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第20話

 楠葉は、巫女像の前に立つとまず手を合わせた。


「お久しぶりです、巫女様。……いえ、楠子様、とお呼びさせていただきます。ひいおばあちゃんと来て以来となりますが、暫くこの場所をお借りしますね。そしてどうか、私に力の扱い方を教えてくださいませ」


 そう言葉を紡いだ楠葉は改めて巫女像を見上げる。

 いつもはお賽銭箱の向こう側からしか見ない巫女像。普段は、参拝時間やお祓いがある時間帯に社の扉が開かれ、参拝客たちに見えるようにしているが、暫く清掃期間ということで楠葉の背後では厳重な扉で閉められている。

 そして基本的に葛葉神社の観光物として置かれており、触るのは厳禁とされている巫女像であるため、篠宮家の中でも社に入るのを許されているのは巫女の力をもつ者のみ。それでも巫女像に近づくことは清掃以外なかったため、こうして目の前に立ってじっくりと見ることは殆どなかった楠葉。

 初対面の時に貫から「似ている」と言われたが、手入れがされているとはいえ銅像である巫女の姿を模した像は目鼻立ちが整っていそう、巫女装束を着ていそう、という風にしかわからない。ただ、彼女は数珠を両手にぶら下げ、何か願うように両手を組み合わせている。これを篠宮家では『人々の幸せを願っている』と言い伝えられているが、貫の存在が明らかになった今、それが本当に真なのかはわからない。

 今の楠葉としてはむしろ、誰か一人の為に祈っている、というように映っていた。


「……まぁ、考えても仕方ないか」


 初代巫女が何を願ってこの像を作ったのかは、書物ではもう字が読めないほど古くなったがために知ることは出来ない。

 とはいえ、例え言い伝えられていることが違ったとしても、楠葉から彼女へ対する尊敬の念は変わらない。


「久しぶりだからあれだけど、確かこの辺だったような……」


 巫女像の土台となっている漆塗りにされている石を触り、裏へと回る。

 貫が変わりに楠葉としてお祓いをしている間に、楠葉は自分の任務をこなさなければならない。だからこそ、1人で集中できて、かつ、巫女にまつわる物がしまわれている場所が相応しい。その場所が、巫女像のある社に存在している。


「あった。丁度真後ろね」


 巫女像の後ろまで来て埃を少しかぶった鉄の棒を見つけた楠葉は、まずは持ってきた手拭いを懐から取り出し、軽く積もっている埃をそっと払った。

 そうしてある程度綺麗になったことを確認すると、ゆっくりと、その棒を下に向かって押し込む。


 ガコ


 音と同時に、楠葉の足元が震える。

 慌てて楠葉が一歩下がると、木がこすれ合うような軋む音を立てながら巫女像の真後ろに地下へと続く階段が現れた。


「久しぶり、ね」


 曾祖母に教えて貰った、巫女像の裏にある地下へ続く隠し階段。

 これは、巫女の力を持った者にしか教えられないと楠葉は聞いていた。

 だから今この場所の存在を知っているのは、この世で楠葉のみ。


「ひいおばあちゃんは、確か言っていた。仕事に慣れて、年を重ね、見えるものが変わった時。昔は気にならなかったものがどれだけ重要なのか分かると」


 曾祖母が良く繰り返していた言葉を反芻しながら、楠葉はあらかじめ持参してきていた提灯を掲げて階段を下りていく。

 地下であるため空気が冷えているが、嫌な感じはしない冷たさを肌で感じながらゆっくりと下っていく。


「私の力には限りがある。その限りを見据えて、対策をしなければいけない。例え貫が私を守るとは言ったとしても、守ってくれるのはもしかしたら今だけの可能性がある。妖怪を簡単に信じちゃいけない。どの書物にもそう書いてあった。だから私は、自分の限界を知って、まだまだ成長しなきゃいけない」


 貫の言葉も思い返しながら、自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。

 そうして階段を下っていくと、程なくして木の簡易扉にたどり着いた。鍵のかかってないその戸をゆっくり押すと、奥には暗闇に包まれた部屋があった。戸の隙間からかび臭い本の匂いが漏れ出す。流石にこんな部屋に長時間滞在するにはこのままではよくない、と判断した楠葉はマスクを装着し、提灯の灯りで周りを照らしながらスイッチを探す。


