「え、え!?わ、私!?」
思わず自分の顔や髪をペタペタ触り、自分が自分でなくなっているのではないかと不安になった楠葉であったが、いつもの自分であることは間違いなさそうだった。
なら、もう1人自分がいるということだろうか?
それはそれで何だか恐ろしいような言葉に表せない感情を胸に渦巻かせながら、楠葉は再び貫の方を見た。
「ああ、入れ替わったりはしてねぇよ。オレが変化しただけだからな」
「私の姿から貫の声が出てるの気持ち悪い!」
楠葉の様子を見て貫が気を遣って言ってくれたのだが、それに対する感謝よりも先に思わず正直な感想が飛び出てしまった楠葉。
そんな正直者すぎる彼女に、楠葉の姿をした貫の眉間にしわが寄った。
「気持ち悪いはねぇだろ。わかりやすいようにオレの声のままで喋ったってのに」
「え、声まで私に変えられるの?そんなことまで出来るの!?」
「当たり前だ。オレを誰だと思ってんだ。これでも変化においてオレの右に出るものはいねーよ。見てろよ。えーと……あーあー、あー。ん゛んっ。ん、この辺か。ほら、こんな感じにね」
喉を抑えながら貫は発声し、最初は低かった声が少し裏返り、その後に楠葉そのものの声となる。
楠葉の声となったことをチェックし終えた貫は、腰に手を当てにこやかに笑う。最後に放った口調は、かなり楠葉に寄せたものであったため、楠葉は自分がもう1人動いているという事実に思わず布団から飛び出すように後ずさる。楠葉よりも少々男勝りな雰囲気で気の強そうなイメージが多少は残るものの、楠葉の目の前に、間違いなくもう1人楠葉がいる。その状態に「わぁ……これが、貫の変化……」と楠葉は呆気にとられながら零した。
「これで一週間ぐらいはお前と似た能力はある程度使えるだろ」
「え、私の能力まで使えるの!?」
「一時的だけどな。そのためにさっきお前を食ったんだ」
「食うって……!」
先ほどの濃厚なキスを思い出し、楠葉は真っ赤になって片手で口元を抑える。
「も、もうちょっと言い方ない!?」
「ああん?事実を言っただけだが?それ以外に言い方あるか?」
「もー!ていうか私の声でその口調はなんだか、こう、背中が、ぞぞぞってする!」
「それは我慢しろ。これでオレがお前の変わりになれんだからよ」
「私の変わりって……あ」
「お祓いはオレが引き受けてやる。その間にお前は自分の力の扱い方を知ってこい」
「ほ……本当に私と同じこと出来るの?」
「ああ、例えば、そうだな。お前は燃やすことで浄化するようだが、ハサミもあるだろ?」
「え、あ、うん」
「それ出せ」
「あ、えっと」
楠葉は慌てて鏡台の方へ行くと、その机の上に置いてあるペン立てから銀色のハサミを取り出した。
「これ。私が毎日手入れをして、祈ってる道具」
「ああ、お前の力がすでに込められているなら猶更やりやすいな」
貫は受け取ると「見とけ」と一言告げ、見上げた。
貫の頭の上には白い糸と黒い糸が数本漂っていた。その中の黒い方を貫は指でつまみ目の前まで引っ張ると、楠葉から受け取ったハサミの刃で挟んだ。
チョキン
どこか鈴の音を思わせるような音と共に黒い糸が切れ、フッと粒子となり離散した。
「わ、ぁ……出来てる」
「燃やす場合はオレも一緒に燃えるかもしんねぇから、暫くお祓いはこれで対応するってことにしといてくれ。そもそも燃やすのは大量の糸が発生した時だけだろ?」
「え、あ、うん。そうだけど……そもそもだけどさ。私、あんたにお祓いの仕方を教えたことあったっけ?なんで知ってんの?」
「お前を食ったから」
「え、記憶まで知れるの!?」
「まぁ、全部じゃねぇけど。能力の部分だけを的に絞って食ったからわかるって感じだとでも思ってくれ。オレも妖怪としては特別な方なんだ」
「へ、へぇ……なんか、色々と凄いのね」
「ま、オレ様が凄いのは否定しねぇな」
偉そうに腕を組み鼻を高くして威張る貫。
それが楠葉の姿であるため、楠葉は少々複雑な気持ちであったが、自分の変わりに仕事をしてくれる存在というものが今までいなかったこともあり、とても心強い温かみを胸の中で感じていた。
「あ。ちなみにお前の力は特殊だから一週間で見つけられなかったらもっかいあれやるから覚悟しとけ」
「う……それは……やだ」
「じゃあ必死になって探すか修行するんだな」
「うう、頑張ります」
「じゃねぇと、オレともう一度キスしてぇから遅かったとオレは判断するぜ。なんならもっとその先も夫婦としてやったっていいんだからな」
「死ぬ気で頑張る」
楠葉は改めて気合を入れ直し早口で答えた。
いくら貫が楠葉のために色々気を遣ってくれる心強い味方になってくれているとはいえど、すべての初めてを妖怪に奪われるなど避けたいのが楠葉の本音だ。何としてでも一週間で、言霊を使っても倒れない方法を見つけなければ、と心に再度誓った。
そうして立ち上がった楠葉は、改めて貫と向き合った。
背丈、髪型、顔立ち、巫女装束の着こなし方。
全てにおいて、楠葉そのものであることに、一瞬鏡を見ているのではないかと錯覚しそうなほどに完璧な貫の変身術に楠葉は感心した。
「ふわぁ……変化の達人って、すごいわね。どこからどう見ても私だし。それに、一瞬でそっくりに変身できちゃうんだもの」
「まぁ、全身をしっかり見たことあるから楽勝だ」
全身
その言葉に妙な引っ掛かりを覚えた楠葉は、思わず尋ねる。
「まさか、寝てる間に私の服を脱がせて、全部見た、なんてこと……あるわけないわよね?」
「味見しなかっただけオレは褒められていいと思う」
「それは普通に夜這いよ!馬鹿ぁ!」
まさかの新事実発覚に、楠葉は流石にここでは「伏せ!」と大声で叫び楠葉の姿をした貫を床にたたきつけた。