(誰?)
聞こえた声に対し楠葉は頭の中で問いかけるが、すぐに意識は百足妖怪へ戻された。
白い光に覆われた百足妖怪は貫から足を引き抜くと急いで楠葉達から距離を離す。まるで、煮えたぎる熱湯に触れたかのように、自分に纏わりついてくる白い光を必死に振り払いながらもがき、苦しみ始めたのだ。
「アアアアア!」
百足妖怪の悲鳴が響く。
あまりにも聞いていられない不協和音が入り乱れた叫びに楠葉はその場でしゃがみ込み両耳を塞ぐ。流石の貫も片耳を抑えながら苦悶の表情を浮かべるが、空いた腕で楠葉を守るように姿勢を低くして彼女を抱え込んだ。
「ア、ア……」
叫び声が徐々に弱弱しくなり始め、途切れていく。
それと共に楠葉から放たれた白い光も徐々に輝きを弱めていき、百足妖怪から離れると煙のように空を漂い、消え去った。
音が収まったことで両耳から手を離し貫を見た楠葉は、じっと楠葉を見つめている貫と目が合った。顔の距離は近かったが、それよりも2人の意識は敵対していた妖怪へと向く。百足妖怪は手のひらサイズぐらいほど小さくなり、貫の足元で苦しそうに無数の足をばたつかせていた。それは妖怪と言うよりはただの害虫にしか見えず、楠葉は思わず「うっ」と顔をしかめ貫を盾にするように後ろに回った。
「おま……あんなやべえ術やっておいて、踏めば殺せるようなもんが怖ぇのかよ」
「いやだって、気持ち悪いものは気持ち悪いんだもん」
「あ、そ」
呆れたような物言いの貫に楠葉は正直な返事を述べる。そして、その手は自然と貫の服の裾をぎゅっと掴み、そこからは一切前に出ないという無言の意思表示を示した。
その様子を見て「まぁ、さっきの力についてはあとだ。あとのことはオレに任せとけ」と貫は言うと、小さくなった百足妖怪を指でつまんで拾い上げた。
「おいこらてめぇ、なんでここにきた」
「ウェ、ア」
「苦しむふりはおしまいだ。答えろ」
「ウ、ア」
「言っとくがオレにはバレてるぞ。今のはオレが狙いじゃなかった。明らかに楠葉狙いだっただろう。何故だ。楠葉は元からここにいた巫女で他の妖怪たちにとっても敵わねぇ存在だからてめぇみたいな弱い妖怪どもが寄り付かねぇことはわかってる。しかもオレが妖怪化したことでオレの気配を感じただろう。なら猶更、てめぇみたいな弱い妖怪が1人で来るはずがない。そもそもてめぇからは違う妖怪の気配がした。誰だ、てめぇをけしかけたのは!」
「ウゥ」
「さっきので支配は解けているはずだ。黙ってねぇで答えろ!じゃねぇと踏みつぶすぞ!」
「ボク、ボクハ、クロイ、キ……」
貫の気迫に負け、震える声で百足の妖怪が答えようとした瞬間。
百足妖怪は「ああ!ああ!」と黒い涙を流しながら貫につままれた状態で苦しみもがき始めた。
その激しさに貫が思わず驚き手を離すと、ポトリと砂利の上に落ちた百足妖怪は数秒苦しそうにじたばたと体をくねらせてもがき――ピタ、と動きを止めた瞬間、黒い塵となって消え去った。
「ち、口封じの術をかけられてたか」
「口封じ?」
「ああ。そういう類の術を使える妖怪は限られている。確か……」
考え込むように顎に手を当てた貫だが、ふと、視線を鳥居の方に向けると目を見開き、楠葉を守るように前に出た。
「てめぇら誰だ!いつからそこにいた!」
張りのある貫の声は緊張感を纏っていて楠葉も思わず神楽鈴を握りしめ直しながら同じ方向を急いで向いた。
そこで初めて鳥居の方を見た楠葉は、思わず「え!?」と声を上げ、ポカンと口を開けながら驚きのあまりに神楽鈴をぽろっと足元に落とした。
黒塗りの鳥居の傍にいたのは。
水色の毛色をした狐の耳と尻尾をもった子どもと、桃色の毛色をした狐の耳と尻尾をもった子どもの2人だった。
全くそっくりの顔立ちと髪形をしており、違うのは耳や髪、尻尾の毛色だけ。それだけで、2人は双子だと誰もが思うだろう容姿をしていた。
見た目は、5~6才ぐらいだろうか。
けれど人ではなく、明らかに妖怪としか言えない見た目をした2人は、手を繋いでくるくると鳥居の下で踊りを披露するように回っていた。
だが、貫の言葉が聞こえたのだろう。
回りながらこちらに視線を向けた2人は、自分たちに視線が注がれていることに気づくと、ぴたっと止まり、自分たちの体を貫達に向けた。
そうして、手を繋いだまま両手をバンザイした。
それはまるで、自分たちの存在をアピールするように。
敵じゃないよ、と意思表示をするように。
わざとあざとく可愛らしいポーズをしているのかと疑ってしまうぐらいに愛らしいバンザイをする2人は、ポーズには似合わない抑揚のない無感情な声で同時に答えた。
「「チリとララなの」」