ララの変化を見届けた貫も、楠葉と同じく驚いており、黒い目をこれでもかと見開いていた。
「お前、一体――」
何者だ、と貫が尋ねようとする前に「もう無理なの」と言ってララはポフンと桃色の煙に包まれ、元の桃色髪をした狐妖怪の子ども姿に戻った。変化していた時間は約5秒といったところだろう。その5秒で全ての力を使い果たしたかのような表情をしているララは、その場にべちゃっと両手を広げてうつ伏せに倒れこみ、顔だけ上げると「眠いなの……」と瞼を閉じそうになっていた。
次から次へと起こる出来事に楠葉の理解が追い付かない状態である中、チリは「こういうことなの」と言った。
「いや、え、どういうこと?」
元々パンク寸前だった楠葉の頭では、事態を飲み込む瞬発力はなかった。
そのため、思わず心の声がそのまま口に出ていた。
「こういうことなの」
チリは再び同じ言葉を繰り返すと、今度はチリが立ち上がり、先ほどのララと同じようにくるっと踊るように回転する。
ララの時と違うのは、チリは水色の煙を纏いながらぐんぐんと背を伸ばし、目を閉じる。
幼児っぽい顔は凛々しい顔つきの男のものとなり、髪色は癖っ毛のある茶色へ。
服装も黒い袴へとなり、整った無表情な顔が黒い瞳で楠葉を見つめた。
「……っ」
いつも表情豊かな貫が、無表情でどこか憂いを漂わせた雰囲気を纏うと、ただ見つめられるだけでこんなにも動悸があがるものなのか、と楠葉は息を飲む。だが、チリは1秒で元に戻り、その場にちょこんと座りこんだ。
一瞬のことではあったが、先ほどの姿は楠葉の心が動くほど、間違いなく貫そのものであった。
「お前ら、狸妖怪並の変化ができるのか!?」
楠葉が言葉を失って呆然としていると、貫が声を張り上げ立ち上がった。
貫の言葉から、妖怪によって能力が違うらしいことが読み取れたが、どこか怒ったように楠葉とチリの間に割り込むように立ちはだかると、座って無防備なチリへ怒気を含んだ視線を鋭く投げていた。妙に怒った様子の背中に、楠葉は(同族嫌悪みたいなものかな?)と首をひねりながらも、ひとまず状況把握をするために「チリの話を聞きたいから落ち着いてよ、ほら、こっち座って」と隣に座るよう促した。
袴の裾を引っ張られ振り向いた貫はむすっとした顔をしてはいたが、楠葉の言葉も一理あると思ったのか、納得はいっていないという様子ではあるものの大人しく楠葉の隣に座った。ただ、感情を露にするようにどかっと荒々しく胡坐をかく、という座り方ではあった。
「何でもできるなの。でも2人の力を貰わないとちょっとしかなれないなの」
「私たちの力?」
楠葉が聞き返すと、チリはララと同じように瞼を重そうにしながらも、言葉を続けた。
「1日に10分でいいなの。チリは狸妖怪と、ララは巫女とおててを繋ぐなの。それで力をおててにぎゅっとこめてほしいなの。それを1カ月ぐらい続けたら1日ぐらいはなれるなの。全く同じになれるなの。ただ凄く疲れるから、やるのは今回だけにしたいなの。でもちゃんとやらないと巫女が取りに行けないから、ちゃんとぎゅっとする、なの……」
そこで眠気の限界が来たのだろう。
チリの言葉は切れ、そのままうつ伏せに倒れて眠ってしまった。
いつの間にかララも同じようにスースーと穏やかな寝息を立てていた。
その姿から、貫のような変化は出来るものの、力の消耗が貫の数倍も激しいということが見てとれた。
「……よくわかんねぇが、暫くはこいつらをこの部屋に入れたまま、暫くおれたちの力を注いでやることでオレたちが外に出ている間オレらの変わりとして神社で動けるようになるための変化をできるようにするのが目標、てところか。百足妖怪の裏にいる妖怪が何かわかんねぇ今としては、お前の武器になるようなもんは出来るだけ手に入る方がいいのは間違いねぇからな。それに、それを手に入れねぇとこれ以上の情報はなさそうだ」
「色々起こりすぎて私も疲れちゃったけど……とりあえず、チリとララが私の味方なのは間違いないっぽいし、この簪もくれたし、ね。暫くは、2人のことを観察する意味も込めて、一緒に過ごしてみましょう」
そうして、2人、いや4人は。
冒頭のように、紅葉の散る季節から、吐く息が白くなる季節になるまで同じ部屋にて、まるで家族のように暮らすことになったのだ。
寝る前に、チリは貫と、ララは楠葉と向かい合って両手を垂直に重ね、目を閉じる。主に楠葉と貫が手に力を籠める10分の瞑想。これによりチリとララに2人の力が注がれ、1日完全に貫と楠葉になれるようにする準備を着々と進めていた。
しかし2人は小さいためか、もしくは他の力の使い方が慣れないためか、力が馴染むのが遅いようで、1カ月たってもチリが「まだ無理なの」と呟き、寝る、というのがひたすら続いていた。
幸い、チリもララも常に妖怪姿であるため、掃除の為に訪れる母やお手伝いさんには見えない存在なので、寝ているチリとララを隠すようなことはしなくてよかったのが楠葉にとっては好都合だった。とはいえ1日中寝ているばかりではなく、お祓いが休みの日は昼間に起きたチリとララが巫女術についての説明をしてくれる日があった。
2人が言う「母様」という存在が、必ず巫女に伝えるように、と言われていたことがあったのだそうだ。