「さて、いけるか」


 見つけたスイッチをカチっと押すと、天井からつるされた提灯型の電球に明かりがともった。


「電気はまだまだ大丈夫そうね。よかった」


 明かりがともった部屋は、いわゆる書庫という名前に相応しいほど本や巻物があちこちにしまわれていた。

 その中で、本や巻物が積まれた木の机に目を止めた楠葉は、一旦そこに提灯を置いた。

 そして、まずは部屋中を見渡した。


「しらみつぶしに見ても時間の無駄よね。大体ここにあるものには目を通しているから……まず自分の状況を整理してみることから始めましょう」


 部屋の中心に立った楠葉は目を閉じ、これまで貫に力を使った時のことを思い出す。


 疲労感

 体から何かが抜ける感覚

 心や掌の疼き

 結婚指輪が熱くなった時


 そう言った細かいことを思い出し、一度瞼を持ち上げて直感的に机の方へ再び視線を向ける。そこで目に留まったのは、巻物だ。その横には、まるでつい最近置かれたかのように新品だと思われる綺麗な筆と、墨汁の入った小瓶が置かれていた。

 直感のままに楠葉はまず邪魔になりそうな本たちを適当な床に置いてよけ、埃を掃った手拭いで机を軽く拭く。そして、先ほど目に留まった巻物を広げた。

 真っ白で、何も書かれていない。

 ただ、覆われている布は赤く、古さを感じさせない丈夫さがあった。

 楠葉は筆をとると、小瓶を開けて墨を先っぽに浸した。


「まず、言霊で使った時の疲労感」


 呟いた言葉を行書体で巻物に書き込む。


「指輪を介しているけど、疲労感が強い。何故?」


 呟きながら書きこむと、楠葉が書きこんだ文字の横に、白い光を帯びた文字が浮き上がった。


 “糸と直接つながっていると同じようなもの”

 “相手は不死身の強き妖怪”

 “直接力を流し込めば”

 “巫女といえど人”

 “人程度の力では足りぬ”


 浮かび上がってきた文字に驚くも、親近感のようなものを覚えた楠葉は動じずにまた筆を走らせた。


「物を介してならば相応しい物は何?」


 “数珠”

 “神楽鈴”

 “大麻おおぬさ


「なるほど、お祓いに使うものがいいのか。普段から手にしているものでもあるし……指輪と違って私の力が溜まっている可能性もあるから……貫に渡したハサミと同じように、毎日触れているものが相応しいってことかな」


 “あとは自分を信じて”


 書き込んでいないのに、浮かび上がる白い文字。

 まるでこの場で楠葉のつぶやきを聞いているかのようで、楠葉は巻物と会話をしているような錯覚に陥った。

 だからこそ、あえて最初には聞かなかった疑問を投げた。


「あなたは誰?」


 “すぐにわかる”


 その文字が浮かび上がったと思った次の瞬間。

 今まで書かれていた白い文字がすぅっと巻物の中に溶け込むように消え去った。思わず楠葉は書かれていた場所を指で触れてみたが、そこには紙の感触しかなく、貫が纏った禍々しいものや、白い糸から感じられる不思議な力などを感じ取ることは出来なかった。


「う~ん……気になるけど、まぁ、すぐにわかるってことだし、いっか。とにかく今やるべきことを片づけるのが先よね、うん」


 最近色々な異常事態が起こっていることもあり、この異常な現象もすんなり受け入れた楠葉は改めて近くの椅子に腰かけると腕を組み思案を始めた。


「神楽鈴は、お祓いの時にいつも腰に挿しているのよね。今日も癖で持ってきているし……そういえば、日ごろから磨いて念をこめているからか、お祓いする時の疲労感ってなかったのよね。なら、お祓いに関しては神楽鈴を介せば、毎日の手入れを欠かさなければ割と無限なのかもしれないってことかしら。なら、貫に対して使う言霊も、一度これで試す価値はありそうね」


 腰に挿しているミニサイズの神楽鈴に触れながら呟き、再び思考する。


大麻おおぬさと数珠は普段使っているものは全部貫が今使っているから、それも今後一緒に試すとして、あとは何がいいかな……あ、お守りかとかお札とか、そういった類のものを作るのもありかも」


 巻物との会話から得た情報で突破口を見つけられ始め、ぶつぶつと呟き楠葉が頭の中を整理し始めていると。

 楠葉の目の前に、ポン!、と音をたてて小さな葉っぱが突如現れた。


「ふぇ?」


 驚きのあまり間抜けな声をあげた楠葉が、瞬きを繰り返しながらそれを見ていると。

 再度、ポンッ、と音を立てて灰色の小さな煙の塊が現れて葉っぱを覆い。


 煙が晴れた中から、小さい狸が現れたのだった。



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