、と楠葉が思った時だった。
「ぷはっ」
永遠と思われたその時間は、突如終わる。
貫は唇を離すと最後に楠葉の唇を食み、それにびくりと体を震わす楠葉の反応を見て満足そうに顔を離すと、楠葉の手も開放し、楠葉をにやにやと見下げながら唾液に光る唇を親指で軽く拭った。
「マジでお前美味いな」
不敵な笑みを浮かべ、恥じらう様子もなく今の行為に対する感想をはっきりと述べる貫。
それに対し、楠葉は赤面し、自由になった手で「もう!どいて!いいからどいて!」と体を起こして貫の胸板をべしべし叩いた。
恥ずかしさと、初めての経験で頭が沸騰しそうな楠葉は、自分でも何をしているのかわからずかなりの大混乱を起こしていた。その様子を貫は喉を鳴らして楽しそうに見て暫く叩かれるがままになっていたが「ま、今日はここまでで、また今度ってことで」と素直に楠葉の主張を受け入れることにし、布団の横へと移動して再び胡坐をかいた。
「今度なんてないから!」
「それにしては、まんざらでもなさそうだったが?」
「初めてでビックリしたの!急にあんなことされるなんて思わなかったし、しかも、あんな、あんな、し、舌、舌を……!」
「ああそっか。キス自体初めてつってたからディープキスも初か。いや、しっかりお前の唾液を味わうには一番てっとり早い方法だったからな。ある種の不可抗力だ。諦めろ」
「キャアア!もう!なんで!そんな!恥じらいもなく全部言えるの!!」
「別に夫婦なんだからいいじゃねぇか」
「だけど私たち愛しあってなんかいないでしょお!?そう言ったのはあんたじゃない!」
「んなこと言っても、夫婦なのは事実だろ。それに、なんだかんだ言ってて、実は気持ちよかったんじゃねーの?」
「そんなことないもん!」
「ほーう。にしては、急に抵抗がなくなったが?」
「それ、は……!」
「感じてたんだろ?」
「もうそれ以上何も言うなぁ!」
このまま会話を続けても、色々と経験不足な楠葉が貫の口車に勝てるわけなどない。
そう察した楠葉は叫ぶと共に、傍にあった枕を貫の顔面に向かって投げつけた。
しかし、いつの日か投げた時のように貫は指一本で顔面に向かってきた枕を空中で止め、その場に落とし、ニヤニヤとした不敵な笑みを崩さない。
「まぁ、そうカッカすんなって」
「こ、言霊使うわよ!」
「倒れてから目を覚まして間もねぇのにアホなことすんな。まぁ見てろ、今のオレの行動理由見せてやるから」
言いながら貫は立ち上がり、懐から大きな葉っぱを取り出すと頭の上にのせ、手を合わせた。
「見せてやるって何を――」
「
楠葉の言葉が終わる前に、貫が唱える。
次の瞬間、貫からボフンっと音を立てて黒い煙が巻き上がり、貫の姿を覆いつくす。
その様子は貫が登場した時に纏っていた黒い煙と非常に酷似しており、楠葉は口を開けたままその様子を凝視する。
すると、黒い煙がゆっくりと消えていき。
先ほど貫の居た場所には、巫女装束を着た女性が立っていた。
「え……!?」
その姿は、仕事へ行く前に何度も見た鏡の中の自分。
楠葉自身だった。