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第22話

「貫……貫!」


 あまりの光景に楠葉は叫び、倒れた拍子に落としてしまった神楽鈴を急いで拾って立ち上がる。しかし貫が「動くな!」と叫んだため、駆け寄ろうとした楠葉は足を踏み出した体制で止まり、その場から動けずただただ神楽鈴を強く握りしめることしかできなかった。


「たかが百足妖怪ごときにオレはやられねぇ。黙ってそこで見てろ。つうか、おい、てめぇこら。たかだか弱小妖怪の筈の百足野郎が足の形をこんな棘みてぇに変えられるわけねぇだろ。てめぇら種族が出来ることはちっちぇ毒の牙で噛みつくぐらいしかできねぇはずだ。そもそもオレを傷つけられるような威力をもつことが物理的におかしいんだよ。てめぇ、誰に力を貰った」

「オマエ、ヒツヨウ、ナイ」


 貫に対しての返答はなく、百足妖怪が発した初めての言葉は不協和音を帯びたしゃがれ声による感情のないものだった。

 キィン、と耳が痛くなるようなその音に貫は顔をしかめ、刺さった足を強引に抜く。


「まともに喋れねぇってことは支配されてるってことだな。じゃあ、殺す」


 貫はそう言って右手にいつしか生やしていた紫色の禍々しい爪を出現させたが、百足妖怪は2本の足を槍のように太くすると、1本は爪の生えた貫の掌に刺し、もう1本の足は、数本の足ですでに貫いた後の貫の腹部を容赦なく貫いた。


「う……」


 流石に胃に穴が空くレベルで貫かれると、貫も呼吸をしづらいらしく苦しそうに呻き、口端から血を垂らした。

 その色が黒いのは、恐らく妖怪特有なのか、もしくは百足の毒による影響なのかは不明だが、先ほど貫に刺さっていた百足の足は黒々とした液体に濡れた悍ましい光を放っていた。


「オマエ、イラナイ」


 耳を塞ぎたくなるような声で百足妖怪は言葉を再び発した。

 顔部分らしき部位は黄色い目玉があるように見えるが、どこを見ているのか、どういった表情をしているのかはさっぱりとわからない。

 ただ、殺気だけは常に纏っていた。


 そんな2体の妖怪のやり取りを一部始終見ていた楠葉は、神楽鈴を握りしめたまま呆然と立ち尽くしていた。

 巫女として勤めて長い楠葉でも、妖怪同士の直接的な争いを目の当たりにするのは初めてだった。故に、目の前の光景があまりにも衝撃が大きく、現状を飲み込めないがあまりに、楠葉は呆然と自分の視界に入るものを改めて見まわしていた。


 百足が離れたことで倒れて気絶している浩太。

 黒い糸を無数体中から揺蕩わせながら最初は数本の足で貫の腹部を刺し、次に太くした槍のような足で腹の中心を明確に突き破った百足妖怪。

 そして、口から黒い血をあふれ出させながら痛みに顔を歪めつつも、どこか余裕そうに笑っている貫。


(そうだ、貫は不死身。だからこんなことで死ぬことはない。だから笑っているんだ。だから、大丈夫、大丈夫……)


 楠葉は自分にそう言い聞かせるも、貫の腹を突き破って出ている百足の足の先端から滴る黒い液体から目が離せなくなっていた。


 本当に?

 本当に死なない?


「オマエ、イラナイ」


 百足が再び話す。

 そして別の足がまた槍のように太くなる。


「シンゾウ」


 百足の発した言葉に、楠葉は全身がドクンと揺れるのを感じた。


 無理矢理結婚をさせた貫。

 悪戯ばかりする貫。

 食べる姿は子どもっぽい貫。


 イラつかせることが多いけど。

 何だかんだと楠葉を助けてくれて。

 着飾った楠葉を見て、照れたように顔をそむけた、貫。


 無理矢理キスをしたり勝手に裸を見たりと下品なこともするけど。

 楠葉がピンチな時は一番に動いてくれて、楠葉を守るように抱きかかえてくれる貫。


 色んな貫が次々に浮かんだ楠葉は、無意識の内に動いていた。


「いらないのはお前の方よ!!!」


 気づけば楠葉は声を張り上げて駆け出し、跳躍していた。

 両手で力強く握りしめた神楽鈴を振り上げ。

 地面に落ちる重力に任せて力いっぱい百足の頭にたたき下ろした。

 ガツン、と硬い音がして、貫の心臓を突き刺す寸前だった百足妖怪の動きが止まる。


「お前なんか、いなくなれぇえええええ!」


 腹の底から楠葉が叫んだ瞬間。

 楠葉の体中が真っ白い光が放たれ、その場を光で満たした。

 その眩しい光の中で、楠葉は声を聞いた。


『これを待っていたなの』


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