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第3話

 “母様の真似をして声をかけた”


 その言葉を聞いて、楠葉はについて調べていた時のことを思い出す。

 楠葉の疑問に対して答えてくれた、白い光を帯びた文字。

 確かにあの時受け答えしていた者は、今のチリとララのように語尾に「なの」といった言葉はつけず、何千年も生きてきたかのような大人びた何かを言葉の節々から感じれるものがあった。

 それがチリという小さな水色の毛をした狐妖怪だというのは信じがたいが、口調は別の人を真似したというのであれば多少は納得できる部分がある。楠葉はこの疑問に関しては、チリの言葉を信じて無理矢理納得するということにした。


「えーと、じゃあ、狐像の中から、ずっと私を見ていたの?」

「今日までは寝てたなの。起きたのはちょっと前なの。何度か起きていた時もあるけど、ちゃんと巫女を見たのはちょっと前からなの」

「まだちょっと眠いなの」


 チリはハキハキと答えるが、ララは少し眠そうに目をこすり始めた。


「起きたきっかけは、わかる?」

「巫女の力を感じたなの。今起きなさいって、巫女が力を開放したからなの。それでチリとララはこの姿で現れたなの」

「起きなきゃってなったなの」

「え、ええ?じゃあ、私が原因?」


 チリとララの返答に楠葉が動揺して自分を指すと「オレの時と似たようなことやらかしてやんの」と貫が手を口元に添えながらププっと冷やかしてきたので、楠葉は渾身の睨みを投げた。


「とりあえず目覚めた理由はわかったわ。そしたら、えーっと……、チリとララの目的は、何?」


 これは重要だった。

 正直、貫の目的もあまり定かではない。

 楠葉を食って力をつけ最強の妖怪になる、と言っているがそれにしては楠葉をずっと守り続けている。例えそれが運命の金の糸による力の働きがあったのだとしても、貫の本来の目的はそうじゃない可能性がまだ残っていた。

 だからこそ、今後現れた妖怪に対しては、楠葉は明確な理由を知っておきたかった。

 神社を守る、篠宮家の巫女として。


「うーん。色々説明したいところなのだけど、チリたちはお腹空いたなの」


 チリが悲しそうな顔をしてお腹をさすり始めた。

 その横で、ララも「なの……」としょんぼりと頭を下げ寂しそうにお腹をさする。


「目覚めたばかりのオレも腹はかなり減ってたからな。ある程度腹を満たしてやんねぇと、重要なことは話せねぇんじゃねぇか?」


 貫の言葉に、確かに、となった楠葉は改めて空を見上げる。

 色々ありすぎて時間を忘れていたが、提灯に紛れて飾られている時計の時刻は20時を超えていた。

 時間を改めて意識すると、力を大量に使った貫と楠葉もお互い空腹を感じ、「じゃあ、ちょっと歩かなきゃいけないから今すぐ帰ろうか」と楠葉は提案した。


「その必要はないなの」


 チリはそう言うと、手をパンっと叩いた。


「もういいよ、出ておいでなの」


 そう言って、ゆっくりと開いた手の中に。

 水色の光の塊がぽわっと現れ、消え。

 細長い何かへと形を成していく。

 光が落ち着いたところで楠葉がそれを覗き込むと、彼岸花を模した赤い花の飾りがついた簪で、水色と桃色の鈴がぶら下がっていた。


「おててつないで帰るなの」


 チリが突如出現させた簪に驚く暇も、どういうことか問いかける暇も楠葉に与えずチリは淡々と言うと、ララと楠葉の手をぎゅっと握った。貫も状況が掴めていない様子で眉を訝し気にひそめていたが、ララが貫の手をぎゅっと握ったことで、反射的に楠葉が貫の手をぎゅっと握っていた。

 自然と、4人で輪のようになって手を繋いだところで、チリは簪を楠葉の手に握らせた。


「お家に帰る言霊を言うなの」


 そして、楠葉の手が動きやすいようにチリは楠葉の巫女装束の裾をぎゅっと握った。


「家に帰る言霊……?」


 咄嗟にそんな都合のいい言葉が浮かばず、簪を握りしめながら困惑する楠葉に貫が「ああ」と声を上げた。


「オレを部屋に送るあれじゃね?」

「あ」


 それは何度も使った言霊だ。

 だが、先ほど妖怪と対峙する際に楠葉はかなり力を使っている。

 もし言霊を使えば、また気絶してしまい迷惑をかけることになるのではないだろうかと不安になって躊躇していると、チリが再び言葉を発した。


「鈴を振って、唱えるなの。そしたら大丈夫なの。巫女は平気なの」


 幼い姿で発せられる言葉は、妙に説得力があった。

 楠葉はチリの言葉を信じ、簪を握り直すと、鈴の音が鳴るよう、リン、と振った。

 そして、唱える。


「“ハウス”」


 刹那。

 4人は、手を繋いだまま夫婦の部屋に移動していた。

 そして、楠葉は力を使ったにも関わらず、疲労を感じていなかった。


「うわぁ、もう、なにがなんだか、なんだけど、この簪持ってると、疲労を何にも感じない」

「便利ではあるがオレとしては複雑な気分だな」


 疲労を感じないということは、楠葉は言霊を唱え放題だということにもなる。

 その事実に貫が渋い表情をしている中、またチリが言葉を発した。


「これが最初に巫女へ渡したかったものなの。問題なく使えてよかったなの」


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