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第2話

「え……?」


 チリとララの方を見て、楠葉はぽかんと口を開けて固まった。

 今の発言の意味がすぐには汲み取れず、チリとララが「当然のことなのに何を驚いているの?」と不思議そうにしていることもよくわからなかったのだ。

 だが、貫はすぐに把握したらしい。


「なるほどな。やっぱりてめぇらはずっとあそこにいた妖怪か。気配が似ているとは思っていたが、肝心の気配が石像の時はかすかすぎてオレでさえすぐには気づかなかったぜ」

「そうなの。狸の黒い気配も感じてたなの。でも嫌な気はしなかったから座ってたなの」

「なのなの」


 チリが説明し、ララが頷く。

 チリの口調は淡々としているが、貫にとっては少し小馬鹿にしているような言葉遣いに聞こえたのだろう。貫の眉が不満そうにひくついた。


「気配は微かに感じていたが、自分たちで出てきたってことはてめぇらはオレのように封印されていたってわけではなさそうだな」

「狸、頭いいなの。でも、間違ってるなの。チリとララは自分たちで出てきたわけではないなの。ちょっと違うなの。残念、おしいなの」

「おしいなのなの」


 チリの言葉は貫にとってまたもや神経を逆なでするようなものだったようで、貫の口角がひくついた。が、そこで怒っても時間の無駄だと彼自身が思い直したのか、湧いてきた怒りをハァとどでかい溜息をつくことで抑え、チリ達を鋭い視線で見据えた。


「何がおしいのか知んねぇけどもうそこはどうでもいい。とりあえずオレが頭いいのは当たり前だ。何年生きてきたと思ってる。それよりも、だ。本来この神社の主である奴が会話に入ってこれてねぇのはお前たち的にどうなんだ。ずっとここにいた狐像ならこいつに関係あるんだろ?」


 そう言って貫はくいっと親指で楠葉を指したあと、楠葉の方を見ると「おーい楠葉。お前、この会話についてこれてるか?」と声をかけた。

 それまで呆然と会話を聞いているだけだった楠葉は、言われたことでハッと我に返り、一旦切り替えるためにと一度、パン!、と両頬を叩き、首をぶんぶんと横に振ってから改めてチリとララをじっと見つめた。


「ええっと、つまり、つまりよ? チリとララは狐像で、ずっと楠葉神社を見守っていた神様ってこと?」


 何とか頭の中をフル回転して整理し、思いつく言葉を並べる楠葉。

 そこには楠葉の想像も入っていた。

 それに対して、即座にチリがふるふると首を横に振った。


「ちょっと違うなの。チリとララは狐像なの。でも神様じゃないなの。チリとララは狐の妖怪なの。巫女の守り神なの」

「まもるなの」

「チリとララは巫女を待ってたの。それが巫女なの。チリとララの巫女がいたから出てきたなの」

「ぶわーって感じたなの。そしたらぶわーって出てこれたなの」


 チリが冷静な口調で言い、ララがふわふわと抽象的な表現をする。

 とくに手でのジェスチャーや表現もなく、2人とも淡々と抑揚のない話し方で言うものだから、楠葉はその言葉の意味たちを捉えるのに苦労した。


「ええっと……」


 楠葉はこめかみをぐっと抑えながら考えこみ、チリとララの言葉を頭の中で反芻しながらなんとか理解しようと努力するも、考えれば考えるほど色んな疑問が湧いて出てきていた。


 神様ではない。

 なら、何故巫女の守り神と言うのか。

 そもそも妖怪は神と名乗っていいのか。

 そして、巫女として楠葉が力を発現した時に何故すぐに出てこなかったのか。

 どうして今、この、とんでもないことが起きてからのタイミングで姿を現したのか。

 そして、何故。

 狐の妖怪としてずっと葛葉神社にいたのか。


 溢れんばかりに無限に出てくる疑問。それを全て投げつけて聞きたい気持ちが爆発しそうな楠葉であったが、全てを理解しようとするには先ほどの戦いや出来事ですでに疲れ切っていたこともあり、楠葉の頭はパンク寸前であった。それでもどうにか情報を整理しようと頭を抱えながら「うーん」と唸り、改めて鳥居の方を見た楠葉は、ハッと顔を強張らせた。


「もしかして、チリとララが出てきたから……狐像はこのままなくなるってこと?」


 狐像は、いわば鳥居を守るシンボルとして葛葉神社の名物でもあった。

 遠方からきた旅行客や外国人などは、鳥居と狐像を背景に記念撮影をするのは必ずと言っていいほど毎日あった。

 そのシンボルである狐像がなくなる、というのは葛葉神社最大の一大事でもある。

 サァ、と青ざめる楠葉に「ああん?そんなもんこれでいいだろ」と横からぬっと前に出た貫が懐から葉っぱを2枚出し、フッと息を吹き付け狐像があった台へと投げた。

 葉っぱは風が一切吹いていないにも関わらず、意思を持ったように狐像の台へとふわっと飛び、台の上にちょこんと乗るとボフンと音を立てて黒い煙を綿菓子のように膨らませ、その煙は狐像の形を成していき。

 楠葉が次に瞬きをした時には、そこには今までと変わりない狐像が2体そこにあった。


「……無から、作れるものなの?」

「葉っぱにオレの力を多めに込めればこんなもん朝飯前だ。毎日のように見ていたから細部まで完璧に覚えているしな。人間どもにはこれが妖怪の作った幻影像だなんて気づくこたぁねぇだろ。ただ、お前の場合はちょっとわかるはずだ。目をこらしてじっと見てみればわかる」


 貫に言われ、楠葉は言われるままにじっと狐像を見つめた。

 すると。

 ジジ、とノイズが走るように狐像が一瞬揺れた。

 瞬きをすると元の狐像に戻るが、またじっと見続けると、ノイズが走る。


「確かに、ずっと見ていたらなんだかゆらゆらして見える」

「そう見えるのはお前みたいに力を持ってる奴だけだ。あとは妖怪だが、こんなどうでもいい像を注視する妖怪はいねぇだろうから特に気にすることはねぇだろ。だからお前が大事にしている神社の体裁?てもんは心配せんでいい。ひとまず出てきたこいつらをどうするか、が今のオレらの一番の問題だ」


 そう言って貫は、愛くるしい瞳でじっとこちらを見上げてくる狐妖怪の子どもたちを指した。

 楠葉もつられるように2人を見て、その愛らしさに胸を打たれ怯むも、確かにこのまま素直に連れ帰るというには『妖怪』と聞いたからにはそう簡単に決めれることではない。


「えーと。ちょ、ちょっと一旦整理させて」


 楠葉はそう言って、こめかみをぐっと抑えると、今までの出来事も踏まえて思考する。


「一個聞きたいのが、私が力について調べていた時話しかけてきたのは、もしかして2人?」

「チリなの」


 楠葉の問いに、チリが元気良く手を上げた。


「チリが母様の真似をして声をかけたなの」



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